【完結】エルフと召喚された営業所長
はるゆめ
第一話 エルフとサラリーマン
目の前に美女がいた。
俺を見つめる透き通った翠の瞳が一番に目につく。
美しい。
雪のように白い肌。
美しい。
対照的に漆黒の髪が緩やかな波のようにうねって肩へと流れている。
美しい。
耳が尖ってるが……バルカン星人か?
でも美しい。
「魂はうまく定着したようね」
耳をくすぐる鈴の音みたいな声。
おかしい。
確か会社の連中と焼肉の後、行きつけのラウンジへと歩いていたんだが。
「あーすみません、ここはどこでしょうか?」
やっと言葉が出た。俺は間違えて風俗店にでも迷い込んでのだろうか?
「今のところ私の部屋ってことになるわね」
「それで、君は誰でしょう?」
目の前の美女、年齢がさっぱり読めない。年若いようだが変に成熟した物腰。
おまけに不思議な服装だ。コスプレイヤーってやつか?
「ユウコワ・ベタノクフ。世間は魔女と呼ぶけど、ただのエルフよ」
「日本人じゃないと?」
それに魔女?
エルフ?
あれか、なりきりってやつ?
コスプレしてその人物を演じてるのか?
あったなー。
自衛隊がファンタジー世界へ派遣されるアニメ。
エルフコスプレ似合いすぎてるぜ、お姉さん。
「何か失礼なこと考えてるみたいね。窓の外を見てごらんなさい」
「うぉっ」
と声が出た。そこにはさっきまでいた蒸し暑い夜の歓楽街ではなく、雪が積もった森林が広がっている。しかも昼だ。
ここは本当にどこなんだ?
「バストリア大陸の北部にある森の中」
バストリア大陸?
「私があなたを召喚したの。よろしくね、神獣さん。自分の名前は覚えてる?」
「召喚だと? 名前は……関西第二営業所で所長やってる……あれ?」
名前が!
俺の名前が出てこない。
「前いた世界での記憶のね、不要なものは消えるのよ。未練残されても差し障りがあるし。でも安心して?私が名付けてあげるから」
「なんだと?それってどういう……」
「向こうのあなたを再現構築して、それから魂を定着させたのが今のあなた」
「何だそのわけわからんワードは」
「あちらの世界とあなたの魂の繋がりがすごく希薄だったから喚べたわけ」
「どうやって?」
「神獣召喚魔術。旧き時代の遺産ね」
「魔術? なぜ俺が!」
「あなた、命を落としてる」
「なっ」
そんな馬鹿な……じゃ、さっきまでの記憶は……。
自分の名前は思い出せないのに、さっきまでのことは全て覚えている。営業所の四半期目標達成ってことで部下達と焼き肉を食べにって街へ繰り出した。
勤続十年の小さな製造メーカー。年商は十億足らず。
低迷してる営業所の立て直しを命じられ、あちこち転勤した。独身だしな。
最初の営業所。北陸。
赴任して一ヶ月は休みなんて取れなかった。取引先の洗い直しと部下育成、面接に面談。
手柄は部下に、失敗の責は自分に。中間管理職はそんなもの。ギリギリ要求ラインにまで成績が持ち直したところでまた転勤。
次の営業所は北関東。理不尽な要求やクレームを入れてくる取引先が多くその度にすっ飛んで行っては対応、不倫しやがった部下の後始末、不正が発覚してその調査、休日の土曜は社内研修会をする立場。
同族会社の宿命、専務派と常務派に分かれてしのぎを削る中、専務失脚。その気は無かったのに専務派と目されていた俺はさらに転勤。
関西の営業所。無気力な社員ばかり。元々実績は低迷していた上に、前任の所長が盛大に不正をやらかし、士気も最悪。
休日返上で駆けずり回るも、俺一人が奮闘したところで社員は踊らず。
エリア会議じゃ吊し上げられ、青石上位の営業所長からは足を引っ張るなと揶揄され、すっかり無能認定。
社長からはそこにずっといろとやんわり島流し発言を喰らう。もう本社には帰れない。
気がつけばもう若くなく、おっさんと言われる歳になり、前日の疲れが残ったまま起きる朝。
いつの間にか俺は喜怒哀楽が希薄になった。
最後に感動したのっていつだろうか。
日常から色が消え失せモノクロになっていく。淡々とした日々。
好きだった映画を観なくなり、いつも聴いてた音楽を聴かなくなり、日課だった読書もしなくなった。
何を食べても美味いと感じなくなり、眠るためだけに酒を流し込む。
砂色の毎日をただただ無感動に過ごしていった。
数年前、上司が俺に管理職は孤独と教えてくれたがまさにその通り。
部下達は仕事もしないのに陰では俺をこき下ろし、言いたい放題。俺の顔を見ればやたらと飯を奢れ、飲みに行きましょうと調子が良い。それに何も感じない自分。
このまま消耗して人生は終わるもんだと諦めてた。
結婚なんて夢の夢。恋人なんてもう何年もいないし、出会いすらない。
そう。
俺は命を落とす前に心が死んでいたのだ。
そうか。
あんたが俺をあの碌でもない人生から、ここへ導いてくれたんだな。
神獣ってのがイマイチわからないが、俺好みの美女と一緒ってのはなかなかじゃないか。
魔女なんかじゃない、女神さまだ。
「ユウコワ・ベタノクフが命名する。神獣ニコフよ、今からあなたは私のもの。命名により契約は果たされる」
彼女がそう告げると心地良い風が身体を撫でる感覚、同時に喪失感が去来する。
あぁ俺は魔女ユウコワの神獣ニコフとして生きていくことになるんだな。
労働条件はどうなるのか……などと考えていると、
「最初のお仕事ね、あれを追い払ってちょうだい」
彼女が窓の外を指さす。武装した集団が見えた。
観察する。前例はファンタジー映画で見た覚えのある風体の男達がざっと見て三十人。
剣や槍で武装している。
その後ろにはお揃いの鎧に身を包んだ騎士風の男達が十人ばかり。
一際大きな体格の騎士が前へ出て宣言する。
「ユウコワ・ベタノクフ!王太子、第二王子殺害、並びに国家反逆の咎により拘束する!抵抗はするな!投降せよ!」
俺はユウコワの顔を見る。
「あ、あんたテロリストなのか?」
「ふふっ、ふふふふっ。あぁ可笑しい。とんだ茶番だわ」
「ということは?」
「私は誰も殺してないわよ? 市民も王家の公告を誰も信じてないわ」
「あれを追い払えと?」
「そう。ならず者達は第三王子が飼ってる私兵、その後ろは近衛」
「サラリーマンの俺にどうしろと?」
するユウコワは俺の顔を両手で包み込む。
「あなたは神獣。向こうで触れたことのある武器を喚びだして使えるの。念じてみて」
な、なんてファンタジー。そんなことができるのか?
