Sとの回顧録
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Fwd:時雨坂
私は贖罪と懺悔の為に文章を書く。
主語はあるが目的語がない。
それは行きずりの関係性かもしれないし、一時的に交流のあった在留外国人に対してかもしれない。
あるいは帰り道が同じだったクラスのマドンナかもしれない。
誰のために書くのか。それは自分のため。
釈然としない整理できないことを何か納得感のあるものにするために。
文章を書くというのは能動的なように見えて極めて受動的な行為だ。
脳内に流れるイメージ(多くの場合は過去に脚色を加えただけの映像)をできるだけキャッチして文字に書き起こす。
生きているっていうこと。
単に飯を食って呼吸して排泄して寝る。
他の人はどう定義するか知らないが、私はそれだけで十分に尊厳のある生だと思う。
今はもう会うことが叶わなくなった友人がいる。
彼の分まで、とは言えないし言わない。
人はただひとり分を生きるだけだ。
思い出色に染まったセピア。
あるいは単に冴えない風景画。
どうでもいい数々が大切だったことを書き留めておきたい。
叶わなかった未来を今に重ねて置いておきたい。
私にとっては生きているっていうこと。
*
ある年の話だ。
放課後、別々のクラスの僕たちはいつものように校門を出たところにある自販機の前で落ち合った。
Sとは2年生のころに同じクラスになって以来意気投合した。
お互い部活に所属しておらず(僕は幽霊部員。Sは早々に退部届を出した)特にやることもない僕たちの日課。
中央分離帯で缶蹴りをしながらだべって帰る。
この辺りはトラックの運転手が仮眠のためによく車を停めていたから、
缶蹴りのための空き缶は無限に供給される。
道路へ飛び出す危険性もあるにはあるが、多少のスリルを楽しむことにしていた。
打ち棄てられたスピーカー。持ち主不明の自転車。片方だけのサンダル。
そんなガラクタの間を歩く。
今日の出来事とか最近読んだコミックのこととか、くだらないことを僕たちは何でも話した。
「聞いたか。園原、甲子園目指すから都内の私立受けるらしい」
へぇ、とその頃から既に僕は面白くもなさそうに答える。
「知らなかったな。目標決めて密かにがんばってるやつもいるんだな」
「あいつ大声で触れ回ってたけどな。お前教室にいるときイヤホンに閉じこもってるから」
「興味ないな。今リンキンパークにハマってる。それより俺らは進路決まってねぇ」
「まぁな。どうせ大人になって働かされるなら今は好きにさせてくれよな」
この会話の1年後にSは「早く自分で稼いで生活したい」としょっちゅうこぼすようになる。
そこからさらに数年後にSは本当に家を出て働き口を転々とすることになる。
そんなことは知る由もないリアル厨房な僕ら。
誰がどこに行くとか、何が決まっていないとか無関係に淡々と世界はまわる。
桜は散って、蝉の鳴き声が紅葉に交代して、木枯らしが吹く。
朝焼けから夕暮れまで。
あの頃の世界はぜんぶ僕たちのものだった。
僕たちだけのものだった。
何も知らなかった。何も知らずにいられた。何も知らないが通用した。
茫漠とした選択肢の渦。どこにあるとも知れないオアシスを探す砂丘の上。
蜃気楼のような不安をぼんやりと感じながら、一歩目を踏み出さないことを選ぶ自由さえもあった。
ポツポツ。
冷たい雨が上空から降ってきた。
「お、雨だ」
「いっけね。傘持ってねぇ。走るぞ!」
ザーッ。
一気に暗雲が現れて大粒の雨が降り注ぐ。
意味不明の叫びをあげながら中央分離帯から飛び降りて、長い登り坂を駆け上がる。
学校の外だからかSといるからか、妙にテンションが高い。
それとも走って心拍数が上がったからだろうか?
いつ走り出すかは自分次第。
でもきっとその時はやってくる。
Sと並んで無駄話をしながら歩く帰り道。それがこの冬で最後になることをその時の僕は知らない。
腹を割って話せると直観した相手とは、できるだけ話しておくべきだ。
しっかりと向き合う時間が残っている間に。
その時はただ夢中で雨の中、雄叫びを上げながら走っていた。
もし今その時に戻ることができたとしても、けっきょく同じことを同じようにするだろう。
雨の雫は、遥か上空にある雲のあずかり知らないところへ運ばれていく。
蹴り上げた空き缶は放物線を描いて着地する。
僕らはどこへ行こうか迷う。
どこへ行くかなんて大した問題じゃないのかもしれない。
動き出したらいずれどこかへ到達する。
”一歩目を踏み出すことが大事だ”なんて謳い文句は聞き飽きた。
僕らは缶蹴りをしながらだべって帰る。それに意味なんてない。
オアシスなんて存在しないかもしれない。
くだらないことを話せる相手がいるということが何より大事だと気づけるまで道は続いていく。
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