全寮制の女子校の教師になった俺、女子校生と女性教師に狙われる
あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強
第1話 問題なんて起こるはずもない環境
「ついに……ついに俺……教師になったんだ……」
とある秋の日の朝。校舎の廊下を歩きながら俺、
幼い頃から抱いてきた夢が、今まさに実現しようとしていた。
窓の外に見えるのはどこまでも続く山々。都会の喧噪などとは全くの無縁の自然に囲まれた素晴らしい空間だ。
開けっぱなしになった窓から吹き込む風は少し肌寒くもあり、それでいて残暑がすっかり消え失せこれから一年でもっとも心地よい季節が到来することを俺に教えてくれる。
ここは私立聖桜学園。創立150周年を迎えたこの由緒正しき高校は、全国から社長令嬢や政治家の娘たちが集まるいわゆるお嬢様学校である。
都会から車で二時間ほど揺られたところにひっそり佇む山奥の全寮制の女子校。
この高校は世間から完全に隔離され、都会の怪しげな誘惑に触れることなく安心安全に生徒たちが学問に勤しむことができるのだ。
そんなこの学校に今日から俺は教師として赴任することとなった。
春ではなく、こんな秋のど真ん中に。
さて、どうして俺はこんな中途半端な季節にこの学校にやってきたのか?
それは一ヶ月ほど前にこの学校で欠員が出て、大学時代の恩師の推薦で雇われることになったからである。
大学を卒業はできたものの、教員採用試験に見事に落ちて、絶望していた俺だったのだが、恩師からの思いがけない推薦により夢を掴むことができた。
全寮制の女子校、しかも財閥令嬢や政治家の子どもが通うお嬢様学校と聞いて最初は躊躇した俺だったが、幼い頃から学校の先生を夢見ていた俺には断る理由などなかった。
だから今は不安よりも希望に満ちあふれている。
待っていろよみんなっ!! 俺が死力を尽くしてみんなを立派な大人に育て上げるからなっ!!
まだ見ぬ教え子たちを夢想しながら担任となった2-Bの教室へと歩いていた俺だったのだが、階段に差し掛かったところでふと女子生徒の後ろ姿を視界に捕らえた。
紺一色のセーラ服を身につけ黒ストッキングを穿いたショートボブの女子生徒は、何やら段ボールを抱えたまま三階へと向かって階段を上がっていたのだが、段ボールはかなり重そうである。
そんな彼女に俺は迷わず駆け寄る。
「ちょ、ちょっときみ、大丈夫?」
そう言って階段を駆け上がり彼女の前に回り込んだ……のだが……。
「きゃっ!?」
俺の顔を見た瞬間、女子生徒は驚いたように目を見開いて抱えていた段ボールを床に落とした。
ドスンという音が踊り場に響き、その音に俺も女子生徒も肩をビクつかせる。
「ご、ごめんっ!! 驚かせたねっ!! 怪我はない?」
慌てて彼女の足下へと目を落とす。かなりの重量の段ボールが落下したのだ。
彼女のつま先に直撃したとしたら下手したら大怪我だ。
慌てふためく俺だったが、そんな俺に女子生徒は「大丈夫ですよ……」と小さく答えた。
そんな言葉にほっと胸をなで下ろす。そして、改めて彼女を見やると「急に声をかけて悪かったね」と謝罪した。
なんというかぱっと見の印象は幼い顔の女子生徒だった。
いや、まあこの学校に通っているのだから高校生であることには違いないのだけれど、くりっとした瞳と小さな丸顔とこれまた小さな口は彼女に幼い印象を与える。
中学生と言われても信じてしまいそうなぐらいだ。
いや、そんなことはどうでもいい。赴任早々女子生徒を怪我させそうになったのだ。何事もなかったから良かったものの不用意に声をかけるのはまずかった。
申し訳ない気持ちになっていた俺だったが、そんな俺に彼女は「ご、ごめんなさい……」と呟いた。
「え? ど、どうして謝るの?」
「まさか若い男性の姿を見るなんて思っていなかったので驚いてしまって……」
「あ、あぁ……なるほど……」
と、その一見わけのわからない彼女の言葉に俺は妙に納得してしまう。
そ、そうだ……ここは私立聖桜学園なのだ……。
なんというかこの学園は少々特殊である。
