第3話
外受付一番人気の業務――通称“予防”。
ダンジョン内の
人気の理由は、歩合給として自分が狩った分全て貰えるドロップ品と自分の行きたい階層を選べるところ。
マリナのようにドロップ品――彼女は主に食料――を目当ての内業務に入れなかった研究バカや収集マニア、解体業務につけなかった者や戦闘狂の男たちが集まる外受付には大人気である。
まあ、この“予防”も外受付の業務の一つであるから、あまり戦闘をしたくない女性陣に外受付が不人気になる理由でもある。
マリナには興味がないのですぐに換金してしまう宝石類も鉱石と一緒にドロップされたり、
内受付でもハンターランクはB必要のため、全く戦えない訳ではない。
それなら給料の他に歩合給として貰えるので、自分で欲しいモノを取りに行けばいいのにと、いつも思うマリナだった。
ちなみに、この“予防”時のみミラン副長からのお叱りはない。
理由はただ
他のダンジョン担当は、必ず“予防”場所を各ダンジョン最下層――ダンジョンボス一歩手前の階層――でなければならない。
しかし、王都ダンジョンは未踏破ダンジョン。
外受付担当は、自分の潜れる最高到達点で狩りをする。
そして、それはハンターたちの依頼の邪魔になってはいけない。
そうすると、どんどんドンドン先へ進む事になり、現外受付担当はほぼ全員最下層に到達している。
もしかしたら、外受付の誰かがダンジョン攻略をしてしまうのではないかと期待されてもいるのだ。
だが、今のところそういった気配は全くない。
彼らは
この“予防”は月三回で、外受付全員には回らない。
足りない分、彼らは救助業務中によく
だから、ミランに怒られるのだが――懲りる者は外受付にいない。
今日マリナが新人二人を連れてきたのは、中層階の第一階層。
この間マリナが救助に出た大海原の階層は、ここより更に五階下がる。
この第一階層はまだ低層階の森林が残っていて、メインは少し進んだ先にある河川敷だ。
副長に新人二人の最高到達地点の確認をし、二人の最高到達地点の一階層下で今回の“予防”の実地研修を行うことになった。
マリナだけなら最下層まっしぐらだが、今回は二人の実力を測るのが目的のため、最下層へ行くことはできない。
ものすごく物足りないと思うマリナだが、彼女は数日前に“予防”を行っているので、文句が言えない。
河川敷に着くと、マリナは二人に武器を手にするよう指示した。
「では、今日はここで“予防”を行います。武器の準備はいいですね?」
ここまでは低層階のボス部屋の転移陣を使用し、そのまま下って歩いてきた。
転移陣から入るとボス戦は必要ないし、河川敷までは先輩として引率するマリナが案内片手間に襲ってくる魔物を処理していたので、新人二人はただマリナに付いて歩いていただけだ。
――ビビりながら。
二人が武器を手にすると、マリナは少し離れた場所にある木にもたれ掛かる。
危なくなるまで様子を見るらしい。
マリナが離れると、木陰や少し背の高い草の茂みからゆっくりとした足取りで魔物が近づいてきた。
この河川敷を縄張りにしているヘルハウンドのお出ましである。
水を飲みに来るツリーディアを狙っているのだが、ここ最近ツリーディアどころかこの辺りにいるはずのレッドマンキーすら見かけないと報告があった。
もしかしたら、今まで確認されていないヘルハウンドの上位種がいるのかもしれない。
生態系が変わる原因を探るのも、外受付の業務の内だ。
マリナは二人の戦闘を見つつ、周囲に探査魔法をかけて警戒する。
「ブレーズッ! そっち行ったわよ!!」
「はいいぃぃぃっ」
ドゴッ
エメリーヌは、ビビっているが地味でも急所を的確に見分けて着実に仕留めている。
たまにランク降格対象の金で買ったBランカーもいるが、サーベル捌きが騎士団のそれに酷似しているので、彼女の実力は間違いなくBなのだろう。
周囲がよく見えているエメリーヌは、
もう一人のブレーズは、エメリーヌほど視野が広いわけではないが――ヘルハウンドの眉間を確実に仕留めている。
普段はオドオドしているし、今もビビりまくって時折エメリーヌの指示が飛んでくるが、彼の黒い瞳に歓喜の炎がマリナには見えていた。
マジックバッグから次々と出されるトマホーク。
ほぼ投げるために用意していると思われるトマホークを、投げたり振り回したりして魔物を仕留めている彼の頬は、赤みを差していた。
これ、解体マニアの特徴でしょ……
ブレーズが解体部門に希望を出していた事に、一人納得するマリナだった。
「マーリナ! 今日は引率かい?」
周囲に探査魔法を展開していたマリナは声に驚くこともなく、背後からやってきた隣りに立つ褐色肌の女性に応えた。
「そうですよ。マト姉は、今日は一人で?」
「ああ。知り合いの薬師に依頼されていてね。物がモノだけに今日は一人さ」
ここのダンジョン常連のダークエルフなお姉様は、ソロで活動するAランカー。
彼女は耳の尖りや肌の色は違うものの、髪や瞳の色が似ているマリナを妹のように気に入っている。
