第2話

 新人二人が無事(?)入寮を終えた翌朝。


 マリナは、ハンターたちがごった返すカウンターを眺めていた。

 本日の勤務時間は昼からだが、ミランに押し付――任された仕事の所為で気分がダダ下がり、寝付けなかったのだ。

 食堂のいつもの位置で目覚まし代わりのマスター特製深煎りコーヒーを飲みながら、朝の内受付業務をボーッと見ている。

 彼女の手元には、昨日の帰り際にミランから渡された薄い資料の束が二つ。

 時折ペラペラと捲っている資料の中身は、新人二人の家族構成から成績に至るまで事細かに書かれた個人情報だ。


 マリナは、これからやらなければいけない外受付の新人指導を思い、深いため息をついた。



 ◆

  

 コーヒーを飲み終え、カウンターから本日のメニューが乗ったトレーを貰うマリナ。

 彼女は物理的に栄養を補いたいのか、メインのベーコンエッグが隠れる程サラダを山のように盛ってもらい、さっきまで座っていた場所へと戻っている。


 マリナが座ってから秒で消えたサラダの山。

 二つ乗っていた黒パンも、メインのベーコンエッグもいつのまにかマリナの腹の中へと消えていた。

 もったりとした淡い黄色のポタージュを口に含み、キビの甘さを堪能していると、マリナの前に昨日の新人が二人揃って現れた。


 彼らの勤務時間は朝一に内カウンターの業務内容を見学し、朝のラッシュが落ち着いた頃早めの昼休憩へ入る。

 休憩後、マリナと外勤務の実地研修をする。

 これがまず一週間。

 次の二週目の勤務は出勤から退勤まで外受付の業務実習。

 休みをはさんで、内受付の実地研修。

 昼から勤務になり、内カウンター業務研修をし、休憩をはさんで夕方から解体場と買取り業務の見学をする一週間。

 二週目は各々希望場所の勤務がギルド内のため、カウンターと解体場の実習を出勤から退勤まで経験する。

 カミカミのブレーズの希望を確認したところ、まさかの解体場だったのだ。

 不安しかないがその予定で組まれており、ひと月これで様子を見る。

 この後確認試験と面談で勤務場所が決まり、そこから試用期間を経て、はれて新人デビューとなるはずだ。

 何もなければ。

 

 暫く朝から勤務の新人は、ちょうど朝のラッシュが終わったらしい。

 だからと言って至福なご飯の時間を邪魔しにくるのは違うだろうと思うマリナだが、ギルド長にすら隠さずダダ漏れていた苛立ちを新人二人へとは向けず、笑顔で二人に話しかけた。


「……朝の見学は終わりましたか?」

「終わったから来たんですよ。言わないとわからないんですか?」


 何故この子はこんなにも突っかかってくるのか、本当に心当たりがないマリナ。

 態度はこの際置いておくにしろ、自分マリナの前に何故来たのかわからない二人に、マリナは一応先輩として話しかける。


「では、食堂カウンターから食事をもらって休憩に入ってください。スケジュールは昨日貰っているはずですし、ギルド長と副ギルド長から内容やギルド職員としての諸説明がありましたよね。確認ですが、本日の外業務は十三時に会議室集合となっています」

「ええ勿論。聞いていましたし、今から休憩に入るところです」

「……では、二人揃って何をしに? もう一度自己紹介でも必要ですか?」

「いえ、要りませんよそんなモノ」



 もう、本当に何しに来たの?

 ブレーズにいたっては、ずーっとモジモジしながらこちらを窺っているし。



 新人と少し話しただけでイライラが増えたマリナは、気分転換をしに外へ行こうと立ち上がる。

 今から市場散策をしても、時間までまだまだ余裕があるのだ。


「ああ、食事をもらう時はあの列へ並ばずに注文して受け取ってください。緊急召集もありますので、ギルド員は優先的に食事を取ることになっています。勤務日だけですがね。それでは」

「えっ、どちらへ?」

「……時間までまだありますので、出掛けるだけですよ。私の業務時間は十三時からです。新人にプライベートまで構う必要はありませんからね」


 外受付の新人教育は任されたが、子守りをするつもりは毛程もないマリナ。

 誰だって、成人している相手に一から十まで教えてプライベートを潰したくないのだ。

 彼らは既に一から十まで聞いているのだから、マリナが率先して教える必要もない。

 しかも相手からは、謎の“敵”認定されている。

 正直、業務以外関わりたくないマリナである。

 マリナがするのは、彼らがわからないことがあれば手を差しのべるだけで十分のはずだ。

 頷くだけのブレーズですら、やる事を理解しているのだから。


 カウンターへトレーを返すと、マリナは颯爽とギルドを出ていった。

 ブレーズはマリナを見送った後、エメリーヌをチラッと見て、彼女に気づかれないようソッとカウンターで昼食を頼んでいた。

 そのエメリーヌは、マリナの去った方を睨み付けていた。


 

 ◇

 

 市場の屋台での買い食い散策を終えたマリナは、十三時ピッタリに会議室へと入った。

 中を見渡すと、ケモ耳二人と数人が作業している。


 マリナの入室に気づいたブレーズは立ち上がり、エメリーヌはチラッと視線だけ寄越して不満さを隠さず座ったままだ。

 マリナが近づくと、二人は早くから来ていたのか、テーブルには空のマグカップが二つあった。


「では、本日の外受付業務の内容確認です」


 マリナが業務内容の説明に入ると、ブレーズは勿論の事、エメリーヌも不満さは顔に残るものの小さな紙束を出してメモし始める。

 仕事はきちんとする態勢に安堵し、エメリーヌの機嫌は気にせず話を進める。


「受付自体はギルド内とほぼ変わりません。確認内容が変わるだけなので、実習時に覚えていただきます。また“救助活動”は一ヶ月研修後の試験をクリアし、且つ試用期間三ヶ月を経てからになりますので、研修や実習にはありません。ここまではよろしいですか?」

「「…………はい」」


 やや返事の間が気になるが、どうせ内勤務なか希望だから関係ないとでも思っているのだろうとあたりをつけたマリナは、そんなことは頭の隅に追いやって笑顔で業務内容を口にした。


「で、本日の業務ですが――外勤務の一番人気の業務を行います」

「いちばん……「人気?」」

「はいッ、一番人気です! 自前の武器は携帯していますよね?」


 エメリーヌは不機嫌さを忘れて、ブレーズと同じように頭の中に疑問符?マークを並べて顔を見合わせている。

 二人とも不思議そうな顔のまま、一応武器は携帯しているので、マリナに頷いてみせる。

 それを確認したマリナは、一つ手を打って扉へと向かう。


「では! 一番人気の業務へ行きましょう!」


 朝見せたイライラはどこへいったのやら、マリナは朝とはちがう笑顔で出ていく。

 それを見て新人二人は、慌ててマリナを追いかけていった。



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