星屑のカンテラ
Ayane
序幕
はじまり、はじまり
「はぁ、はぁ……!」
闇に沈みこんだ森の中を、幼い少女が必死に駆けていた。
赤い三つ編みの髪を靡かせて、もつれそうになる足を叱咤して動かす。喉が渇き、張り付くような苦しさと脇腹の痛みを感じつつ、生い茂る草木をかき分けて走る。
そんな彼女を猛追する四つ足の獣の影があった。火の粉を散らし十分な距離があるのに感じられる熱量を纏う灰色の
灰――太陽を失ったこの地に残る神の怒りが、少女を追いかける。追いつかれれば、自分は炭すら残さず消え去ることになるのだというのは、簡単に想像がついた。
恐怖に憑りつかれた少女は、表情を強張らせて逃げ続ける。目的の花をいっぱい詰めた軽いはずの籠が、今はこんなにも重い。
必死な形相で逃げ続ける彼女の鼻腔に、何かが焼けるような臭いが風に乗って飛び込んできた。
とっさに前へ向けて跳ぶ。
直感、本能。そういった類のものが意識する前に彼女の体を前へと押し出していた。
瞬間、肌が焼けそうなほどの熱量が爆発し、少女の小さな体を煽る。
地面を転がり痛みに顔を歪めながら、口内に入ってしまった土の味に顔をしかめつつ、顔を上げた。三つ編みはすでにぐちゃぐちゃになっており、母からもらった赤いリボンも土にまみれ、ほどけかかっている。
そんなボロボロの少女を仕留めそこなった獣の灰は不機嫌そうに唸り、苛立ちのままに咆哮した。
「ヴゥゥ……ガァァァァァァ!!」
空気が大きく、まるで地震かと思うほどに大きく揺れた。灰色の体が轟々と燃え盛り、火の粉が大きくまき散らされて周囲の木々が燃え始める。森全体が怒り狂っているかのような業火に、少女は歯を打ち鳴らしながら恐れおののいた。
「ひっ、あ、あ」
引き攣った声を上げることしかできない哀れな生贄を前にした獣は一歩を踏み出し、その爪を振り上げる。
振り下ろされた爪はあっけなく少女を焼きつぶす――はず、だった。
ガキィン!
響く金属音。肌を焼く熱の温度が下がったのを感じた少女は、反射的に瞑った目を開けていた。
自分よりも年上の、それでもまだ他の大人たちからすれば十分に幼いであろう茶髪の少女。
帽子を被って左腕に腕章のようにリボンを巻いた街の人々から慕われる後ろ姿が、身の丈ほどもある斧と槍を合体させたかのような武器を持って獣の爪を受け止めていた。
「せぇぇぇぇい!!」
叫びとともに、武器を手にした少女が獣を押し返す。小さな体から繰り出される力に驚いたように、獣が背後へ飛び退いた。
そのまま警戒するかのように一歩、二歩と後ろへさがる。
武器を構えなおす彼女のことを、少女はよく知っている。いつも武器を片手に街を歩いて、怖い大人ともニコニコしながら話している町のみんなの人気者。
「ニ、ニラムおねえちゃん?」
名前を呼ばれた少女、ニラムは振り返ると安心させるように笑ってみせた。
「もう大丈夫だよ。怖かったね」
「おねえちゃん……!」
町で出会えば、いつも元気に挨拶をしてくれる優しい声。
安堵が涙として湧きあがって、少女は体を震わせながら声を上げる。
しかし、灰はそんな彼女らを待ってはくれない。
狩りを邪魔されたことに対する雄叫びが、二人を襲う。恐怖から体を縮こませる少女を庇うようにニラムは前に立ち、目の前の灰を真っ直ぐに見据えた。
「ラフィ」
ニラムの呼びかけに、どこからともなく走ってきた黒い大型犬がもふりと少女に覆いかぶさった。柔らかく、目の前の灰とは違う優しい温かさに包まれた少女は思わず大型犬に視線を向ける。
「その子をお願い」
「わんっ」
尻尾をぶんぶんと振る愛犬に微笑んで、ニラムは再び前を向くと地面を蹴って、灰へと飛び掛かった。
灰もまた、ニラムへと向かって飛び掛かる。燃え盛る森の中、両者は激突し火花を散らしあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます