前世の記憶が役立つとは思えません! ~事件と溺愛は謹んでご辞退申し上げます~

幸智ボウロ/ビーズログ文庫

鬼灯色の浮気男①

 



 春うららかな日差しの中かいさいされたイリス・フィーターこうしゃくれいじょうこんやくろうパーティー。


 十六歳の侯爵令嬢と三歳年上のアルク・クルハーンはくしゃくれいそくは、美少女、美青年のお似合いのカップルでとても幸せそうに見えた。なのに……、まさかこんなことになるなんて。



 クルハーン伯爵令息にナイフをのどもとにつきつけられながら、私の脳内にはこれまでのことが走馬灯のようにめぐっていた。私、アリシャ・ヒルヘイスには前世のおくがある。


 きっかけはよくあると言えばよくあることで、ある日とつぜん、前世の記憶がよみがえったのだ。


 当時六歳の私は、トテトテ走る可愛かわいらしい四歳の弟ネイトといっしょに野原を駆け回り、勢いのまま派手に転んで頭を強く打った。

 一昼夜意識がもどらず、意識が戻った後もひどい頭痛がおさまらない。うぅ……、知らない記憶が一気に増えて頭の中でうずを巻いている。


「アリシャ、だいじょうかい?」


 お父様の心配そうな声。


「お医者様はぼくだけだとおっしゃっていたのに……、こんなに苦しんで、可哀かわいそうに」


 お母様の泣きそうな声。お医者様を呼び戻そうか、それとも薬やりょうほうを探したほうがいだろうか……と話している。ううん、私は大丈夫。心配しないで、病気の時は……、病気の時は……、これ!


「コンビニスイーツ……、食べたいぃぃ……」


 クリームたっぷりのロールケーキ、とろけるプリン、カスタードがまったシュークリーム。ふかっとしたどら焼きも好きだけど、今は冷たくてとろけるものがほしいですぅ。


「くまのアイス……、練乳味……、わらびもちぃ……」

「アリシャ……、それは、なんだい?」


 それは、夢のように美味おいしい食べ物の数々。前世の私はコンビニスイーツを買い込んで、家族とともにわいわいとツッコミを入れながらテレビを見るのが好きだった。うちにはゲーム機を買ってもらうゆうも、家族旅行を楽しむ時間もなかったから。


 シャッキリしていた祖母とツッコミが得意な妹、それから……、中学生の時に事故でくなったやさしいお父さん。お母さんがけんめいに働いてくれたから生活に困るほどびんぼうではなかったけど、お母さんを置いて遊びには行きたくない。


 私も妹も「うちでおを食べながらテレビを見てるほうが好きだから」と言っているうちに、本当にそれがしゅになっていた。

 大人になったらお母さんに楽をさせてあげられると思っていたけど……。社会人になった後の記憶が二、三年でれている。


「お父さん……、お母さん……」

「ここにいるよ、アリシャ」

「私達の可愛い子。側にいるからねむりなさい」


 お父さんとお母さんがいる……、声が聞こえる。


「良かった……、この世界には、いるんだ……」


 本当に良かった。

 ホッとして眠ったものの、目覚めれば頭痛が続き、夢うつつの中でだれかと何かを話していた。前世の記憶が蘇ったのだから、この世界を作ったというがみさまかもしれない。が、あいにくよく覚えていなかった。とにかく、頭が痛くて痛くて……。


