第31話 先輩と後輩

「明日は体育祭か」


 キセルを咥えながらぶっきらぼうに雪宗は呟く


「怪我なく終われればいいけど、ふぅ」


 暗い夜空がキセルの煙で曇り、それを見上げながら物思いにふける。


 とっくのとうにやってきた夏。

 社会人になってからというもの、時間の流れがどんどん早くなっていくように感じる。


「はぁ」


 煙が管を通り、空気中に消えていく。


「刻み煙草、少し管理が甘かったかな」


 夏になり湿度も高くなってきたため刻み煙草の香りが薄く、美味しく感じない。


「……ふぅー、少し散歩でもするかな」


 明日用に、水分やらなんやら買っておかなくちゃいけないし……



 財布を持ち夜の街を練り歩く。

 

 コンビニについてから、少し買い物をして外に出る。


 此処で一服するかな。

 そう思ってキセルを取り出した。


 

 オーダーメイド品、羅宇煙管ラウキセル『雪時雨』。


 死んだ夫の形見であり、雪宗は夫が昔よくこのキセルで煙草を吸っていたのを見てきて……


 譲り受けてからは、よくこれを吸う習慣ができた。


 


 火をつけて、武士持ちと呼ばれる持ち方でキセルを口に咥える。


 この時は完全に油断し切っていた。



「あれ、菅原先生じゃないですか……ってタバコ吸われるんですか?」


 そう、偶然にもバッタリとコンビニ前で見知った顔に出くわした。


 最近同じ学校の教員となったあおき 早苗さなえである。


 普段なら全然こうやってバッタリと会っても問題なかったが……


 今はキセルを口に咥えている状態。


 素直で良い後輩には見られたく無い姿であった。



「それにしても、キセルって今どき珍しいですね」


 しかし思いの外目を輝かせて、詰め寄る檍。


 その内心は、かっこいい先輩先生の意外な一面を知ることができてワクワクしていたりする。


「あ、いやこれは……」


 完全にプライベートだから油断していたのもあり、咄嗟に言い訳を考えるが思いつかない。





 雪宗は言い訳は諦めて、話題を変えることにした。



「早苗はこの近くに住んでるのか?」


「そうなんですよ、菅原先生もですか?」


「ああ、まあそんな感じ…………それと、外ではあんま先生って言わない方がいいよ」


 キセルを口に咥える聖職者教員だなどと……


 誰に聞かれてるか、それが噂として広まるか分かったものではないため、仕事場以外ではあまり使ってほしく無い旨を伝える菅原。


「あ、じゃあ先輩でお願いします」


「それならまあ、いいか……」






 一年三組の担任、菅原 雪宗は体育の教員であり、容姿端麗で生徒想いなため人気も高い。


 しかし彼女には知られていない一面があった。



 それは……


 ヤニカスということである。

 

 更に私生活もだらしなく、いつも部屋にはゴミ袋や空き缶が散らかって、酒瓶には少量のお酒が残されたまま放置されている。




「今までお世話になったので、今から先輩の家に伺っても良いですか?」


「あ、え……?」


 キラキラとした瞳で檍は雪宗の目を見た。



 悪意のない純粋無垢な後輩の申し出のあまりの断りづらさにびっくりする。



「いや、うちの家汚いから」


「なら掃除手伝いましょうか?」


 そうして段々と退路を塞いでくる檍。




 このロリ、せっかく話題変えたのにまた別の問題が発生させやがった……


 などと、内心冷や汗をかきながら思う雪宗だった。



______

____

__



「わ、わぁ……」


「だから言っただろ、汚いって」


「いや、これほどとは……」


 檍は雪宗の部屋の惨状を見て絶句する。


「すごい、なんか、すごいですね……」


 普段よりも半音高い声で喋る檍。


 想像以上にドン引きものだった。



 

 部屋の床やキッチンには空き缶空き瓶、ビニール袋があちこちに散乱している。


「……とりあえず、一緒に片付けましょうか」

 

「……すまん」



 そうして掃除をやりはじめる二人。

 

 大きなビニール袋を複数用意して分別していき、そして全然使われていない新品のような掃除機を床にかけていく。

 

「せっかく良い掃除機があるのになんで使ってこなかったんですか?」


「いや……めんどくさくて」


 その言葉に少し呆れる檍。


 それに、普段教師として頼られたり慕われたりしている雪宗のこんな一面に驚きも大きかった。

 