マリナはマリナで、いつも優しく構ってくれて、戦う姿も惚れるほど美しい動きをするマトローナを姉のように慕っている。
マリナは新人二人から目を逸らすことなく、マトローナに声を掛けてきた理由を問うた。
「それで? 何かあったからここまで来たのでしょう?」
「それなんだが……マリナは、ここ最近のこの辺りの魔物の情報を手に入れてる?」
「ええ。と言っても、ヘルハウンドだけが増えて他が見なくなったということぐらいですが。今日はその調査も兼ねています」
「それは丁度いい!」
何が丁度いいのかマリナにはわからないが、マトローナに話の続きを視線で促した。
彼女は内緒話でもするかのように、マリナの耳元でコッソリと告げた。
「どうやらここ一帯“ロック鳥”が集団で巣を作ったみたいなんだ。数日前、騎士団と一緒に依頼で入った時に確認したから間違いない」
「……まさか、ダンジョン内で“繁殖”ですか?」
「そうみたいだな。だから、ロック鳥から逃げ切れるヘルハウンドだけがこの辺りに残っているみたいなんだ。今日の依頼ついでにロック鳥の元々の生息地付近に行ってみたが、そっちにここらで見なくなった魔物を確認したよ」
ダンジョン内で繁殖。
本来なら倒されたらダンジョンに吸収され、暫くしたら勝手にダンジョンから沸き上がるダンジョン産の魔物。
それがダンジョン内で繁殖行動、更に集団移動してまで生息地を変える。
これは、また“王都ダンジョン”の解明が長引くなと思うマリナ。
まあ彼女がダンジョン研究している訳ではないので、研究者たちガンバレ! としか思っていない。
有益な情報を得たマリナは、確認の手間が省けたので情報処理だけ行ってギルドに報告しようと頭のなかを整理した。
彼女の探査魔法にも数体、それらしき“ロック鳥”が引っ掛かっていたのもある。
今日のマリナの仕事は新人の戦闘
本格的な調査は、マリナの今日の報告後から組まれることに基からなっていたので、丸投げしようと考えているマリナだった。
マリナは徐にマジックバッグから手のひらサイズの鉱石を一つ取り出すと、マトローナの左手にのせた。
「いい情報ありがとうございます。情報料はこちらで」
「――ッ!? いいのかい?」
「ええ。ソレ、探していたでしょマト姉」
「確かに探していたが……もしかして“下”まで行ったのかい?」
「数日前に仕事で行ったのですが、たまたまドロップ品として出てきました。私、どうせ使いませんし」
「でも、コレは貰いすぎてしまうな……じゃあ、コレと一つ君の依頼を受けるってのはどうだろう?」
マリナが情報料として渡したのは、数日前の“予防”で見つけた珍しい金属“ヒヒイロカネ”。
一般の鉱山では滅多にお目にかかれないこの金属は、ここの最下層の鉱山地帯でたまにドロップされるのだ。
火炎魔法を得意とするマトローナは、武器と一体化して魔法を纏わせることが多く、火炎魔法と相性の良い武器を作るのに“
だが、彼女の言う通り今回の情報に“ヒヒイロカネ”は、相場的に少しばかり多く受けとることになる。
マリナは依頼することがあまりない。
というより、ほぼ皆無。
彼女は自分で手に入れるタイプだからだ。
少し考える仕草をすると、マリナはふいにマトローナの方へと向き直った。
「依頼はないので、今度一緒にダンジョンへ行ってくれませんか? マト姉の戦闘方法に興味があるんです」
「それは勿論構わないよ! だけど、そんなことで良いのかい?」
「はい。マト姉の剣筋は、いつも舞っているかのように美しいので、近くで見てみたいんです」
「お安いご用だよ! ああでも、この後
「マト姉の手が空いてからでいいですよ。楽しみにしています」
「わかった。なるべく早く終わらせるよ」
また連絡すると言い残し、来た道と反対方向へと去っていくマトローナ。
彼女を見送ったマリナは、次から次へと出てくるヘルハウンドに肩で息するようになった新人へと目を向ける。
……戦闘経験が圧倒的に足りなすぎる。
学院の演習があるにしても、ハンターランクBであるにしても、実力に対する経験が足りないと感じるマリナ。
倒されているヘルハウンドは、二人いるのにまだ五・六体。
これなら、見習いから始めてハンターになった新人ハンターの方がまだ動けるなと思い、そのまま報告しないといけないと頭の隅にメモを残す。
チラッと左手の腕時計を見る。
もうすぐマリナの
新人二人はまだ戦いの最中だ。
マリナがフッと小さくため息をつくのと同時に、二人の目の前に大きな光が満ちた。
光が眩しすぎて顔を手で覆う新人たち。
彼らの視界が開けたときには、そこにあったのは二人が苦戦していたヘルハウンドの死体の山だった。
「さ、そろそろ二人は業務終了時間ですよ!」
雷魔法を放ったマリナは、何事もなかったかのように笑顔でドロップ品の牙と毛皮を回収している。
呆けていた二人は慌てて回収に参加し、足早に帰ろうとするマリナを急いで追いかけた。
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