 四日、五日と過ぎたころ、やっと頭痛も治まってきて弟のネイトとも会えた。


「ねーたんっ!」


 お母様に連れられてきたネイトは私を見るなり駆け寄ってきた。


「ネイト、心配かけてごめんね。お姉ちゃん、もう大丈夫だから」


 よしよしと頭をでているところにおやつが運ばれてきた。この世界では初めて見る……、プリンアラモード! ネイトも目をキラキラとさせている。


「わぁ、今日のおやつ、すごい! 美味しそう」


 ベッド用の小さなテーブルが運ばれてきて、そこでネイトと一緒に食べる。

 今までもプリンは食べていた。だけど今回はいつものプリンの周りにクリームとフルーツが盛られている。


「あぁ、これ、これ、なつかし……」


 言いかけて、気がつく。懐かしいって変……だよね? だって、初めて食べるデザートなのに。ギリギリで気づいた私、えらい、セーフセーフ。


 急に前世の記憶が蘇ったなんて言ったら、両親に頭のおかしい子だと思われちゃう。

 もうそうへきがあると言われる程度ならまだしも、あくきや終末思想だと思われたら家を追い出されかねない。


 私が生まれた家はラトレス王国のヒルヘイスしゃく。領主ではあるが広がる田園風景と町の発展具合で、そこまで大きな所領ではないとわかる。


 子爵であるお父様はおんこうで優しく、お母様はちょっぴり厳しいけどいつもにこにこと笑ってきしめてくれる。


 両親の仲は良好。二歳年下のネイトも可愛い。領地経営はお父様の弟、さん家族も手伝ってくれていて祖父母も健在。年に何度か集まって和気あいあいと食事会をしている。


 田舎いなかのほのぼの領主一家の一員となったことになんの不満もない。

 のどかな今の生活を死守するためにも、前世の記憶があることはないしょにして、まずはこの世界の情報を集めなくちゃ……なんて思っていたら。


 両親には秒でバレた。


 んでいる間に「コンビニスイーツが食べたい」とつぶやき、それは何かと聞かれて前世のことを洗いざらい答えていた……らしい。私は夢うつつで覚えていないが、そうか、だからプリンアラモードがおやつに出てきたのね。


 体調が戻ってからも、無自覚に独り言を言っていたようで……。


 かして塩をったジャガイモを見ながら「げたらフライドポテト」、ぶたにくを見ては「生姜しょうがき食べたい……しょうがあれば……」などなど、この世界にはない食べ物や料理の名前をつぶやいては「日本食はないのかしら……」とぶつぶつ。


 他にも両親が領民から持ち込まれた問題を話し合っている横で。


うわするだんって、最低。かくがいたら争いの火種だよ」

あらしの中、橋が落ちて陸のとうができたなんて、サスペンスドラマのオープニングじゃん」

「商会同士のいさかいで誰が一番得をするのかってことよ」

しゅうかくぶつとうなんかぁ。けいものなら第一発見者があやしいから、届けに来た人が犯人?」


 など、前世でサスペンスドラマをよく見ていたえいきょうか、ろくさいが発するとは思えない発言も多々してしまっていたらしい。


 今思えば、両親に「ん?」「何?」と、時々、聞かれてはいた。前世の感覚で言う、テレビに話しかける人状態だったからあまりに無意識で、その時は深く考えず「なんでもない」と答え、両親も深く突っ込んで聞いてはこなかったけど……。


 しっかりとその様子を観察されていたようだ。


 私の両親、すごい! そして気をつけているつもりでめちゃくちゃ前世の感覚でしゃべってた私のかつさよ……。


 お父様のしつしつにお母様と一緒に呼ばれて、私を真ん中に三人並んで座る。これは何か大切な話かと身構えているとお父様に「前世の記憶」について切り出された。


「アリシャは父さん達にもわからない言葉をたくさん言っていたからね。実は、この世界には、前世の記憶持ちがまれに現れる……という伝承がある。それでピンと来たんだ。アリシャにもこの世界とは別の記憶があるのではないか?」


 答えにきゅうし、となりに座っているお母様を見上げると、笑ってうなずいてくれた。


「大丈夫よ。アリシャはアリシャだもの」

「そうだぞ。だからアリシャに危険がおよばないようにしておきたい。他国のことはわからないが、この国では手厚く保護してもらえるからね」


 両親の言葉はしょうげきてきなものだった。

 なんと、他にも前世の記憶を持つ人がいる世界だったとは!


 そういった人々は、前世の知識を生かして国を治めたり、法律を作ったり、インフラ整備をしたりするのだとか。

 ちなみにラトレス王国では、前世の記憶持ちと判明したら届け出が必要なのだそうだ。


 まさかそんな制度まであるとは……「ちんじゅうあつかいかよ!」と突っ込みたいのをグッとこらえて頷いた。仕方ない……。国や制度はともかくとして、両親はきっと私を守ってくれる。

 今だってとても優しくおだやかな目をしているもの。


「制度って……、どこかに届ける場所があるの? 私、どこかに行かなくちゃいけないの?」


 お母様が「どこにもやらないわ」と抱きしめてくれる。お父様も頷いて。


「王都には歴史について勉強している人達がいるんだ」


 国営の歴史文書資料館に、前世の記憶持ち研究の専門窓口があるらしい。けんでんしているわけではないが、貴族ならば知識とのこと。


「アリシャが持つ前世の記憶は、アリシャが思っている以上にすごい可能性を秘めているかもしれない。国にとって大事なものだと判断されればしゃくさずけられ……、父さんのように土地やしきをもらって、強い人達に守ってもらえるんだ」

