[はらはむ] 聖女を孕ませ、勇者で孕む。フタナリ王女の魔王復活

門東 青史

第一章 囚われの聖女

第1話 荒城

 月光が冷えきった石壁に淡い影を刻んでいた。


 薄暗い部屋は、凍てつく静寂に包まれ、空気はまるで時間が止まったかのように張り詰めている。部屋の中央に一人の少女が横たわっていた。彼女の姿は、まるで時の狭間に取り残された存在のように静かに浮かび上がっている。


 銀銀糸を編んだかのような彼女の髪は、月光を受けて微かな輝きを放つ。一筋一筋が細やかに輝き、まるで夜空に瞬く星々のようだ。


 もしかすると、月そのものが彼女を照らすためだけに存在しているのかもしれない。彼女の髪は幻想的な光を纏い、その輝きは現実離れした美しさを醸し出していた。


 肌は、白く滑らかな大理石のようでありながらも、どこか儚げな温もりを感じさせる。月光が肌を撫でるたび、美しさは一層際立ち、彼女の存在がまるで夢から浮かび上がった幻のように感じられた。その美しさは、この冷たく無情な世界から隔絶されたかのようで、彼女だけが別の次元に存在しているかのようだった。


 だが、その美しさは無情にも縛られていた。


 彼女の頭上で固定された手首には、冷たく無機質な銀の鎖が巻きつけられていた。鎖は彼女の肌に深く食い込み、赤い痕を残している。


 純白のドレスに包まれた彼女の体は、それでも美しかった。だが、その純粋さを汚すかのように、鎖は彼女の肌に無情な傷跡を刻み込んでいた。


 その痕は、純白のキャンバスに刻まれた傷のようで、彼女の無力さと運命の残酷さを否応なく浮き彫りにしている。


 ドレスの清らかな白が、彼女の無垢さを守ろうとするかのように輝いている。しかし、その努力も、この無情な現実の前では無力だった。


 彼女の存在そのものが、月光に照らされた悲劇の具現である。彼女の美しさは、運命に囚われ、消えゆこうとしている。それは、目の前で崩れ落ちるガラス細工を見るように繊細だった。しかし、目を離せないほどに魅惑的だった。


 私は部屋の中央に横たわるリディアを見下ろしながら、漆黒のドレスの裾を整えた。小柄な自分の姿が月光に照らされ、石壁に影を落とす。


 幼い少女の影に、自分の姿を改めて認識する。背中まで届く長い黒髪とリボンで飾られたドレスが、私の幼さを一層引き立てていた。動くたびにフリルとリボンがふわりと揺れ、その無邪気さが際立つ。



―― 瞼が微かに震えた。



 まるで静かな風が木の葉を揺らすかのように。

 彼女の意識はまだ夢の中にありながら、ゆっくりと現実の冷たさに戻っていく。


 彼女の瞳は、まだ眠りの余韻を残しながら、冷たく陰鬱な部屋の中をさまよった。月明かりが淡く差し込む中、迷子になった子供のように、不確かな光を求めてゆっくりと動く。



「お目覚めかしら、聖女リディア」



 不意の声に彼女の瞳がふるりと揺れた。眠りから覚めたばかりの瞳が声の主を捉えようとする。


 瞳が意識の戻りとともに瞬き始める。目の前に立つ私を捉えると、彼女の目は何かを探るように細められた。


 彼女の体がごくわずかに硬直し、無意識に動いた手首に巻きついた銀の鎖が冷たく音を立てた。その音が静寂を破り、彼女の無力さを際立たせる。


 私の赤い瞳にリディアの視線が止まる。

 彼女の堂々たる姿に対し、私の小柄な体は子供そのものだ。しかし、その瞳に映る私は、ただの幼い少女ではないことを彼女は理解しているはずだ。


 彼女の瞳孔がわずかに広がるのを私は見逃さなかった。


 この赤い瞳、魔族の証を彼女は知っている。いや、彼女は既に何度もこの赤を目にし、その意味を理解している者だった。幾度となく戦場で出会い、そして勇者と共に屈することなくその存在を斃してきた彼女。彼女が今、目の前に立つ私を、かつての敵と同じと見なすことに迷いはないだろう。


 だが、それは彼女の見解に過ぎない。


 目に映る赤は、憎しみでも呪いでもない。それは誇りであり、血筋を象徴するものだ。彼女が驚き、冷静さを取り戻そうとする姿を見て、その内面を読み取った。


 リディアが何を思おうとも、彼女には私が過去の脅威と重なって見えているに違いない。脅威、脅威か。確かに脅威だろう。だが、それは彼女が過去に戦った敵とは異なる。私の存在が彼女にとってどのような意味を持つか、理解するまでに時間は必要ないだろう。


