第18話 伝説を越えろ

「本気の音楽か……」


 帰宅した美月みづきは、春樹はるきに言われた言葉を反芻はんすうしていた。


 目標は本気で掲げていたし、そこに向かって本気で努力もしてきたつもりだ。しかし、はたから見たらただの後追いや逃げのように感じられるらしい。


 OCEANオーシャンに憧れを持ち、行動してきた全てのものが無駄だったらしい。


 突きつけられた現実は、美月みづきにとっては無情だった。


 本気、勝利など考えに考えていると、胸の奥の辺りがチクチクと傷んでくる。


 ピアノで求められたものを届けられなかった。たくさんの人に罵倒ばとうされた。


 二年前の記憶がフラッシュバックして、前に進める気がしなかった。ただ、このままではどのみち前に進めない。だから、


「ピアノ……」


 自分が逃げたものに目を向けようとすると……ふと、頭の中にある考えが浮かんできた。


「なぜ自分はピアノを取ったのだろう」


 ほとんどの人がぶつかる答えだった。


 楽器とといっても、トランペット、オルガン、バイオリンなど、無数に存在する。


 だが、美月みづきはその中からピアノを選んだ。


 春樹はるきに言われたことと原理は同じだ。確かにそこが気になると、知りたくなりのは必然的なことだった。


 その理由を確かめるために、小さい頃の自分を知っている人物に話を聞きに行く。


 自分の部屋から飛び出し、一階に向かう。


「お母さん!」


 ちょうど夕食の準備をしていた母に、自分が気になったことを聞いてみた。


「そうね……ピアノは美月みづきから始めたいって言い出したのよ」


「私から?」


「えぇ、保育園の先生がピアノを弾いている姿を見て、『かっこいい!』って言い出して、やらせてってね。その時はお父さんが生きてたから、経済的にやらせてあげられたから、なんでもやらせてあげようと思って……まぁ、その二年後にお父さんが死んじゃって、厳しくなったけど……ピアノだけはやらせてあげようってお母さんすごく頑張ったんだから!」


 母にはすごく感謝している。


 経済的に恵まれた環境ではなかったし、子供の頃は我慢の連続だった。


 それでもあの頃はピアノがあればよかった。それだけで幸せだった。


「私、大切なもの忘れちゃってたんだ」


 ピアノを溺愛できあいし、全てを捧げていた中学までの自分を思い出し、目頭が熱くなってくる。


 感傷に浸っている美月みづきを見て、母は言葉を紡ぐ。


「ねぇ、ピアノコンクールで優勝した時、アナタが私に言ってくれた言葉覚えてる?」


「なんか言ったっけ?」


「言ってたわよ。あれはお母さん、忘れられないわ」


 その時のことを思い出し、言葉にする。


「あの時、人の期待に応えるのが楽しいって、そのために本気で努力することも。だから、優勝を目指して頑張ってこれたとも言ってたわ」


「そんなこと言ったっけ?」


「言ったわよ」


 本人の記憶にないことを言われたが、母親の記憶にはしっかりと残っている。


 案外、言った本人は忘れているものなのだなと美月は思った。


「だからお母さんね、美月みづきがピアノで病んじゃったのは、周りの期待に応えられなかったからじゃないかって思うの。三年生の頃は勝ちにこだわって、夜遅くまで練習して、コンクール二連覇を目指してたのに、負けちゃったから……それが相当こたえたんだろうね」


 今も昔も彼女の本質は変わっていなかった。


 誰かの役に立ちたい。そのために努力する。だが、勝てば賞賛、負ければ批判という自分を都合のいいようにしか見ない人達がいることを知り、ショックだったのだ。


 そんな彼女に希望を与えてくれたのが、OCEANオーシャン。いつも楽しそうに、みんな平等に音楽を楽しむことができる演奏をしている。


 勝ち負けなどない。しかし、それは幻想だったのかもしれない。


 テレビ越しに見ていたから、表側からしか彼らを見てこなかったから勝ち負けにこだわらないように見えただけなのかもしれない。


 現に裏側を見ている春樹はるきは、OCEANオーシャンがとてつもない挫折を味わい、人並み以上の努力をしてあの場所まで駆け上がったことを知っているのだから。


「お母さん、私……本気でバンドをやっていきたい」


 美月みづきの言葉に母は唇を緩め……


「本当はねお母さん、美月みづきがバンドやりたいって言い出した時、心配だったんだから。アナタは子供の頃から影響受けやすい子だったから。始めたのはいいけど……いつか壁にはぶつかって、ピアノで病んだ時みたいになるんじゃないかって思ってた。けど、アナタの人生だし、好きにやらせてあげようって思って何も言わないようにしてたんだけどね」


