第28話 やっぱり我慢できないっ

「智くん!やっぱり我慢できないっ、私こんなんじゃないからっ!」


「物事の分別がついていないと女優にはなれないぞ?」


 秋元先輩が泣きそうな顔になりながら僕の腕の中に飛び込んでくる。女子特有の甘い匂いやら柔らかい感触やらに動揺する僕をよそに何やら言い訳を並べている。そんな様子を見て、泰輝さんがため息を吐きながら言った。


「全く演技力の欠けらも無いな。期待は最初からあまりしていないがそれ以下だ。本当に彩芽さんの仲間なのか、君たちは?」


「ていうか、ずっと思ってたけどこの演出って成功なんですか?」


 泰輝さんが苛立ったように腕を組みながら言った。どこをどう見ても普段よりも悪化しているメンバーたちを見て思っていたことを僕はポロッとこぼしてしまった。これは言ってはいけない事だったかもしれない。


「ふーん、まあ面白いからいーんじゃない?ってボクは思うけど?」


「というか、キャラ設定にリアリティがないですよね。まるで漫画にでも出てきそうな……」


「そういえばあの人、ラブコメ漫画がどうとか言ってたわよね?」


 彩芽は自分が被害を受けていないからなのか、全く気にかけていない様子だった。僕は直接的に甚大な被害を受けているので、なんとかこの状況を打破できないか考えてみる。すると、夏織が首を傾げながら泰輝さんの発言を思い出したように言った。


「どうして私たちが好きな漫画の再現に使われなきゃいけないのかしら」


「夏澄、いつも通りのびのびとヤンデレしたいな」


 夏織が泰輝さんの目的に気づいたらしく、肩を竦めながら呆れたように言った。夏澄は若干しょんぼりとしながら訳の分からないことを言っている。いつも通りのびのびとヤンデレってどういうこと……!?


「確かに、ツンデレとヤンデレの2人のキャラが薄れてたような気がしなくもないよな」


 僕は先程の2人の接客を思い出しながら言った。あれだとキャラはそこまで重要じゃなくて、姉妹であることが重要なように見える。それってふたつの異なる属性に挟まれてドキドキ☆という2人の接客スタイルと大きく異なるのではないだろうか。


「「正直、つまんなかった」」


 ふたりが口を揃えて欠伸をしながら言う。挟まれた男子の動揺した様子を見て楽しんでいるような節があったから感動させるタイプの今回の接客はあまり好みではないみたいだ。客としてもいつも通りの方がいいだろうしな。


「智季くん、私にも評価をくださいませんか?」


 冬花さんが恥ずかしそうにモジモジとしながら近づいてくる。そういえば冬花さんってどんな役やってたっけ?いつもとあんまり変わらないような気がして、双子の時ほど気にならなかったや。


「冬花さんはいつも通り可愛かったですよ」


「か、可愛……。智季くん、今可愛い……と言いましたか?」


「はい、言いましたよ」


 僕は思った通りに感想を伝えた。すると、冬花さんは痙攣でも起こしているのかと言うほど手をプルプルさせながら僕に尋ねてくる。だから、僕はそのまま肯定しておいた。


「だってどう見ても一般的に可愛いじゃないですか。やっぱりいつも通りが1番です」


 僕はうんうんと頷きながら言った。冬花さんの良さが1番際立つのはいつも通りの接客だし、双子の良さが際立つのもいつも通りの接客だ。いつも通りな冬花さんを見てそれを確信した。


「そ、そうですか……。それなら、役作りなんていらないかもしれないですね……」


「五十嵐くん、少し手助けを頼みたいのだが」


 なんだか僕の言葉にモジモジとしている冬花さん。その姿はとっても可愛らしかったけれど、その様子に集中している暇もなく泰輝さんに呼ばれた。僕はなんだろうかと思いながらも泰輝さんに駆け寄る。


「はい、僕にできることでしょうか」


「ああ、この女子たちに手伝いを依頼したいのだが彩芽さん以外の女子と話すのは彼女に悪いのでな」


 ひょこっと顔を覗かせながら僕は、尋ねた。すると、泰輝さんは自分の傍らにたっている女子生徒たちを指さす。その先に立っていたのは、化粧をバリバリに決めたギャルたちだった。


「なんなのー?うちらになんか用?」


 ギャルたちがだるそうに聞いてくる。いや、僕としてはどうかそのまま帰っていただきたい。でも泰輝さんも全く諦める気がなさそうな、自信に満ちた顔をしていた。


「どうだろう、彼女達の化粧で塗り固められた人工物な顔。それに比べてここの部の生徒は、特に彩芽さんは自然な美しさを放っている」


「た、泰輝さん……?」


「やはり、人間は1度慣れるとありがたみを忘れてしまうんだ。そこで、彼女たちと見比べてもらって天然モノな美しさのありがたみを再確認してもらおうでは無いか」


「た、泰輝さぁん?」


 滔々と語り始めた泰輝さんに僕は恐る恐る声を掛けた。けれど、そんな僕の声は届いていないらしく泰輝さんが話を止めることはなかった。散々ギャルたちを煽っているような内容で、何も言っていないはずの僕まで痛い視線に晒されている。


「これは彼女達の彼女たちなりのオシャレです。そこにはこだわりや彼女達の好きが詰まってるのでは?それを無闇矢鱈に悪くいうのは、それこそ人気低下を後押しすると思います」 

 

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