 掃除が終わり、ゴミ袋を纏めて玄関に置く。


「ようやっと終わった」


「ですねー」


 綺麗になった部屋を見てそんな感想をこぼす二人。


「いやぁ、ありがとな手伝ってくれて」


「もとは私が先輩の家に行きたいってわがまま言ったからですから、全然いいですよ」


「そっか、まあでもありがと檍」


 少し照れながら雪宗は可愛い後輩にお礼を言った。




「それにしても、そのキセルかっこいいですね」


「お、あんまり煙草とか嫌いじゃ無い感じか?」


「ですねー、私の親なんかも普通に外に出て吸ったりしてるので嫌悪感は無いですよ。それにキセルとか葉巻はかっこいいなと思ってます」


「そうか……」



 今どき珍しいな。



「そのキセルに書いてある雪時雨ってどこかのメーカーですか?」


「ああこれは、このキセルの名前だよ。昔、夫がオーダーメイドで作ってもらったもので、使ってる姿が、なんとまあ様になって格好良かったんだ」


 手元にあるキセルをしみじみと見つめながらそう言う雪宗。



 清く正しくかっこいいヤニカスなのである。


 否、少し私生活はだらしないヤニカスなのである……



「とりあえず、これ少し片してくるから、くつろいで待っててくれ」


 そう言ってテキパキとキセルを掃除してから、袋に入れて桐の箪笥に戻す雪宗。


 部屋は汚かったが、その箪笥と飾られてある二人の写真。


 多分写真に写っている彼が、雪宗の夫だろうか……


 横にある仏壇はとても綺麗に掃除が行き渡っているのに気づいた檍。


「大切にしてるんだなぁ……」


 雪宗を見ながら、そうつぶやいた。




 

 それから、コーヒーを淹れて二人で飲む。


「それにしてもよくコーヒー豆なんて持ってたな。もしかしてバリスタとかやってたり?」


「ああいや、それは私のクラスの生徒から頂いたものなんですよ」


「はは、変わってるなそれは」


 

 そう、その生徒とは二葉 結のことである。

 

 結はよく彼方の祖父が経営している喫茶店に顔を出しており、今檍が持っているものは、結が彼方の祖父から好意で譲り受けたものだ。


 だが一人で飲むには少し量が多かった。


 と言うわけで、デザイン部のメンバーで分け合っているということだった。



「ああそうだ、最近部活はどう? 初めての顧問だろ?」


「それが、皆んな優秀で、私がやることがあまり無かったり……」


「それは、まあ……仕方ないな。とはいえうちのサッカー部とかは問題児とかもいるから羨ましいぞ」


 雪宗はサッカー部の副顧問。

 部員の総数も四十人近くおり、じゃじゃ馬もいる。


 マネージャーである柊 蒼葉もそのうちの一人である。


「はぁ……あいつら、試合とか練習の時は真面目なんだが、普段の態度がなぁ……」


「大変ですね……」


「だから、面倒ごとが無いことは良いことだよ。無さすぎて困ってるなら、それは贅沢な悩みだ」


「……そうですね」



 そうは言われても、やっぱり、何かの役に立ちたいなと思う檍。


 そのうだつが上がらない表情を見て、少し苦笑いしながらも……


「じゃあ、早苗が生徒たちと混ざって作品を作ってみるのはどうだ?」


 雪宗はそう提案した。


「あ……確かに、そうですね!」


 その案を聞いて、身を乗り出すように檍は頷く。


 先ほどとは打って変わって明るい表情をしていた。




 確かに顧問だからといって部活の輪に混ざってはいけないなんて決まりはない。


 本当に盲点だった。


「じゃあ、今度からは私も参加してみます!」


「おお、そうか」


 少し興奮している後輩を宥めつつ、コーヒを啜る雪宗の目はとても穏やかだった。





「明日は体育祭か……」


「頑張らないとですね」


「怪我なく終えれればいいが」


「ですねー」







◆◇






・後書き(作者小話)


菅原すがわら 雪宗ゆきむね

 旧姓は伊桜。


 キャラクターの苗字には、植物が入っていて、その花言葉が主要キャラクターの根幹に関わってくるとか……


 因みに二葉と有栖はわざと花言葉無い苗字にしていて……

 

 花言葉がないからこそ、何者にも当てはめられない可能性を残しておきたかったんです。


 やはり主人公とヒロインがいるからこその世界ですから、狭い枠で当てはめたくなかったという想いがあったりします。


 そんなこんなで作中に登場する主要キャラの名前の由来の言及でした。

 

 多分、作中で書くことはないけど勿体無いから投下しておきます。

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