「お母さん」


「でも、もう大丈夫! だって、お父さんと同じ目をしてる」


「お父さんと……」


「えぇ。でもね、これだけは肝に銘じておいて。絶対結果を残しなさい! 私もお父さんも中途半端が嫌いだから」


「うん!」


 母の言葉を聞き、美月みづきは思い出す。本気でピアノに取り組んでいた時のことを。勝利する時の喜び、敗北する時の悔しさを。


「周りの目なんて……」


 気にしない! 


 自分なりの答えを胸の奥にしまい、決意する。春樹はるき翔兎しょうとと向き合うために。


「じゃあ、夕飯にしましょうか。今日は美月みづきの大好物のオムライスよ」


「やったー! お母さんのオムライスは天下一品だよ!」


「そう。そういうところもお父さんとそっくりね」


 ますます旦那だった男の人と似ていく美月みづきを見て、母は彼がバンドをやっていたことを思い出す。


 よわい二十四で胃癌いがんで亡くなり、メジャーデビューの夢を叶えられなかった宇崎光秀うざきみつひでのことを……



『今日私の家に集合できる? 話したいことがあるの』


 DMを翔兎しょうと春樹はるきに送信する。


 学校帰りに二人はメッセージに書かれている通り、美月みづきの家に来た。


「どうしたんだよ。急に呼び出して」


「あぁ、今日は練習じゃなかっただろ? それに暇じゃねぇんだよ俺たちも」


「ごめん、急に呼び出して。でも、話しておきたかったんだ。私たちのこれからに関わることだから」


「ってことは……」


 春樹はるきが昨日の答えが見つかったのかと思い、美月みづきの言葉を待つ。しかし……


「はっ?」


 次に行われた行為は口を動かすのではなく、頭を下げるというものだった。


「ごめん、私のエゴで二人を混乱させちゃった。それに、春樹はるき君には嫌な思いさせちゃったね。でも、私ちゃんと答え見つけたから。だから、聞いてください」


 最後に畏まり、いつもの調子と違う美月みづき。彼女を見て、春樹はるきは面を食らった。


 ここまで律儀にされたら話を聞かないわけにはいかない。もし断れば、それこそ無粋ぶすいだ。


「話してみろよ」


「ありがとう」


 感謝を述べ、真剣な春樹はるきを見つめる。そして、


「私、憧れを負うのはやめる」


 一発目が衝撃的だった。


 あれだけOCEANオーシャンを追いかけ、そのためにバンドをやってきた人物が、その原点を捨てるというのだ。


 春樹はるきは顔をしかめ、翔兎しょうとは理由がわからないために次の言葉を待つ。


「昨日ね。お母さんに私の原点を聞いたの。ピアノを手に取ったね。その後、考えてみたんだけど……わかったの。私が音を奏でてやりたいことは、人に希望を与えたいことだって。だから、私たちだけの音を奏でるためだけに、私はスタープロジェクトで優勝したい! そして……」


 美月みづきは黙り込み、深呼吸し……


「伝説を越えよう! OCEANオーシャンが成し遂げられなかったことをやって、私たちだけの物語を奏でようよ!」


 発せられた言葉が衝撃すぎて、二人はついていけなかった。だが、しばらくして言葉の意味を飲み込んだ春樹はるき翔兎しょうとは、別々のリアクションを取った。


 翔兎しょうとは驚き、春樹はるきは笑う。その後、


「それ、面白れぇな! 兄貴を越えるか。そうすれば、本家は俺を放って置けない。これ以上ない復讐ってわけだ」


「俺はそこはどうでもいいんだけどな……まぁ、でもこれでこそ美月みづきか」


 出会った時から無鉄砲で、常人では理解できないことをやってのける。でも……なぜかついていきたくなる。天性の才能を持っている女性。


「ここからが本番だよ。私たちだけの音楽を奏でよう! そして……」


『スタープロジェクト優勝!』


 円陣を組み、三人は笑い合う。


 そんな彼女たちのスマホに通知が来る。


 そこには『スタープロジェクトエントリー開始』の文字が書かれたニュース記事が貼られていた。




         第1章〈完〉

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