「王都の貴族学園では必ず前世の記憶持ちについて教わるの。お母さんが授業を受けていた時はそんな人、何年も現れていないって聞いていたのに」

「まさか自分のむすめがそうだとはなぁ……」

「ナイショはダメなの?」


 両親の言葉に、疑問に思って聞いてみた。だって国に届けるとか絶対めんどうそうだもの。


「残念ながら、ちょっと難しいかな。前世の記憶持ちは希少価値を持つからこそ、危険な目にもう。だからアリシャの道は四つ」


 まず記憶が有益と判断された場合。爵位、財産、安全をあたえられて国のために働くことになる。


 次に、届け出たものの有益な記憶がないと判断されると、国で保護してもらうか、そのままの生活を送るか、本人の希望で選べる。

 保護を願い出た場合、衣食住等かんきょうの全面バックアップに安全面もはいりょされる。就職やこんいんでも希望にうよう国が積極的に助けてくれる。


 保護を断った場合、もちろん今まで通りの生活を送れるが、それでも警備体制が整っている王都での生活がすいしょうされる。


「過去には大規模事件……たくさんの人をだましてお金を集めたとか、自分は神の生まれ変わりだとうそをついて信者を騙したとか、悪いことをした人もいるんだ。逆にゆうかいされて、かねもうけの道具にされてしまったかなしい事件もある」


 なるほど。だから国としては保護し、ある程度、その存在をあくしておきたいのね。


「でも記憶とは関係なく悪い人はいるよ?」

「そうだね。もちろん記憶があったとしてもなかったとしても、悪いことはしちゃいけない」


 お父様いわく、前世の記憶は女神様からのギフトとも呼ばれるもののため、それを使って悪いことをするなんて、女神様がいると信じられているこの世界ではより許されないこうなのだそう。


「安全面や外敵を考えると、王都で定期的に様子を見られる環境のほうがいいってことなんだろうね」

「えぇ~、それってていのいい、ただのかんってやつでは……」


 ポロリと、心の声がてしまう。


「ん? 何か言ったかい、アリシャ?」

「い、いえ! なんでもありませんわ、お父様」


 危ない危ない。気がゆるむとつい余計な一言が口をついて出てしまう。


「記憶なんてあいまいなものだし、特に有益な情報をろうできないとなれば、じょじょに規制も緩くなるそうよ。アリシャの希望を優先してくれるはずだから、ちゃんと報告して相談をしてみましょうね」


 報告及び相談をしないとどうなるのか?

 これが四つ目の道、前世の記憶持ちであることを隠した場合だ。


 隠し切れば問題はない。静かにこの国のたみとして暮らし、一生を終えるだけ。しかし、故意に隠してそれが発覚してしまうと、強制しょうしゅうされて国営のせつに収容される。


「故意に隠していたわけだから、てっていてきに調べられるし自由も制限される。身の潔白が証明されても、隠していたことで信用をくす。前例がほとんどないためはっきりとしたことは言えないが……、アリシャの場合は女の子だから修道院暮らしになるかもしれないな」


 さらに罪をおかせば一生、ろう


「平民なら、そんな教育は受けていない、知らなかった……で通せる場合もあるが、貴族だと難しい」


 前世の記憶持ちについて、貴族は必ず学ぶことになっているからだ。ラトレス王国が建国された七百年前、知識で王を支えたさいしょうが、実は前世の記憶持ちだったということで、今の制度が作られたのだとか。


「う~ん、面倒なことはいやだけど、じょうきょうはわかった。届け出てもお父様達とは一緒に暮らせるんだよね?」


 お父様が「もちろん」と頭を撫でてくれる。


「王都に移住する時は父さん達も一緒に行くから」

「アリシャはまだ六歳だもの。私達とはなれて暮らすことにはならないわ」


 そうだといいな。子爵領から王都までは馬車で一週間ほどのきょがある。この世界の主な移動手段は馬で、れんらく方法は手紙。離れてしまえば簡単には会えなくなる。


 前世の記憶があると言っても、私にとってそれはもはや「読んだ本」みたいな感覚で、そこにともなう感情はない。今の家族と一緒にへいおん無事に暮らしたい。


 お父様はさっそく、歴史文書資料館あてに手紙を出し、一カ月もしないうちに調査官が三人もやって来た。


 私が思い出した前世の記憶はごくつうしょみんの暮らし。日本という国で小中学校に通い、高校からは女子校だった。短大へ進み、卒業してすぐに中小ぎょうに就職。事務職でパソコンに何かを入力していた。

