第5話影の招き

「では、気を取り直して次の発表は誰がする?」


部長から次の発表者を決めるように言われたので妖花は手を挙げた。その手は少し震えていた。


「あ、あの!私…がやってもいいですか?」


思いのほか大きな声がでたため、皆びっくりした顔でこちらを見ている。


「よし、わかった。次の発表者千子で構わないか?」


部長からの問いに対して、うなづいた部活動のメンバーを見たあと私はずっと続いている夜の話をしようと決心していた。

本心を言うと話したくてたまらなかった。あんな経験をするのは初めてなことだしこれから何が起こるかも皆で話し合いたかったからだ。


「今日朝言ってたやつだよねー?楽しみー!」


「うん!そうだよ、今日の朝言ってたやつ。」


部長は私と夏海の話がひと段落したのを見て始めるように私に伝える。


「じゃあ、よろしく頼む。」


少し深呼吸をしたのち、私はゆっくりと口を開いた。


「これは、嘘とかじゃなく、本当の出来事ということだけは忘れないでください。」


皆が一度唾をゴクリと飲み込み、話を聞こうと、前のめりになるものもいる。そんな中で今回の出来事をあらかた説明する。


「怖い話と言うわけではないんです、ただ不思議なことが起きたって話です。これは一週間ほど前なんです。私、毎日毎日午前四時になると眼を覚ましてしまうんです。それも1秒も狂いもなく、本当に四時ちょうどに眼を覚ましてて」


「ほぉ、それは奇妙な話だな。」


部長はうなづきながら話を聞いている。


「そして、なぜだかはわからないんですけど、毎回外の様子が気になって仕方なく、窓を開けて夜の街を毎日ながめてるんです。いつもそれを見て癒やされているわけなんですけど…

ここからが本当に奇妙な話で、下を向けないんです。向けないと言ったら少し違うのかもしれないですけど、私の意思が下を向くなと訴えかけてくるんです。だから下を向こうとすると毎回のように眠気が襲い、寝てしまうんです。」


「へー、下を向けないとかマジなんかあるんじゃね?」


「妖花ー!怖い話じゃないって言ってたじゃんー!」


「2人とも、最後まで話を聞きましょう。」


2人に注意を入れる亜美先輩に感謝をしつつ、私は話を続けた。


「だから、昨晩はずっと起きてたんです、ですけど朝日が登ると同時に眠ってしまって…だから、私もこの現象が何を意味するとかよく分からないんですよね。下を向けないのは私の自己防衛反応なのか、霊的な何かが関係しているのか…

