1章第14話 嵐を超えて

 ソラ、ティナ、エマは各々の装備を確認し、調整する。ソラは機械刀がきっちり固定されているか確認し、対侵蝕薬物を追加で接種した。ティナは負傷した部分を確認しながら双剣の固定位置を調整している。エマは銃のマガジンを抜き、中を確認した後、チャンバーチェックで薬室内に確実に弾が装填されているかを確認している。作戦の始まりが近づく空気が周囲に流れる。

やがて準備が終わり、


『それじゃあ、行動開始だよ』


 ウミの号令と共に3人が動き始める。事前に立てられた計画通りに移動していく。無機質な建物の隙間を抜けてファルターの潜むショッピングモールに近付く。ショッピングモールの周りは大量の鱗で包まれて、建物自体が怪物のようになっていた。鱗が空を切る音が恐怖を煽る。ソラはその音を聞くたびに、無意識に機械刀の柄を握り締めていた。全身に寒気が走り、喉が乾いてくる。巨大な鱗を大量に持つ怪物ファルター——目の前のショッピングモールだけでなくこの侵蝕区域そのものの支配者がいる場所を切り抜けねばならない。圧倒的な強者の存在感、圧に押されそうになる。

 ショッピングモール内部に入るためのワープ地点、赤と黒のオーラが揺らぐエネルギーだまりが目に入る。ここに入れば激しい戦いが始まる。全員に緊張の糸が張り詰める。


「みんな、準備はいいか?」


 ソラが尋ねる。ティナとエマは頷きを返す。

 エネルギーだまりに触れる。不愉快な感覚と空間が歪むような音と共に身体がショッピングモール内部に跳躍した。ソラとティナはクリスタの起動準備をする。エマはアサルトライフルを構えて周辺を警戒している。すぐに攻撃の雨にさらされると身構えていたが意外にも待っていたのは静寂だった。至る所のガラスが割れ、壁は鱗がぶち抜いたであろう穴がいくつも空いている。襲撃を受けないならそれに越したことはないので、気配を殺してゆっくりと前へ進む。足元を見てガラスや瓦礫を踏んで音を立てないように足を動かす、その動作が神経をすり減らしていく。ソラ達が中央ホールの前まで来る。ファルターがぶち抜いた天井の瓦礫を超えて向こうに渡らなければならない。ふと、ソラの頭に作戦会議の内容が蘇ってくる。


——ウミがとある地点にピンを刺した。


『ショッピングモールを抜ける際に一番警戒しないといけないのはここ』


 中央ホールに立てられたピンに全員の視線が集まる。


「確かに、ここは開けているな。迂回した方がいいんじゃ?」


 ソラはそれを見て質問する。別ルートを通るかワープを利用すれば迂回できそうだ。


『迂回すればその分時間がかかるから、危険なことに変わりはないよ』


ウミの説明にソラは頷く他なかった。——


 覚悟を決めて中央ホールに飛び出る。

 静寂を切り裂く音、左右に鱗がいる。気付かれた以上、戦うしかない。


「作戦通りに切り抜けるぞ!」


 ソラが叫ぶ。左右から迫る鱗はティナの放つ冷気によって凍りつき、速度が落ちる。ある程度距離が離れているので中央ホールを抜けて通路に入るには十分な時間稼ぎだ。3人は飛び込むように通路に入る。後少しで目的のワープポイントがあるはずだ。


「凍って!」


 ティナの声と共に中央ホールとの間に氷の壁が生まれる。鈍い音が鳴り、鱗が氷を破ろうとしているのが分かる。正面から鱗の大群が現れる。縄張りを踏み荒らす部外者を排除するべく現れたそれをソラの魔法クリスタが焼き尽くす。だが、すぐに後続が補充される。ソラは正面突破のために何度もクリスタを起動、爆破し前へ進む。休憩中にそこそこ侵蝕エネルギーが補充されたためある程度は撃ち続けられるはずだ。

 氷が崩れる音がする。後ろの鱗もこちらへ攻撃するために高速で接近する。完全に挟み撃ちの形となる。ティナは先ほどと同じように冷気を放つ。凍りついて減速した鱗をエマが驚くほど正確な射撃で撃ち落とす。正面はソラが請け負い、後方はティナとエマの合わせ技で鱗を迎撃する、これが突破するために考えられた作戦だ。無数の爆発音、舞い上がる埃を抜けて3人はワープポイントに辿り着く。そこにはショッピングモールに似つかわしくない道路と繋がっている。それを遮るように鱗が集まる。


『みんな! ワープポイントのエネルギーが減衰してる。急いで飛び込んで!』


 ウミが警告した通りにショッピングモールと道路の境界が揺らぎ、徐々に門が閉じられようとしている。ものの数秒で空間の連結がなくなってしまうだろう。


「聞こえたな、一気に行くぞ!」


 ソラは自身に言い聞かせるように叫びながらクリスタを起動する。炸裂する魔法、鱗の密度は多く全てを倒しきれない。しかし、止まらずにワープポイントへ飛び込む。ティナ、エマもそれに続いてワープした。直後、門が閉じられショッピングモールとの空間の接続が途絶えた。


「2人とも怪我は?」


 ソラは上がる息を整えながら、振り返り2人を見る。服がいくらか切り裂かれ、切り傷がついているが幸い大きな怪我はないようだ。ティナが呼吸を整えている隣でエマが乱れた呼吸ひとつ見せずにアサルトライフルの弾倉を交換し始める。


「ここより、ひどい怪我はないわよ」


 ティナは横腹を指さした。冗談にしては笑えない。


「怪我が増えてないなら良かった。エマはどうだ? エマ?」


 片手にアサルトライフルのマガジンを握ったまま、猫のように何もないところを見つめている。突如、ハンドガンを引き抜いて1発。弾丸がアパートと手すりに当たって火花をあげる。


「どうしたんだ、エマ」


 ソラは唐突な行動に驚きながらもエマに意図を尋ねる。エマは返事もなく微動だにもしない。ハンドガンもアパートに向けられたまま動かない。

 何かを見つけたのか、それともおかしくなってしまったのか。


「あんた、気でも触れたの」


 返事のないエマに我慢できずにティナが厳しく言葉をかける。

 エマは体を捻り、アパートの向かいの建物へ向き直す。そしてまた1発、発砲した。


「これはまぐれじゃないぞ」


 エマは建物へ向かって言葉を投げる。ソラとティナはその方向を見る。凝視すればかろうじて1つの影を見ることができる。


「いやはや、見抜かれるとは。拙者もまだまだだな」


 そう言いながら、現代風にアレンジされた侍のような格好をした女性、サラが近付いてきた。黒い髪は冷たい風でなびき、彼女の飄々とした態度を際立たせていた。ソラとティナは慌てて得物に手をかけた。

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