力なき者の運命

@aidachan

Ⅰ 世界の歪み

櫻井颯人さくらい はやとは、大学のキャンパスを歩いていた。青空が広がるこの日は、どこにでもある普通の日常の一コマであるはずだった。だが、颯人にとっては、その日常がどこか違和感を伴っていた。


颯人が通う大学は、全国的に有名な能力者養成機関だった。入学試験には学力だけでなく、各自の能力を測定する特別な試験が含まれている。そのため、ここに通う学生たちは皆、何らかの特別な力を持っていた。


颯人以外は。


能力者が当然のように存在するこの世界で、颯人は「無能力者」として生まれた。能力を持たない者は少数派であり、社会から一定の配慮を受けていたが、その実、無能力者に対する偏見や差別は根強かった。彼がこの大学に入学できたのは、無能力者にも門戸を開いているという建前のおかげであり、実際には周囲の目は冷たかった。


「無能力者か…。やっぱり、何も変わらないな。」


颯人はポケットに手を突っ込みながら、小さくため息をついた。周りを歩く学生たちは、皆、自信に満ち溢れているように見える。能力を持って生まれた彼らは、自分の力を誇りに思い、その力で未来を切り開こうとしている。しかし、颯人はそのどこにも自分の居場所を見出せなかった。


彼が子供の頃から抱えていた劣等感は、今も彼の心に重くのしかかっている。友達が自分の能力を誇示し、能力を使って遊ぶ姿を目にするたびに、自分が「何も持たない」という現実に打ちのめされた。どれだけ努力しても、自分には彼らのような力は手に入らない。それが颯人の心を蝕み続けていた。


授業が終わり、颯人は人気のないキャンパスの片隅にあるカフェに向かった。このカフェは、彼が唯一心を落ち着けることのできる場所だった。いつもと同じ席に座り、カウンターでコーヒーを注文する。苦みの強いコーヒーは、颯人にとって、現実を直視するための一つの儀式のようなものだった。


「いつものコーヒーで。」


「了解、いつものやつね。今日もお疲れ様。」


バリスタの女性は、颯人の顔を覚えているようで、親しげに微笑んだ。颯人も軽く頷いて、彼女が淹れてくれるコーヒーを待った。コーヒーが手元に届くと、颯人はその香りを楽しみながら一口飲んだ。苦みが口の中に広がり、少しだけ心が落ち着く。


カフェの窓から外を眺めると、キャンパスを行き交う学生たちが見える。颯人は、彼らがそれぞれの未来に向かって歩んでいるように見えた。自分にはない、確かな未来を持っている彼らが羨ましかった。


その時、颯人のスマートフォンが振動した。見ると、メッセージの通知が表示されている。それは、彼の幼なじみである佐伯楓さえき かえでからのものだった。


「久しぶりに会わない?大学の近くで時間があれば。」


楓は颯人にとって、幼い頃から特別な存在だった。彼女は「火を操る能力」を持ち、その能力を駆使してさまざまなことを成し遂げてきた。明るく、誰からも愛される彼女は、颯人の憧れでもあり、同時に劣等感を感じさせる存在でもあった。


颯人は一瞬迷ったが、すぐに返信を打った。


「いいよ、会おう。場所はどうする?」


楓からの返事はすぐに返ってきた。指定された場所は、キャンパスから少し離れた公園だった。颯人はコーヒーを飲み干し、カフェを後にした。少し肌寒くなってきた夕方の風が、彼の顔に当たる。


公園に着くと、楓はすでにベンチに座って待っていた。彼女は颯人の姿を見つけると、笑顔で手を振った。


「久しぶりだね、颯人。」


楓の笑顔は、変わらず輝いて見えた。颯人も笑顔を返したが、その笑顔はどこかぎこちなかった。彼は自分が彼女のように自信を持てないことを痛感していたからだ。


「本当に久しぶりだね、楓。最近、忙しかったんだ?」


楓は少し肩をすくめて答えた。「うん、研究室の仕事が忙しくてね。でも、今日はちょっと息抜きがしたくなって。」


彼女の研究室は、能力開発に関する最先端の研究を行っている場所で、楓もその研究に携わっている。彼女の能力を活かした研究は、社会的にも注目されており、颯人はその話を耳にするたびに、自分が何も持たないことを思い知らされるのだった。


