表裏一体物語

ともてと

一章 はじまりの妖怪編

第1話光と闇

始まり





闇の中、一筋の光に向かう人の姿があった。

顔は見えない、ただ分かるのはそれが少女であるということだけ。

布地がところどころ切れている和服を着て、裸足で足を引き摺る。


少女はいつ着くかもわからない目的地へと向かう。

血が滴下しながら少女の歩く姿を見て闇からは人ならざる者たちが少女を誘い込む。

真っ黒な手がゆらゆらと揺れながら、少女の方へと近づいていく。



『こっちへこい』



人ならざる者からの要求に屈せずゆっくりと足を動かし続ける。しかしその足取りは重い。


「私は…絶対にあそこに向かう。それが私の、私のやるべきことだから…」


その声は何かに邪魔をされているような声。

男でも女でもない怪物のような少女とは思えない声。

その声は助けを求めているような声色。

闇の中を歩き続ける少女はある使命のために歩くことをやめなかった。


「諦めたら…ダメ…」


少女は諦めない。いつ着くかもわからない一筋の光を目指して────


………………………………………………………………


これは少女の物語。ある1人の少女の人生の物語。

生きるか死ぬかその2つしかないこの世界に少女は生まれた。


生きる意味もない、死ぬ意味もない。

だが少女は生きることを選択した。理由なんてない。その方がいいと思ったから。


社会という名の、国という名の、人生という名の鎖に生まれた直後から繋がれた人間たちはその鎖に従って生きる。



それはどの世界でも同じこと。



鎖に従って生きる者、その鎖を断ち切り生きる者。2つの運命があるこの世界で少女は生まれたのだ。


彼女はどちらに従うのか。表裏一体のごとく表と裏が密接に関わりあうこの世界で彼女は何を見て、何を経験するのか。



少女の物語は始まる


………………………………………………………………



今は昔…


といってもそんなに昔のことではない。


まだ令和という元号が使用される前、平成という元号の日本。しかしそのどの年なのかは定かではない。

この世界は現代とは歴史の変わった世界の物語。



深夜



1人の少女が自室のベッドで寝転がっていた。


「はぁ…明日から中学2年生。もう春休みも終わっちゃうのか…」


ため息をついた少女は携帯電話を手に取り、連絡が来ていないかを確認する。真っ暗な室内に携帯電話の光が広がる。

動作を行うとさらさらの髪の毛が揺れ、自然とまた髪の毛の揺れが止まる。


「明日から2年生だからみんな話してる」


明日からは中学2年生。少女は中学生だった。

ごく普通の中学生。そこらにいる中学生と何ら変わらない。特殊能力とか超人的な力とかそんなものは持っていない。今の中学校生活を楽しむ学生なのだ。


現在の時刻はもう月が顔を出し、皆が寝静まる時間帯。

携帯電話で連絡を取る少女はふと思う。

それは1年生の時のようなことでは駄目だ、ということだった。1つ上の学年に上がるのだからそれなりに意識を持たなくてはならない。新しく入ってくる後輩たちは皆一年前の私のように期待と不安で胸がいっぱいだろう。そこで私たち上級生が下級生を引っ張って行かなくては。