 家族仲は良かったはずだが、今はもう顔や名前を思い出せない。テレビを前にした家族団らんの記憶はあるし、ドラマやアニメを好んで見ていた記憶もあるが、所々がちている。


 いろいろと話した結果、特に有益な情報はなしと判断された。

 当然といえば当然だ。ごく普通のいっぱん家庭で適当に生きてきた事務員に、異世界で花開く知識なんかない。


「アリシャじょうの記憶には国家機密に相当するようなものはなさそうです。非常になおで真っすぐな性格ですし、しばらくは領地での生活で問題ないでしょう」


 ただ、数年のうちに家族そろって王都への移住をすすめられた。歴史文書資料館とのれんけいや治安を考えると、王都のほうが保護しやすいとのこと。


「王都での屋敷、仕事も用意しますし、お子さん達に家庭教師の手配もします。もちろん護衛も。十五歳になりましたらラトレス国立貴族学園へ入学してください。弟さんの入学に関しても我々がえんじょしますので、そこでしっかりと学んでください」


 最終的に卒業までになんの問題も起きなければ子爵領に戻れる……らしい。

 調査官のみなさんがやたらとウッキウキに今後の予定を決めていく。まるで遠足前の子どものようで、私はちょっとあきれた声を出してしまう。


「おじさん達、すごく楽しそうだね」

「我が国では二十年ぶりに現れた転生者ですからね。アリシャ嬢に負担がないよう、我々も協力します。代わりに時々、私達と前世のお話をしてくださいね」

「本当にお話だけで、いいの?」

「はい。我々からすれば異国の日常生活は新しい発見の連続ですから」


 ちなみにごく稀に、自身が前世の記憶持ちだと噓をついたり、そう思い込む人もいるとのこと。むしろそっちのほうが多いらしい。


「そういった方々は何回かに分けて面談するうちにボロが出てくるので、まぁ、悪質な場合は何日か重罪人用の牢屋に入ってもらったりしますね」


 調査官の人達にカラカラと笑いながら言われたが、たぶんその牢屋って……、石造りでせまくてきたなくて地下にあったりするよね?


 そんな場所、一日だって入りたくない。だまっていればバレないのでは? とちょっとだけ思っていたが、非協力的な態度は良くないと思えてきた。


 いや、待って。ということは、私も牢屋行きだった可能性があるのでは?


「私のこともにせものだって疑っていたの?」


 調査官の人達がいっしゅん顔を見合わせて、笑った。


「まさか。子爵のお手紙を読んだ時から本物だと確信していましたよ」

「えぇ、えぇ、手紙に書かれていた、聞いたこともないお菓子の数々。前世の記憶があると思われる理由としてじゅもんのような食べ物の名前しか並んでいないとは……、予想外すぎて何度も読み返しましたよ」

「このまま食べ物の話しか聞けないのでは……と少し心配をしておりましたが、他の記憶もあって良かった」

「お話をさせてもらい、ちがいなく本物だと確信しました」


 三人でうんうん頷きながら、とどめに「素直なのか、迂闊なのか、聞いていないことまでポロポロ話してしまいますからねぇ」と一言。うん、おじさん達、めてないよね? 最後に世の中には悪い人もいるのだから、おやつをもらっても知らない人についていかないようにと注意された。そうですね……、それはもう両親にも言われました。


 珍獣扱いも嫌だけど、誘拐されて他国に売り飛ばされるのはもっと嫌だ。

 前世日本人の記憶からしても、平均、へいぼん、平穏が良いと脳内で言っている。


 そう、前世の記憶なぞ何の役に立つわけでもない! 私はこの世界で、ごくごく普通に生きていくのだ!


 こうして面談の四年後、私は家族とともに王都へと移り住むことになった。

 あまり乗り気ではなかったが、子爵領よりも都会でお店が多く、植物園や美術館もある。長い人生のうち、数年くらいはこういう暮らしもいいかも……と私は新しい環境にすぐにんで、都会暮らしをほくほく顔でまんきつするのだった。


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