これからどうすればいいのかを皆さんに話して意見してもらえればと思って今日はこの話をしに来たんです」


話が終わると皆一斉に考えを模索しているようだった。


「ねぇ、妖花ちゃん。その話だとまだ一度も下を向いてはいないのよね?」


「はい!なんというか…向きたくもないんです。と言うよりは向こうと思っても向けないというか。何か嫌な感じがするので…」


「無理して見ようとするのは良くない。本当に妖怪が存在するのであれば、君に取り憑くために隙を狙っているのかもしれない」


部長は真剣な顔になり、私の話を聞いていてくれていた。


「マジなら一回見てみるのも手だと俺はおもうけどなぁー?」


阿羅型は興味のなさそうな顔で言い放った。


「うちも阿羅型に賛成ぃー、なんてゆうかこのままだと何にも進まない気がするしぃー」


阿羅型と伊家波は見る方に賛成しているようだった。伊家波の言う通り、何もしなければ、何も進まないことをわかっている。

だからこそ私は決意する。


「私…今日は思い切って下を向いてみようと思います!臨美先輩の言う通り、このままでは何も進まない気がするので!」


「本当に大丈夫なの?私心配だよ」


夏海は相変わらず私に対してはとても優しく、心配してくれているようだった。


「君がいいなら俺も何も言うまい。」


部長も私が決めたことを否定する人間ではなかったので、否定せず、肯定していた。しかし1人私の行動に反対する者がいた。


「私は絶対するべきではないと思う、これは注意勧告と受け取ってもらったほうがいいかな。」


その1人とは新道先輩だった。


「でも、私このままじゃ…」


「お願い、本当に早まらないでほしいの。今後その不思議なことを解決する策はあるかもしれないし」


私が喋る間も無く止めるべきと言ってくれる新道はとても真剣な顔つきをしていた。


「マジどしたの?そんな真剣な顔してさー」


伊家波は軽い口調で新道に聞いていた。


すると新道は一言だけ「私はするべきではない。」と言った後、部室を出て行った。


「どどど、どしたんだろー!?」


夏海は理解ができないらしく、混乱しているようだった。


「新道があそこまで言うとはな。千子、決めるのはお前だが、俺は新道があそこまで真剣にいったのだから今はやるべきではないと思う。」


新道の行動に驚いた私たちは部長の言葉を最後に今日の部活を終了せざる終えなかった。


「失礼します。またゴールデンウィーク明けに会いましょう。」


そう言って私は部室を後にした。夏海とともに、部室を後にし、靴箱にいくと新道が私たちの靴箱の前に立っていた。


「やっときたね、妖花ちゃん。」


笑顔を見せる新道にほっとする。先程までの真剣な顔はそこにはなく、今は優しいいつもの先輩笑顔だけが目には写っていた。


「どしたんですか、亜美先輩。」


「さっき私の言ってた話だけど、私は本当にやるべきではないと思ったの。よくあるでしょ、遊び半分で心霊スポットに足を踏み入れてってやつ」


「はい、私もさっき部長から言われて考えを改めたんです。だから下を向くつもりはもうないですよ。」


そう言うと新道はほっとした顔で胸をなでおろしていた。


「考え直してくれたみたいでよかったよ」


新道はそう言った後笑顔で学校を後にした。


「じゃあ、私たちも帰ろっか」


「そーだねー!かえろ、かえろ。」


夏海とともに私は学校を出ていつも通り、坂道を登り、家に帰っていく。そして今日の話を振り返りながら家へと帰宅した。


「ただいまー。」


「お帰り、今日は少し早いんだな」


家に帰ると母親と父親が私を出迎えてくれた。いつも出迎えてくれるが、それが私は嬉しかった。


「今日部活あってさー、先輩の話がすごく怖かったんだ。」


「そうなのね、それは良かったじゃない。」


私は今日の部活の話を夕食の時に話して、お風呂に入る。綺麗になったところで二階の自室へ向かった。


「今日も起きるのかな、寝てみなきゃわからないものね。」


私は柔らかい蒲団にくるまり、目を瞑る。

カチカチと時計の音だけが鳴り響く。

私は吸い込まれるように眠りに落ちた。


…………………………………………………………



何かに私は追われていた。


「ハァハァァ」


何者なのか、人外である何かに追われていた。

地上へ影が映る。それは鳥のような翼をつけた人型の何か。


「妖花ちゃん…もっと走って!追いつかれる!」


知っている人の声だった。しかしその声の人物が誰なのかそれは分からなかった。


「妖花ちゃん!後ろ!」


そして私は後ろを向いた。そして気づいた、逃げられるわけのない相手に追われていたということに…


「あっ…」



…………………………………………………………


夢を見た。


「はっ、なんて夢なの…とても嫌な夢、はっきりとは覚えていないけど恐ろしい夢だったと言うことだけは覚えてる…」


何かに追われていた、それだけは頭にある。


手の震えが収まらなかった。記憶にあるのは逃げていたということだけ。

蒲団にくるまり、震えを収めようとするもうまくはいかなかった。そして今日の出来事を思い出し、時計に目を向ける。


「やっぱり、ダメか…」


寅の刻を指していた。昨日と同じ時刻。


いつも通り、この時刻に起きてしまった。

震えがなんとか止まり、私はまたいつも通り、窓の方へと目を向けた。


「今日もまた起きちゃったな…こんなことがいつまで続くんだろう。」


そう言いながらいつも通り窓を開けて外の景色を眺めていた。


「やっぱり綺麗だなー」


昨日と同じく夜景は綺麗だった。車が通る音がする。まだ光が灯る家がある。

なんだか感慨深くなる景色をじっと見ていた。

そんな中で妖花はふと思い立つ。


「下はまた向けないんだろうなー」


そう思って下を向こうとすると違和感に気づく。


「た、多分これ下向けちゃう。今までと違って下を向きたくないって感じがない。これもしかして本当に向けるんじゃ…」


そう思った直後新道の声が脳内を駆け巡る。


『私は絶対するべきではないと思う』


あの言葉が私の動きを止める。


「向かない方がいいんだもんね。亜美先輩。」


私は下を向こうとはもう思わなかった。


だからこそ、今日はこのまま朝を迎えようと思った。いつまで続くのかわからないこと奇妙な出来事を終わらせたい、しかし先輩の言葉が脳に焼きつき離れない。だからもう考えるのをやめた。私はこのまま下を向かず、一生続くかもしれないこと出来事を耐えていこう。そう決意した直後だった。


「あ、あれ?」


下を向いていた。私の意思ではなかった、なにかの力が働いたのか私は下を向いてしまっていた。


「なんで私…下を。」


下に目を向けていた私は夜の街に照らされる道路が目に移る。そしてあるものに目がいった。いや本当は目を向けてはいけなかったのかもしれない。しかし、一度見るとそれから目が離せなくなっていた。


「な、何あれ。あれは人なの?」


そこには誰なのかはわからないが、影が一つ道路の真ん中にあった。よく見ると人の影ではあるが、そこに人の姿はない。


「あれは絶対みたらダメなものな気がする。」


そう思い目を背けようとするも、もう遅かった。


「目があった…」


目があったといえば間違えなのかもしれない。影に目などないのだから。


ただ顔をこちらに向けていた。影はじっとこちらに顔を向けていて私の存在に気づいたのかこちらに近づいてきた。


「ま、まさかあれって…」


昨日の記憶を思い出す。

あの時の黒い何かはまさかこの影?