というのは建前で本当はそんなことを思ってはいない。後輩など正直興味はない。しかし、それは今興味が無いだけで変わるかもしれない。

変わるといえば…

クラス。それは生徒の集団。

クラスが変わるとクラスメイトも変わる。仲の良い生徒と違うクラスになるのは避けたい。しかし新たに知り合う生徒との交流も深めていきたい…

できるならその両方を兼ね備えたクラスになってほしいものだ。



「みんなクラスとか誰が担任とかやっぱ気になるよね」


クスクスと笑いながら携帯電話を見つめていた。

その間も携帯電話には友達からの連絡が無数にきており、それを返していた。


「それはそうだよね。みんなやっぱり眠れないよね」


そう思う少女は携帯電話を1度閉じる。

そして天井を見上げて明日の学校に向けて心構えをする。


あれからどれほど時間が経過したのだろう。

寝ようにも寝られない今、少女はまた携帯電話をいじりながら眠気が来るのを待っていた。

携帯電話の光が少女の顔を照らし、その光のせいで眠くならないのではないかとも思ってしまう。


思いのほか直ぐにその時は訪れた。


携帯電話をいじっている間にふと眠気が来たのでとりあえず布団に潜り込みそっと目を瞑る。


「おやすみ…なさい」


頭の中では期待と不安が交錯する。

そんな中、時計の針の音が鳴り響く。



そして少女は夢を見る。






「ここはどこだろう」



夢の中で少女は知らない場所に立っていた。

細い路地。目の前は行き止まり。振り向くと、道が続いている。

周りは民家に囲まれていた。見る限りでは木材で建てられた古い建物のようだ。

そんな心当たりのない場所にいる少女は何か嫌な予感がしていた。


「どなたかいませんか?」


路地で1人、不安を隠しながら声を出して少しでも不安を消し去ろうとする。


「誰もいないみたい。なら早くこの路地からでてあの光の差し込む路地の外へと出よう」


振り返ると、目の前には光が差し込んでいる。どこに通じているのか、それはわからないがとりあえずこの暗い路地からは脱出したい。

悪寒がして、少女はただただこの場を立ち去りたかった。




早くこの場から離れよう。そっと右足を一歩踏み出した瞬間…


「あっ…」


なぜだろう。地に足がつかない。道は続いているはずなのに。一歩踏み出したはずの右足は道をすり抜け、コンクリートを貫通している。まるで何も感じない。映像に足を突っ込んでいるような気分だ。

すり抜けている足はどこかわからない場所へと続いている。

警戒していたからこそ、その異変にいち早く気づいた。踏み出した足を戻し、片足で何とか持ちこたえる。


ここは一体…

1歩目すら踏み出せない道を不安に思いながら足を戻してみると驚いて声を出してしまう。


「え!?どういうこと…」


先ほどまで両足が地についていたはずなのに一度足を動かしただけでその場所にはもう足をつくことができなくなっていた。


地を通り抜け何度足を地につけようとしても、うまくいかない。


「あ…どうしよう…」


ここは道のように見えて道ではない。


体がぐらつく。片足で立っている少女に不安が一気に押し寄せる。

このままではバランスを崩してしまう。


「このままだと確実に転んでしまう」


そう思った直後だった。その不安と緊張からグラっと体が傾いた。


「はっ…!」


バランスを崩して道に倒れ込んでしまう。

いや、倒れこめなかった。やはり道をすり抜けた。


「きゃー!!!!」


そして少女は落ちていく。叫び声を上げながら。

どんどん先程までいたはずの路が遠くなる。

そして気づいた。風がない、ここはなんなのだろうか。どこなんだろうか。高いところから落ちたなら風が吹くはずなのにここは無風無音。周りを見渡すもそこは暗闇。落ちる感覚はあるのに落ちた感じがしない。

まるで少女だけが光に照らされているようにも見える。


少女は闇へと落ちていく。


「と、とまらない?どこまで落ちていくのだろう…夢なら覚めてよ」


そう叫んでも少女の体は落ちていく。


「このままでは…下は暗いし、周りも真っ暗」


上を見上げると道が米粒ほどの大きさになっていく。


少女は上に這い上がろうにも掴めそうな場所はどこにもない。あるのは闇だけ。その闇の中に少女は落ちていく。


ただそれだけ。


「きゃー!」


少女は落ちていく感覚を味わいながら闇の中へと闇の奥へと落ちていった。


『大丈夫…早く手を…』


落ちていく途中誰かの声が聞こえてきた気がした。


手を伸ばすも、その声の主の居場所は分からず、少女はそのまま落ちていく。闇の中へと落ちていく。


『さぁ、手を取って』


声ははっきりと聞こえた。だから私はその声の方へ手を伸ばした。


そして、私は…………


少女の意識は覚醒へと向かう。





「きゃー!」



目を覚ました。

少女は手を天井に向かって上げていた。

ひどい夢だ。身体を起こし、はぁはぁと荒い呼吸をしてしまう。

服をパタパタさせながら身体をみると汗が吹き出しベタベタになっていた。


「ここは…家?よかった…夢か」



時刻は午前4時



少女は1人ベッドから降り、先程のことは一旦忘れてベタベタになった身体をどうにかするためにシャワーを浴びる。

服にはべったりと汗がついており気持ちの悪い感覚が残っている。それを温かい水で洗い流す。


「ふぅ…スッキリした」


少女は洗面所でドライヤーを使って赤暗色の髪を乾かしている。髪色は染めたわけでも、染められた訳でもない。先祖から引き継がれた地毛。父や祖父もこの髪色だった。だからこそ、学校では色々と困ったことにもなる可能性があったが幸いにも私の通う学校はそういうことは大目に見てくれる。

髪を乾かしながらクシを使って髪を整える。

とりあえずこれでいいだろう。


時計を確認した後、少女はまた自室へと戻る。

家には私だけが住んでいる訳では無いのでできる限り静かに、ゆっくりと階段の一段一段に気をつけながら二階へ上がった。



そして少女は自室に入り、窓の外の景色を眺めるのだった。


寝ることが今は怖かった。目を瞑るのが怖かった。今も震えがある。

そして最後の夢のあの声を思いだす。


「最後の声は一体…」


あれから数日が経つ。中学2年生となった少女。

しかし、あれからもあの感覚が消えることはなかった。


あの悪夢はあれ以降起こることはない。


ただ、頻繁に夢を見ることが多くなった。




それだけだった。いや、それだけでよかった。




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