 私は小さな足取りで彼女に近づく。スカートのフリルが揺れ、動くたびにリボンがふわりと舞う。その様子は無邪気な少女そのものだが、私の心には別の感情が渦巻いていた。


 リディアの瞳は、その動きを逃すまいと鋭く私を追っていた。その瞳の奥には、ただの警戒ではなく、私の姿が映るたびに広がっていく静かな恐怖が見え隠れしている。


 漆黒のドレスに包まれた私を、その瞳はどう映しているのだろうか。


 ドレスは夜そのものを纏った深い黒。その黒の中に、浮かぶ紅の装飾が混じっている。まるで闇の中に血が滲んだかのような、その鮮やかな赤は、見る者の目を捉え、逃さない。

 スカートは膝丈で、動くたびにふわりと広がる。どこか幼さを感じさせるそのデザインが、この場に漂う異質な空気を際立たせる。彼女の心をじわじわと蝕んでいるのがわかる。


 長く流れる黒髪は、この部屋の闇と一体化して揺れ動く。髪の隙間から覗く私の瞳が、深紅の宝石のように鮮烈な輝きを放つ。その赤は、ただの色ではない。見る者の心を捉え、その奥底に深く刺さるような冷たい光。


 その瞳に浮かぶのは無垢な幼さでありながらも、どこか残酷な無情さを感じさせる。リディアはその目に見据えられ、ほんの一瞬、息を詰まらせた。


 銀の鎖が微かに音を立てる。

 その音に反応して、リディアの体がわずかに震え、手首に巻きついた鎖が彼女の肌にさらに深く食い込んでいく。


 赤く刻まれたその痕は、私にとっては彼女の無力さの象徴に他ならない。だが、リディアにとっては、私の存在がどれほど避けられない現実であるかを痛感させるものだっただろう。


 彼女の瞳が私を捉える。その中で広がる恐怖を、私は冷静に見つめていた。私の存在が、彼女の心の奥底に恐怖の種を蒔いていることを確信しながら。



「あなたは私のことを知らないでしょう。でも、私はずっとあなたを見てきたわ」



 私の指が、彼女の頬にそっと触れる。

 その瞬間、彼女の体がわずかに震えた。

 その震えに、彼女の心の中で渦巻く恐怖を感じ取る。

 冷たい指先を通じて伝わる恐怖を、私は静かに味わう。



「あなたは光の神の愛娘と称される聖女。そして、勇者セリオスの婚約者。そう、あなたたちは父上を討ち果たした張本人……その一人」



 私の言葉が届いたその瞬間、彼女の瞳に一瞬の光が宿った。それは魔を滅する聖女の力、揺らめく光だった。無意識のうちに祈りを捧げ、内なる神聖な力を呼び覚まそうとする。戦いの中で幾度となく彼女を救ってきた、光の神の加護。それが再び彼女の手に、闇を払わんと集う。


 しかし、次の瞬間、彼女の顔に驚愕が走った。内から湧き上がるはずの神聖な力が、まるで闇に呑まれたかのように何も感じられない。いつもなら、彼女の体を満たし、聖なる光で満ちるはずの力が、今は冷たく沈黙していた。



「私はアルデュス。闇の王の長女よ」



 リディアは再び祈りを捧げようとしたが、結果は同じだった。彼女の瞳が恐怖と困惑に染まり、指先が震え始める。その震えは、彼女の内なる絶望を示すかのように、徐々に全身へと広がっていった。



「なぜ……どうして……」



 リディアの口から洩れるか細い声。

 彼女自身が信じてきた力が、なぜ今この瞬間に裏切るのか、その理由がわからず、瞳には呆然とした光が宿っていた。


 あまりにもひどい表情だったから、優しい私は教えてあげることにした。

 私は彼女の絶望に満ちた表情を見つめながら。



「聖なる力が感じられない? 当然のことよ、リディア。あなたを縛るその銀の鎖は、ただの飾りではないわ。それは光を拒絶し、神聖な力を封じるために作られたもの。この鎖の下では、あなたがどれほど光の神に祈ろうとも、その力は決してあなたの手に戻らない」



 私の言葉を理解した瞬間、彼女の瞳に広がるのは、絶望と無力感だった。彼女はようやく理解したのだ。彼女を縛る鎖が、今や彼女の全てを支配していることを。



「どうして……どうしてこんなことが……」



 リディアの声は、震えを帯びていた。彼女がこれまで培ってきた信仰と力が、今まさに無意味なものとなった瞬間、その全てが彼女を打ちのめしたのだ。

 その震えを見つめながら、私は静かに微笑んだ。



「もう、光の神の力に頼ることはできないわ、リディア。ここにいる限り、あなたはただの人間でしかないの。その現実を、甘んじて受け入れてちょうだい。もっとも、すぐに命を奪うつもりなんてないから、安心していいわ」