確証はないものの、何か嫌な予感がした。


「で、でもここ結構高いところだし大丈夫だよね?」


道路から家までは高い壁がありふつうの人間なら上がってくることは不可能だろう。しかしそれは違った。


影はゆっくりとこちらへと近づいてきた。そして、壁を影が這い、道を影が移動する。

そして瞬く間に家の前まで近づいて来ていた。


「そ、そんな」


私は怖くなりとっさに窓をしめ鍵を閉めるとベッドに入り、毛布にくるまり震えていた。


「冗談じゃないのよね。嘘って言って」


そして少し時間がたつと階段を登る音がはっきりと聞こえてくる。


『やっぱりあの影は来たんだ』


階段を上る音が聞こえてくる間私は震えが収まらず、目から涙がこぼれ落ちていた。


「こんなことなら窓を開けてみるんじゃなかった」


後悔だけが降り積もる。一度の失敗が自分をここまで窮地に陥れるなんて思いもしなかった。


「ど、どうしたらいいの」


その直後だった。


『トントン』


ドアを叩く音がした。


『トントン、トントン』


私の部屋のドアを叩く音が聞こえてくる。

ドアを叩く音は次第に大きくなり、ドアを壊されるのではないかと思ってしまう。それほどまでにドアを叩く音は大きくなっていた。


「もう…やめてよ。」


願ってもその音は止まることはない。


「もう!やめてよ!」


私は怒鳴った。とても大きな声で、もうどこかにいって欲しいと。こんなことが続くのなら私は意識をもう保てなくなる。自分が自分で無くなると、そう思い、怒鳴った。

正体のわからない相手に対して。 その声をキッカケに急に音がしなくなった。


「どこかに…いったの?」


涙をぬぐい、ベッドから出るとあたりにはなんの気配もしなかった。


「ふぅ、よかった…」


風の吹く音が聞こえてくる窓から冷たい風が吹きつけ、少し身震いしてしまう。


「怒鳴ったらいなくなるなんて、気の弱い妖怪さんだったのかもね。」


下から母親の声が聞こえてくる。


「どーしたのー?大きな声だすから何かと思ったんだけど。」


「なんでもないよ、お母さん。少し変な夢見ただけだからー」


自室から大声で伝えると、母親は「わかったわ、早く寝なさいよ」

とだけ言い、それを最後に声は聞こえなくなった。


「本当にびっくりしたなぁ」


母親が寝室に入ったのだろうと思い、自分も寝ようと、ベッドの方へと振り向いた。

そして私は気づいてしまった。

先程まで開いてはいなかった窓が開いていることに。


「あれ…私窓の鍵もしめておいたのになんで」


心臓の鼓動が大きく鳴る。


今、窓の近くに行ってはダメだ、それは分かっていた、分かっていたのに近くに行ってしまう。その衝動を抑えきれなかった。


そして窓の前まで来るとまた下を覗き込む。


「な、何もない…」


そこには何もいなかった。いや、何もなかった。先程の影も道路にあった光も…街の光も…

闇だった、暗闇、街全体が闇に覆われており、なんとも不気味だった。


「なんで光が全くないの…」


夢だろう、そう思いたかった。そう思うしか無かった。


なぜなら自分のベッドに人の気配がするからだ。

振り返ってはダメだ。でも、妖花はその衝動を抑えられなかった。


「んッ…」


ゴクリと唾を飲み込み、意を決して私は振り返る。


「え?」


そこには影、女の影があった。ベタっと足をつき、触れている箇所は真っ黒に染っている。

息を飲む。窓に目を向けると、先程の闇に覆われていたのが嘘のようにいつもの景色が広がっている。

直感だった。窓からでも逃げようと手をかけた時、影は私が振り向いたことに気づいた。


『…………………ッ』


何か喋った?

そう思ったのもつかの間、私の方へと影が勢いよくやってくる。もうダメだと思い、窓へ足をかけた直後私の体は硬直する。


「うっ」


声を出す暇もなかった。影が私へ覆いかぶさる。

一体何が起こるのか全く分からない。

影の中は息もできず、ただただ苦しいだけだった。



苦しい、痛い、辛い。



影に取り込まれた私はそんな感情でいっぱいだった。このまま死ぬのだろうか、こんなことで私は死んでしまうのだろうか。

そう思いながら流れに身を任せて、私は目を瞑る。


「みんな…誰か…助けて…」


そう言うと、何か声が聞こえた気がした。


『やっと…見つけた』


直後妖花の意識は遠くへと飛んでいってしまった。


「あなたは誰……………」


そのベッドには黒い影だけが残っていた。

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