まあ女子校なのだから当然と言えば当然なのだけれど、この高校の教員の大多数は女性で構成されており、男性教員はいないことはないが俺よりも二回りも三周りも年上のなんというかベテラン教師ばかりである。
山の中の全寮制ということもあり、外部の人間も滅多にやってこないうちの学校で、生徒たちが自分のような若い男と接することは皆無と言っても過言ではない。
彼女が驚いて段ボールを落とすのも無理もない。
さて、そうなるとどうして俺のような若い男がこの高校で採用されたのかということになるのだが、それは聖桜学園でも近年では多様性の波が押し寄せているようで実験的に俺のような若い男を採用したかららしい。
大学の恩師も俺が女にがっつくような性格ではないことを知っていたし、まあ見た目も地味だし俺なら大丈夫ということで推薦されることとなったのだ。
ちょっぴり悲しい理由ではあるが、念願の教師になる夢が叶ったのだから文句はない。
まあ、そんなこんなで彼女を驚かせてしまったようだ。
とりあえず床に落下した段ボールを拾い上げると、俺は彼女に微笑みかけた。
「重そうだし俺が持つよ。どこに運べばいい?」
そう尋ねると彼女はしばらく呆然と俺を眺めていたが、ふと我に返り「さ、三階の2-Bの教室です」と答えた。
ん? 2-B? それって俺が担任するクラスじゃねえか……ってことは……。
「もしかしてきみは2-Bの生徒なの?」
「はい……。私、2-Bの
やっぱりうちのクラスの生徒のようだ。確かさっき見た出席名簿にも彼女の名前があった気がする。
「そうかそうか。実は俺、今日から2-Bの担任になることになった――」
「細川先生……ですよね?」
「あ、あれ? 知ってるの?」
「知っています。今日から私たちの担任の先生になってくださる方ですよね? クラス内でも噂になっていますので」
「な、なるほど……」
一瞬、名前を当てられて驚いたが、当然ながらクラスの子たちにも話は言っているだろうし、ましてや見知らぬ男となれば見当もつきそうだ。
「知ってるなら話が早いよ。今日からみんなの仲間になる細川龍樹だよ。よろしくな」
そう言って改めて自己紹介をすると彼女はなぜかぽっと頬を染めてペコペコと俺にお辞儀をした。
「こ、こちらこそよろしくおねがいしますっ!!」
ということで可愛い教え子の一人に自己紹介を終えたところで再び階段を上っていく。
ってか重いなこの段ボール。よく、こんなもんを一人で運んでたな……。
隣を歩く小柄な女子生徒の力に感心しながらも階段を上がっていると、さっきからチラチラとこちらに視線を送っていた桜田が口を開いた。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
「先生はその……通いなんですか?」
「え? あ、あぁ……教員寮だよ」
何を聞かれるのかと思えばそんなことを聞かれた。
彼女の質問は俺が家から通っているのか寮に住んでいるかというものだ。
うちの学校はさっきも言ったように都会から隔離された場所に立っている。だから当然生徒たちは寮に住んでいるのだが、教員に関しては任意で選択できるようになっている。
多くの教員は教員寮と呼ばれるアパートに住んでいるのだが、家庭を持っている教員などは時間がかかっても麓から車で通っているのだという。
俺は車も持っていないし、二時間もかけて麓から通うのは面倒なので寮に住むことにしたのだが……そんなことに興味でもあるのか?
そう思わないでもなかったが、まあ寮に住んでいる教員の方が何かあったときに相談に来ることもできるし、生徒としても気にならないこともないのかなと思い返す。
そんな俺の言葉に桜田は「そうですか。それは安心ですね……」と小さな声で答える。
そして、わずかにニヤリと笑みを浮かべた……ように見えた。
ん? いや、気のせいか……。
なんて思いながら教え子たちの待つ2-Bの教室へと向かうのであった。
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