 リディアの瞳が揺れ動く。かろうじて震えを押さえ込んだ声が、今にも崩れそうな心の防壁を辛うじて保とうとしている。


 答えを聞くことが怖い、しかし逃げ場はどこにもない――彼女の心は、私の言葉が持つ残酷な意味を理解しつつも、それを受け入れることができずにいる。



「……何が、望みなの?」



 その声は、まるで暗闇に向かって囁くようなものだった。恐怖と不安が滲んだその声は、まるで彼女自身が自らの運命を拒絶したいと願っているかのようだった。



「大したことじゃないわ。ほんの少し、手を貸してほしいだけ」



 私の声は軽やかに響き、まるで日常の些細なお願いごとをするかのようだ。しかし、その無邪気な響きの裏に、冷たく鋭い刃のような残酷さを感じたのだろう。リディアの表情が硬直し、彼女の内なる恐怖が一層強まるのがはっきりと見て取れた。



「あなたたちに、父上は討たれてしまった。でも、闇の王の力はまだ滅びていない。だから私は新しい魔王を再び地上に生み出そうと思うの。そして、そのためには、闇の王の力を受け継ぐ新しい器がどうしても必要なの」



 リディアの表情は一瞬にして蒼白に変わり、その恐怖が全身に広がる。無意識に身を捩ろうとするが、銀の鎖がその動きを無情に止める。



「……! まさか、私の肉体にその力を降ろそうというの!?」



 リディアの叫びは、恐怖と絶望が入り交じったものであり、その声は震えていた。私の言葉が彼女の最悪の予感を現実に変える――その恐怖を、私は微笑みで受け止め、ゆっくりと首を振り、真実を告げる。



「それは無理よ。あなたは光の神の加護が強すぎるもの。『封聖の鎖』で縛れば、確かにただの人間になってしまう。でも、鎖を解いた瞬間に光の神と魔王の戦いが始まってしまう。それじゃ、復活どころか混乱しか生まれない」



 リディアはその言葉にさらに困惑し、そして次に思い浮かんだ最悪の可能性が彼女の心をさらに恐怖へと引きずり込んだ。



「まさか、私にセリオスを誘惑させて、魔王の器にしようと……!?」



 彼女の言葉は焦りと恐怖に染まっていた。セリオス――勇者として知られる彼が、もしアルデュスの手に堕ちてしまえば……その考えが、彼女をさらに深い絶望へと追い込む。



「セリオス? ふふ、まさか。あの脳筋勇者の身体なんかに闇の王の力を降ろしても、無駄な争いが起こるだけよ。二つの魂が一つの身体を巡って争えば、最終的にどうなるかなんて、目に見えてるわ。そんな愚かなことするわけないじゃない」


「では……何を?」


「あなたには、新しい肉体を生み出してもらうわ。魔王にふさわしい器をね」



 その言葉と共に、私はゆっくりとスカートの裾を持ち上げた。リディアの瞳が、それに釘付けになる。スカートの下から現れたのは――少女の体にはまったく不釣り合いな、隆々とした男根だった。


 渦のようのな魔気を纏った、一本の巨根。

 それは気高く、美しく、天を衝かんばかりに立ち上がっていた。


 彼女の顔が一瞬で蒼白になり、そして紅に染まる。

 その瞳には恐怖と混乱、そしていくばくかの好奇心が交錯した感情が渦巻いていた。彼女は言葉を失い、震える唇からは何も発せられないまま、ただ目の前の光景に凍りついていく。



「私の子を孕んで、リディア」



 微笑み交じりにそう告げると、私は彼女のショーツに手を伸ばした。




―――――――――――


 あとがき。




 第1話をお読み頂きありがとうございました。新作はちょっとエッチなドタバタラブコメを目指しています。


 魔上復活を目指すその長女とお付きの猫耳メイドの奮闘を愛でる異世界ファンタジーです!ぜひお楽しみ下さい!


 次話は聖女の身に迫る危機の回です。


 楽しかった、続きが少しでも気になる思われましたら⭐︎⭐︎⭐︎評価や作品フォローをどうぞよろしくお願いします!




⭐︎⭐︎⭐︎は最新話下部、もしくは目次ページ下部の「星で讃える」から行って下さい。⭐︎⭐︎⭐︎だと嬉しいです〜!


↓目次ページ

https://kakuyomu.jp/works/16818093083473631892

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