「君の研究って、どんな感じなんだ?あまり話を聞いたことがないけど。」


颯人がそう尋ねると、楓は少し考え込んだ後に答えた。「そうね、今は火の能力を使ってエネルギー変換の効率を上げる技術を研究しているの。もしうまくいけば、社会に大きな影響を与えるかもしれない。」


彼女の言葉に、颯人はまた心の中で劣等感が膨らんでいくのを感じた。自分には、社会に貢献できるような力はない。ただ、無能力者として、普通の大学生として生きているだけだ。


「それはすごいね。君の研究が成功すれば、世界が変わるかもしれない。」


「ありがとう。でも、私はまだまだ未熟だから、もっと頑張らないとね。」


楓は謙虚に言ったが、その言葉が颯人には遠い存在のように感じられた。彼女は自分に誇りを持ち、未来に向かって歩んでいる。だが、自分はどうだろうか。無能力者として、ただ無力さを感じながら日々を過ごしているだけだ。


その時、颯人の心の中にある記憶がよみがえった。幼い頃、彼が無能力者であることを初めて認識した瞬間だ。友達が次々に能力を開花させる中で、自分だけが何もできないことに気づき始めた時、彼はその違いに戸惑い、孤独を感じた。


「颯人、何かあったの?」楓が心配そうに尋ねる。


颯人は我に返り、苦笑した。「いや、何でもないよ。ただ、昔のことを少し思い出しただけ。」


楓は黙って颯人の言葉を待っていたが、颯人はそれ以上何も言わなかった。彼は自分の内面に抱える葛藤を、楓に打ち明けることができなかった。彼女に自分の弱さを見せるのが怖かったのだ。


その後、二人はしばらく他愛のない会話を続けたが、颯人の心には常に重苦しい感情が付きまとっていた。彼は楓との再会を喜ぶ一方で、彼女の存在が自分にとっての「世界の歪み」をより強く感じさせるものとなっていることに気づいていた。


「そろそろ帰ろうか。」


楓がそう言って立ち上がった。颯人も立ち上がり、公園を後にした。二人で歩きながら、颯人は再び自分の無力さについて考えていた。彼には何もできない。楓のように、誰かを助けたり、社会に貢献したりすることはできない。そんな自分に、どんな未来があるのだろうか。


その夜、颯人は自分の部屋で一人、考え込んでいた。何度も何度も、頭の中で同じことが繰り返される。「無能力者である自分に、何ができるのか?」この問いに、答えは出なかった。ただ、漠然とした不安と、将来への恐れが彼を支配していた。


その時、彼のスマートフォンが再び振動した。見ると、見知らぬ番号からのメッセージが届いていた。


「櫻井颯人君、君の力が必要だ。世界の歪みを修正するために。」


そのメッセージを見た瞬間、颯人の胸に不思議な感覚が広がった。何かが始まろうとしている。それが何かは分からなかったが、そのメッセージが彼の運命を大きく変えるものだという確信があった。


「世界の歪みを修正する…?」


颯人は、メッセージの意味を考えながら、しばらくの間、静かにスマートフォンを見つめていた。それが、彼の人生における新たな章の始まりであることを、まだ彼は知らなかった。





読者の皆様へ


この度は、私の小説「力なき者の運命」をお読みいただき、心より感謝申し上げます。第一話が皆様にどのように感じられたか、非常に楽しみにしています。


主人公、櫻井颯人が無能力者として直面する試練や、その後の運命の変化を描くこの物語は、読者の皆様に共感や驚き、そして感動をお届けできるよう心を込めて執筆しました。颯人がどのようにして自らの運命を切り開き、世界の歪みを修正していくのか、今後の展開をぜひご期待ください。


ご感想やご意見がございましたら、お気軽にお聞かせいただければ幸いです。次回の更新もどうぞお楽しみに!


引き続き、よろしくお願いいたします。


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