女傑アザレアの婿取り騒動
黒星★チーコ
⚔️前編⚔️
私、アザレア・ロックの事を「
そのある時と言うのは、妹のミズリィと私の婚約者のカール・ボード伯爵令息が裏切った時だ。二人は身体をぴったりと寄せ合う姿を見せつけ、私にこう言ってきた。
「お姉様ごめんなさい。でも私、カール様の事が好きなの。お願い! 婚約をお姉様から私に代わって!」
「アザレア、許して欲しい。俺はミズリィと真実の愛を見つけたんだ!」
私はふうと息を吐く。正直に言うと不快な気持ちが無かった訳ではない。今まで私はカールには誠実な婚約者であろうとしたし、妹の我が儘も度が過ぎたものでなければ見逃してきたからだ。
(その結果がこれというわけね)
だが私は怒りに身を任せず、冷静に応じた。
「……ほう、なるほど。理解しました。では私との婚約解消、並びにミズリィとの婚約を貴族院に報告しなくてはなりませんが、その前に私はやるべき事ができましたので失礼致します」
私が去ろうとすると、何故か二人は慌てだした。
「お、お姉様?」
「えっ!? やるべき事って?」
「今この場よりも大事な事よ」
「そ、そんな! これより大事な事なんて……」
煩い二人を尻目に踵を返す。と、妹の声色が急に変わった。
「ああ、わかったわ。お姉様ったら負け惜しみね。悔しい顔を見せたくなくて気丈に振る舞ってらっしゃるのよ」
「なんだそうか! 最後まで可愛げの無いやつだな。それに比べてミズリィ、君は可愛らしさの塊だ」
「あんっ、カール様ったら」
これ以上は部屋を出てドアを閉めたので聞こえなかった。そのドアを閉めたのは私の専任執事兼、護衛(その意味はほぼ無いのだけれど)のフィーノ。普段はきびきびと働く彼は、今は死んだ魚のような目をしている。
「ではお嬢様、二階へ?」
「当然よ。それを寄越しなさい」
私が手を差し出すと同時にフィーノは腰の剣を抜いて手渡した。そのタイミングが完璧で、全て私の考えがわかっている事に思わずニヤリと笑む。この後の私の行動を止めもしないのか。
「ではついてきて」
「勿論。お嬢様が
こういう時にサラッと軽口を叩けるのは彼ならではというか。もしかして私の気持ちを軽くしようとしてくれているのかもしれない。実際に軽くなった私は剣を手にすたすたと二階へ上がる。目指すはこの屋敷の中心。父、ロック伯爵の書斎だ。
「父上、失礼致します」
「おお、アザレア。今回の事はすまない……」
私はくだらない話を途中で止めさせた。剣の切っ先を父の鼻の横に突きつけて。
「謝罪など不要。今すぐ引退し家督を私にお譲り下さい」
「アザレア! これは何の真似だ!」
「動かないで下さい。鼻がそげ落ちても良いのですか」
「ひっ! ま、待て……」
情けない声をあげる父に心底落胆した。
「貴方もミズリィとカールの事はご存知だったのですね。ではこうなると予想できなかったのですか?」
「昔から姉妹の教育に格差があるのは納得済みでした。私はロック伯爵家を継ぐ為の実用、ミズリィは貴方達が可愛がる為の愛玩用として育てられた筈です。それをカールとの婚約を私からミズリィにすげ替え、まさか彼女に家を継がせると?」
領地経営どころか、自分のドレス代は領民からの血税で賄っている事も知らなそうな、媚びる事しかできない可愛らしい妹に?
「お、お前の助けがあればあの二人でも何とかやっていけるだろうと……」
私はほんの僅か、本当に僅かに指先を動かした。
「ぎゃあッ!」
父は蛙が潰れたような声をあげて尻餅をつく。鼻を押さえた指先を見て「血がぁ」と涙声で呟いていた。薄皮一枚のかすり傷なのに大袈裟ね。
私は小さい頃から剣の修行でこの程度の傷は身体中に数えきれない程刻み付けてきたというのに。
それもこれも「将来女伯爵になるならいつ誘拐や襲撃されるかわからない」という理由で
「ほう。ミズリィが女伯爵で私をその補佐に? ふざけた事を。長子の私を独身のまま爵位も与えず家に縛り付けるなど、外聞が悪いにも程があるでしょう。わざわざ私と家の評判を落とす理由があると?」
「あ、ではお前には他の縁談を……」
馬鹿馬鹿しすぎて思わず鼻で笑った。本当に何も考えず、妹と、彼女を溺愛する母の言いなりだったのか。ミズリィが「私、余所にお嫁に行くなんてイヤぁ。ずっとパパとママと一緒にこの家に居たいわ」と甘えたのだろうと想像がつく。
「は。私が他家に嫁げば、残されたこの家はどうなるかお分かりですよね?」
「……」
カールは隣のボード伯爵領の三男。ロック伯爵領の商人が隣の街道を通らせて貰うよしみで政略結婚をする話だっただけで、彼自身は凡才か、もっと悪い方。カールとミズリィの二人に任せれば伯爵家はあっという間に傾くだろう。
「ミズリィに継がせればどちらにせよ貴方は周りから笑い者になります。父上、恥を晒す前に決断を」
そう言うとフィーノが脇からすっと布を差し出す。私と彼は歳が近く、小さな頃から同じ師につき共に剣を交えてきた。「剣に付着した血は早めに拭って手入れをしろ」というのが師の教え。実の父よりも遠縁のフィーノの方が私のことをわかっているのはこの場に於いて実に皮肉だ。
私は剣を拭いながら、実父を冷たく見下ろした。血は一筋が布に付いただけの僅かなものだった。その僅かでも、床にへたりこみ、震えている父には充分だったけれど。
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