1章第2話 バー・アフターバーナー
ついにラプターアイの一行はグリッド121へ到着した。観光していたのでグリッド129を出発した時間が遅くなり、到着した頃には夕方になっていた。日の沈み始めた街には無数の高層ビルが建ち並び、夕日を反射して赤く輝いている。ビルの壁面に這う配管やケーブルが絡まり、複雑なネットワークを形成しており、都市そのものが生き物のように息づいている。空中にはいくつもの広告が漂い、ホログラムの映像が淡い光を放ちながらゆっくりと動いている。複雑に入り組んだ道路を走る車両や、建物の陰に設置された巨大なスクリーンも、街の日常の一部かのように溶け込んでいる。
「うわー、すごい!」
住宅街や学校の多いグリッド135とは違う、発展した街の姿にウミは目を輝かせる。ハイテクな街の姿にソラも静かに心を躍らせていた。
ソラはウォッチアイ上に映る地図を頼りにヴォルフと会うバーを目指して歩く。バー・アフターバーナーは街の中央に存在するガラス張りの高層ビル、その頂点にあるらしい。豪勢に飾り付けられたロビーを抜けて、エレベーターホールを目指して歩く。ボタンを押すとエレベーターのドアが静かに開いた。ソラとウミが中に入る。他に人がいないことを確認してからコントロールパネルの隅に隠されたセンサーに黒に赤い文字で“AfterBurner”と刻まれたカードをかざす。階層を表示しているディスプレイにノイズが走り、“承認”の文字が現れる。エレベーターが動き出したことを足元からのかすかな振動が伝える。到着までの間、沈黙が落ちる。ウミはちらりとソラの顔を見る。彼の水色の瞳には決意が見てとれた。ウミの頭の中ではヴォルフのイメージ像が現れたは消えるを繰り返していた。やがて振動が止まり扉が開く。薄暗い照明に電飾に彩られた“AfterBurner”の文字。その下に屈強なガードマンが立っている。スーツを着ているがその上からでも主張の激しい筋肉が印象的だ。ソラはカードを取り出し、ガードマンに見せる。彼はじっくりとそのカードを眺めた後、
「お待ちしておりました、ラプターアイ様」
そう言って扉を開けた。続けて
「ヴォルフ様は先客とのお話が長引いておりまして、少々お待ちください。用意が整い次第、お呼びしますので」
と伝える。ソラは頷きを返す。
ドアをくぐり、バー・アフターバーナーへ足を踏み入れる。金属製の壁や天井に照明が反射して冷たく輝く。バーそのものには無機質な印象を受ける。それとは対照的にバーにいる人たちは生き生きとした動きを見せる。談笑、仕事の話、グラスの動く音、店内に響くアップテンポの曲、さまざまな音が混じり合う。その一つ一つを聞き分けるのは不可能だ。
「時間あるなら、そこで待とうよ」
ウミは2席並んで空いているカウンター席を指さす。
「そうだな」
ソラが応じて、カウンターの空いた席に腰をかける。
「いらっしゃい、何にする?」
バーテンダーの男が話しかけてくる。ラフな格好だが、落ち着いた様子の男だ。
「この後の商談に臨むのにピッタリなものはあるか?」
ソラが尋ね返す。バーテンダーは一瞬沈黙して考える。そして
「なら、クラフトジンジャーはどうだい?
と返した。バーテンダーがクラフトジンジャーの瓶を取り出す。褐色がかったその瓶は丸みを帯び、クラシックな雰囲気を漂わせている。
ソラがウミの方を見る。彼女は興味を持ったらしく、緑の瞳を輝かせて瓶はを見つめている。
「じゃあ、それを2杯」
ソラは人差し指と中指で2を表しながら注文した。
「1000トークンだよ」
バーテンダーの目、正しくはウォッチアイが青白く光る。すると、
バーテンダーが瓶を開き、注ぎ口をグラスに当てる。鮮やかな琥珀色の液体がグラスに注ぎ込まれる。細かい泡が絶えず踊るように浮かび上がっては消える。最後にレモンを添えたジンジャーが2人の前に提供される。
ウミがグラスに口をつける。口に含むと同時に生姜の強い風味が口の中いっぱいに広がり、舌を刺激する。その後にすっきりした清涼感が残る。続けて、ソラもクラフトジンジャーを飲む。生姜の刺激が喉から胸にかけてじんわりと広がる。炭酸と生姜の刺激が頭の中をクリアにしたような気がする。
これが常連が頼む理由だろうか。
「すごくスッキリした味だね。でももっと甘い方が好みかも」
ウミはどちらかというと甘党だ。甘さよりも生姜の味と炭酸の刺激が強いのが気になったのだろう。
「なら、シロップを足しましょうか」
その言葉を聞いたバーテンダーが提案する。ウミは頷き、グラスを渡す。トロッとしたシロップが注がれる。バーテンダーは慣れた手つきでそれを混ぜて溶かし込む。
帰ってきたグラスに口をつけるウミ。次の瞬間、彼女の顔がパッと明るくなる。
「うん、こっちの方が甘くて美味しい」
満足げな彼女を見つめながらソラはジンジャーを飲んだ。
ソラとウミはクラフトジンジャーを飲みながらバーのやや薄暗い照明に心地よい音楽、そして、お酒や会話を楽しむ人といった雰囲気を楽しんでいた。そこに後ろから
「お待たせしました、ヴォルフ様がお待ちです。私についてきてください」
と男の声がした。振り返るとそこにはスーツを見にまとったさっきのガードマンがいた。ソラはジンジャーエールを飲み干して立ち上がる。ウミもそれに続く。
「あ、ジンジャー美味しかったです」
ウミは振り返り、お辞儀をした。
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