前世の記憶が役立つとは思えません! ~事件と溺愛は謹んでご辞退申し上げます~
幸智ボウロ/ビーズログ文庫
鬼灯色の浮気男①
春うららかな日差しの中
十六歳の侯爵令嬢と三歳年上のアルク・クルハーン
クルハーン伯爵令息にナイフを
きっかけはよくあると言えばよくあることで、ある日
当時六歳の私は、トテトテ走る
一昼夜意識が
「アリシャ、
お父様の心配そうな声。
「お医者様は
お母様の泣きそうな声。お医者様を呼び戻そうか、それとも薬や
「コンビニスイーツ……、食べたいぃぃ……」
クリームたっぷりのロールケーキ、とろけるプリン、カスタードが
「くまのアイス……、練乳味……、わらびもちぃ……」
「アリシャ……、それは、なんだい?」
それは、夢のように
シャッキリしていた祖母とツッコミが得意な妹、それから……、中学生の時に事故で
私も妹も「
大人になったらお母さんに楽をさせてあげられると思っていたけど……。社会人になった後の記憶が二、三年で
「お父さん……、お母さん……」
「ここにいるよ、アリシャ」
「私達の可愛い子。側にいるから
お父さんとお母さんがいる……、声が聞こえる。
「良かった……、この世界には、いるんだ……」
本当に良かった。
ホッとして眠ったものの、目覚めれば頭痛が続き、夢うつつの中で
四日、五日と過ぎた
「ねーたんっ!」
お母様に連れられてきたネイトは私を見るなり駆け寄ってきた。
「ネイト、心配かけてごめんね。お姉ちゃん、もう大丈夫だから」
よしよしと頭を
「わぁ、今日のおやつ、すごい! 美味しそう」
ベッド用の小さなテーブルが運ばれてきて、そこでネイトと一緒に食べる。
今までもプリンは食べていた。だけど今回はいつものプリンの周りにクリームとフルーツが盛られている。
「あぁ、これ、これ、
言いかけて、気がつく。懐かしいって変……だよね? だって、初めて食べるデザートなのに。ギリギリで気づいた私、
急に前世の記憶が蘇ったなんて言ったら、両親に頭のおかしい子だと思われちゃう。
私が生まれた家はラトレス王国のヒルヘイス
子爵であるお父様は
両親の仲は良好。二歳年下のネイトも可愛い。領地経営はお父様の弟、
のどかな今の生活を死守するためにも、前世の記憶があることは
両親には秒でバレた。
体調が戻ってからも、無自覚に独り言を言っていたようで……。
他にも両親が領民から持ち込まれた問題を話し合っている横で。
「
「
「商会同士の
「
など、前世でサスペンスドラマをよく見ていた
今思えば、両親に「ん?」「何?」と、時々、聞かれてはいた。前世の感覚で言う、テレビに話しかける人状態だったからあまりに無意識で、その時は深く考えず「なんでもない」と答え、両親も深く突っ込んで聞いてはこなかったけど……。
しっかりとその様子を観察されていたようだ。
私の両親、すごい! そして気をつけているつもりでめちゃくちゃ前世の感覚でしゃべってた私の
お父様の
「アリシャは父さん達にもわからない言葉をたくさん言っていたからね。実は、この世界には、前世の記憶持ちが
答えに
「大丈夫よ。アリシャはアリシャだもの」
「そうだぞ。だからアリシャに危険が
両親の言葉は
なんと、他にも前世の記憶を持つ人がいる世界だったとは!
そういった人々は、前世の知識を生かして国を治めたり、法律を作ったり、インフラ整備をしたりするのだとか。
ちなみにラトレス王国では、前世の記憶持ちと判明したら届け出が必要なのだそうだ。
まさかそんな制度まであるとは……「
今だってとても優しく
「制度って……、どこかに届ける場所があるの? 私、どこかに行かなくちゃいけないの?」
お母様が「どこにもやらないわ」と抱きしめてくれる。お父様も頷いて。
「王都には歴史について勉強している人達がいるんだ」
国営の歴史文書資料館に、前世の記憶持ち研究の専門窓口があるらしい。
「アリシャが持つ前世の記憶は、アリシャが思っている以上にすごい可能性を秘めているかもしれない。国にとって大事なものだと判断されれば
「王都の貴族学園では必ず前世の記憶持ちについて教わるの。お母さんが授業を受けていた時はそんな人、何年も現れていないって聞いていたのに」
「まさか自分の
「ナイショはダメなの?」
両親の言葉に、疑問に思って聞いてみた。だって国に届けるとか絶対
「残念ながら、ちょっと難しいかな。前世の記憶持ちは希少価値を持つからこそ、危険な目にも
まず記憶が有益と判断された場合。爵位、財産、安全を
次に、届け出たものの有益な記憶がないと判断されると、国で保護してもらうか、そのままの生活を送るか、本人の希望で選べる。
保護を願い出た場合、衣食住等
保護を断った場合、もちろん今まで通りの生活を送れるが、それでも警備体制が整っている王都での生活が
「過去には大規模
なるほど。だから国としては保護し、ある程度、その存在を
「でも記憶とは関係なく悪い人はいるよ?」
「そうだね。もちろん記憶があったとしてもなかったとしても、悪いことはしちゃいけない」
お父様
「安全面や外敵を考えると、王都で定期的に様子を見られる環境のほうがいいってことなんだろうね」
「えぇ~、それって
ポロリと、心の声が
「ん? 何か言ったかい、アリシャ?」
「い、いえ! なんでもありませんわ、お父様」
危ない危ない。気が
「記憶なんて
報告及び相談をしないとどうなるのか?
これが四つ目の道、前世の記憶持ちであることを隠した場合だ。
隠し切れば問題はない。静かにこの国の
「故意に隠していたわけだから、
さらに罪を
「平民なら、そんな教育は受けていない、知らなかった……で通せる場合もあるが、貴族だと難しい」
前世の記憶持ちについて、貴族は必ず学ぶことになっているからだ。ラトレス王国が建国された七百年前、知識で王を支えた
「う~ん、面倒なことは
お父様が「もちろん」と頭を撫でてくれる。
「王都に移住する時は父さん達も一緒に行くから」
「アリシャはまだ六歳だもの。私達と
そうだといいな。子爵領から王都までは馬車で一週間ほどの
前世の記憶があると言っても、私にとってそれはもはや「読んだ本」みたいな感覚で、そこに
お父様は
私が思い出した前世の記憶はごく
家族仲は良かったはずだが、今はもう顔や名前を思い出せない。テレビを前にした家族団らんの記憶はあるし、ドラマやアニメを好んで見ていた記憶もあるが、所々が
いろいろと話した結果、特に有益な情報はなしと判断された。
当然といえば当然だ。ごく普通の
「アリシャ
ただ、数年のうちに家族
「王都での屋敷、仕事も用意しますし、お子さん達に家庭教師の手配もします。もちろん護衛も。十五歳になりましたらラトレス国立貴族学園へ入学してください。弟さんの入学に関しても我々が
最終的に卒業までになんの問題も起きなければ子爵領に戻れる……らしい。
調査官の
「おじさん達、すごく楽しそうだね」
「我が国では二十年ぶりに現れた転生者ですからね。アリシャ嬢に負担がないよう、我々も協力します。代わりに時々、私達と前世のお話をしてくださいね」
「本当にお話だけで、いいの?」
「はい。我々からすれば異国の日常生活は新しい発見の連続ですから」
ちなみにごく稀に、自身が前世の記憶持ちだと噓をついたり、そう思い込む人もいるとのこと。むしろそっちのほうが多いらしい。
「そういった方々は何回かに分けて面談するうちにボロが出てくるので、まぁ、悪質な場合は何日か重罪人用の牢屋に入ってもらったりしますね」
調査官の人達にカラカラと笑いながら言われたが、たぶんその牢屋って……、石造りで
そんな場所、一日だって入りたくない。
いや、待って。ということは、私も牢屋行きだった可能性があるのでは?
「私のことも
調査官の人達が
「まさか。子爵のお手紙を読んだ時から本物だと確信していましたよ」
「えぇ、えぇ、手紙に書かれていた、聞いたこともないお菓子の数々。前世の記憶があると思われる理由として
「このまま食べ物の話しか聞けないのでは……と少し心配をしておりましたが、他の記憶もあって良かった」
「お話をさせてもらい、
三人でうんうん頷きながら、とどめに「素直なのか、迂闊なのか、聞いていないことまでポロポロ話してしまいますからねぇ」と一言。うん、おじさん達、
珍獣扱いも嫌だけど、誘拐されて他国に売り飛ばされるのはもっと嫌だ。
前世日本人の記憶からしても、平均、
そう、前世の記憶なぞ何の役に立つわけでもない! 私はこの世界で、ごくごく普通に生きていくのだ!
こうして面談の四年後、私は家族とともに王都へと移り住むことになった。
あまり乗り気ではなかったが、子爵領よりも都会でお店が多く、植物園や美術館もある。長い人生のうち、数年くらいはこういう暮らしもいいかも……と私は新しい環境にすぐに
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