うぅむ武器ねぇ。
俺には悪友が二人いた、限界ミリタリーオタク。
自衛隊の基地祭へあいつらの足代わりに拉致られ、あちこち行ったもんだ。
あいつら曰く、俺が死んだ目をしているから景気付けにって言い分だったが。
展示してあるアサルトライフルやらを構えさせられ、写真撮られたな。SNSにあげるとか。
その前に!
いくらなんでも彼らを殺したくないな。上の命令で仕事として来てるわけだし……と迷っていると、
「あら躊躇することないわよ?彼らは私の養父母である公爵夫妻、十歳の義妹、使用人に至るまで全員を辱め、嬲り殺したの。捕縛命令にも関わらず」
あぁ……そうか。
現代日本で暮らしていると意識もしないし、そもそも知らない奴もいるだろうが、日本でだってつい最近まで命は軽いものだった。
戦後の復興以降、衣食住が満ち足りて道徳教育やら世間のムードで命は地球より重いなんて刷り込まれたが、国外に目をやれば、簡単に命は失われているものなんだ。
知らない奴はどれだけ世界から目を背けていることか。中東、アフリカ、中央アジア、南米。
まぁこれもミリタリーオタクの悪友達から叩き込まれたからだけどな。十歳にもならない子どもがAK持ってる地域へ行けば、話せばわかるなんて寝言をほざくことの恐ろしさがわかるってもんだろう。
殺しをする奴は殺される覚悟も必要だ。善人じゃないってのが、俺の忌避感を薄めてくれる。
因果応報、この世界でも同じだろう?
俺は目を瞑り覚悟を決める。
もう日本には帰れない、帰りたくもないが。
悪友二人よ、あばよ!俺は死んでるみたいだ、世話になったな。
俺はここで生きていくしかないんだ、この別嬪エルフさんと一緒に。
風切り音がしたかと思うと矢が飛んで来た。
俺の顔のすぐ横を抜け、後ろの壁に突き立つ。
「防護結界を今外したわ。ごめんなさい、私ね、今は魔法を満足に使えないの。早くしないと殺されるわよ」
やるしかない。
また矢が飛んできた。
やらなきゃやられるんだ。
念じる。
すると手の中に黒い重い塊が現れた。これが最適解か。
ミニミ軽機関銃。もちろん撃ったことなんてない。
なのに。
俺は手慣れた手つきで射撃準備をする。
窓枠にバイポッドを載せる。
Cマグがついてるから助かる。半端なミリタリー知識がこんなところで役立つことに苦笑い。
「異界の武器は不思議な形なのね?」
ユウコワが珍しそうに見ている。
「あの盾やら鎧を抜けるかわからんけど」
確かこれに使われてる銃弾ってのは亜音速で飛んでいくとか。
距離は百メートルってとこか。
狙いは適当にトリガーを引く。
連続する発砲音。
耳が痛い。
次々飛び出るカートが床に散らばる。
こんな時でも銃身が過熱したらあかんやろと冷静にバースト射撃に切り替える。
最初、五人が背中から血飛沫を撒き散らしながら倒れる。貫通したようだ。
それを見て、しばらくは呆然と立ち尽くしていた奴らは、慌てて散り散りに逃げ始めた。しかし雪の上、思うように走れない。
俺は銃口を左右にして撃ちまくる。
まるでシューティングゲームのイージーモード。
男達は次々に倒れていく。
鎧を着てる騎士たちは素早く動けないから狙いやすい。
雪の上に転がる男達。僅かに動いている者もいるが、もう立ち上がれないだろう。腕の痺れがひどい。耳は蓋をしたみたいに聞こえにくくなっている。
もう戻れない。
俺は殺った。
さっきまで生きて動いていた人間を。
「すごい音ねぇ。私も使えるのかしら?」
「使うことは出来るだろうが、あんたには負担がきついよ。お勧めしない」
ユウコワは華奢だ、抱けば折れそうなぐらい。ストックをあてたら肩なんて脱臼しそうだ。
「あら残念」
大して気にしてない声で彼女は男達を見ている。
「一人は無事に帰ってもらいましょう。私達に手を出すのは無駄だって理解してくれたらいいけれど」
しばらくすると一人の男が立ち上がった。最初はゆっくりと、すぐに腕を押さえながら弾けるように逃げ出した。
「比較的軽傷のやつが残ってたか」
ユウコワの言う通り、来ても無駄だってわかってくれりゃいいんだが、まぁ来るだろう。もっと大掛かりな部隊が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます