第九話 エルフの国から
結局、待っても次の追手は来なかった。三時間は待ったんだが、俺が痺れを切らす形になり、先に国境を越えようという話になった。
「すまんな。すぐに次の刺客が来るって根拠無いもんな」
自分でも何故そう思い込んだのか不思議である。
「そういう勘は大事よ」
「だよなぁ。国境を越えさえすれば一安心か?」
「多分ね。結界があるし、王国もそれをよく知っている。彼らもそこまで無謀なことはしないでしょう」
「あの熊男はやりそうだったけど」
「だからここで始末するようお願いしたの」
あれには理性やら期待できそうになかった。
「それとユウコワの存在は伏せときたいんだよな?精神同期の時に見たけど、エルフの国って人口密度低いだろ?誰の目にも触れずになんて簡単に思えるけど」
「それでもね、猟師や炭焼きに携わる人がいるものよ」
「集落はもっとダメだよな?」
「どこかで野営しましょう」
「そういうの平気?」
「ふふっ。今更ね。大地で寝るのは慣れてるわよ」
一時間とかからず国境の山を越えた。景色は変わらず針葉樹主体の風景だ。ヨーロッパの森みたいだなと思う。まずは野営地の選定だ。
あちこち走って見つけたのは、川の近くで大きな岩だらけの場所。一際大きい岩をシェルターにする。
倒木を集める。それを岩に立て掛け、葉がついた枝を井形に組んでいく。蔦を使って固定。中には集めた広葉樹の葉や落ち葉を敷き詰め寝床にする。
「手慣れてるのね?」
「もう少し若い頃に一時期ハマってな。あちこち山の中に出かけてはこうやって野営したもんだ」
「あなたの世界じゃ、それ、変わり者じゃない?」
「そうだよ。変人と言われたよ。仕事も何もかも忘れてひたすらボケっとして過ごすんだ。最高の時間を過ごしたがな。心の洗濯だよ」
俺からすればこういう野宿スタイル、ブッシュクラフトってのが性に合ってる。しかしこれもまた心が死んでいったら次第に出かけることもなくなった。趣味を楽しむ気がなくなるってのは、相当心がヤバい状態だと今なら理解できる。
「クロ、お前もここで寝るか?」
「私は猫だから森で寝る」
「そうか。また夕飯を頼めるか?俺には狩りなんて出来そうにない」
「それぐらいしてあげる」
瞬時に姿が消える。
その男はそこにいるのが当たり前のようにいた。
姿がぶれる。
何かが触れた、俺の首に。
触ると温かい液体の感触。
自分の血だ。
何をされたかもわからない。
あぁこの男が持ってる剣で斬られたのか。
「ニコフ!あなたは死なない!」
手で触ってみると、変だな傷がない。
「傷が跡形もなく再生するか。化け物め」
陰気くさい顔。派手な布の鎧。胸当てだけ金属だ。騎士風の男。
そいつが俺を見ながら吐き捨てるように言った。
距離を取ろうにも、足がもつれる。
くそっ!寝不足がここで祟るのか!
すぐに八九式を喚び出したが、奴はユウコワの喉に剣を当てる。
「何もするなよ。動けばこのエルフはすぐに死ぬ」
「くっ」
まいった。これじゃ何も出来ない。
やつと睨み合う。
ん?
ユウコワが目で何かを訴えてる。
見つめ合う。
こんな時なのに『目と目で会話するのは、かなり親しくなった男女の証し』なんて、若者向けのマニュアル本みたいなことが頭に浮かぶ。
「うっ!」
何かが光ったと思ったら、男が飛び退いた。
すかさずユウコワは俺の方へ走る。
やらせんぞ、お前!
八九式のフルオートで逃げていく男を追いかけるように掃射したが、すぐに見えなくなった。まるで西洋忍者だ。
「魔法を使ったのか」
「そうよ。弱い……そうね、あなたにわかりやすく言うなら電撃魔法」
「対価として使った寿命はどれぐらいだ?」
「大したことはないわよ。あなたを召喚した術に比べたら些細なものよ」
「でも具体的にはわからないんだよな?」
「ええ、それはどの魔法を使ってもそうよ」
「チキンレースみたいなことになるから、もう使うなよ。助けました、でも寿命が尽きましたじゃ洒落にならない」
「余程のことじゃなければ使わない」
「約束してくれるか?」
「いいわ」
真っ直ぐに目を見つめ、揺らぎがないのを確かめる。
「俺の身体はどうなってる?何故斬られたのに平気なんだ?」
「あなたは神獣としてこの世界に固定された存在。物理的な干渉であなたの命が失われることはないの」
まだ首を斬られた感触は残ってる。剣速が凄すぎて痛みはそこまでないが……。血が流れたということは、傷が塞がるまでにタイムラグがあるのだろう。それにしてもすごく気持ち悪い。
奴の技、まるで居合だ。気配の消し方も尋常じゃない。川の近くを選んだのも失敗だ。せせらぎの音は足音も消してしまう。
「それにあいつはどうやって結界を抜けたんだろう……あ!サファリの轍を辿ってきたのか」
わかりやすい目印があれば幻惑の効果はゼロ。
「歩く?」
「地方住いの俺にその選択肢は無いな。都会と違って近所のコンビニに行くのも車だし。体力もないぞ、自慢じゃないが」
サファリが目立つのも事実だが、あの西洋忍者はトラッキング能力も高いだろう。俺たちも痕跡を残さず移動は出来ない。あいつの陰気な顔が思い浮かぶ。
いつの間にかクロが立ってた、手には獲物をぶら下げて。
「加勢してくれても良かったのにな」
「普通の人間がやってることには干渉しない」
「さいでっか」
そうだ、こいつはそういう立ち位置だ。最初に来た熊男は人間やめてたし、次の奴もああなっては人間とは呼べない存在か。人間のままであそこまでの技を使う西洋忍者の恐ろしさが身に染みる。
「とにかく人里か人家の近くに行かないか?」
「それじゃ彼女たちにお願いしてみましょう」
ユウコワが指差した方向に目をやると、茂みから覗く幼いエルフが二人。
キラキラした目で俺を見てる。
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