1章 鋼鉄の指令

1章第1話 観光、グリッド129

 数日経った後、メイリンからの連絡が届き、ヴォルフとの面会の日が設定された。その頃にはソラの包帯は全て外れており、万全な状態まで回復していた。目的地はグリッド121にあるとあるバー、今いるグリッド135からであればグリッド間高速道路を使っても半日以上かかる。途中で観光することも考え、面会の日より1日早く出発することにした。

 いつも通りウミは運転席に座ってストレッチしている。その助手席となりにソラが座っている。


「運転、疲れたらいつでもかわるからな」


「いいよ〜、怪我人に運転させて事故したら困るもん」


 ウミがからかうように笑う。仕事中、車から離れることが多いソラに対してウミはずっと車内で後方支援をしている。彼女にとってこの車は相棒のようなもので、2人で活動するようになってから運転を譲ってくれたのは数えるほどしかない。


「もう治ったんだが……まあいいか。ナビとかの設定しとくよ」


 ソラのウォッチアイとナビをリンクさせる。ナビを操作し、道案内を開始する。するとそれがフロントガラス上に地図と道案内の表示が半透明な矢印として現れた。


「よーし、目的地をグリッド129、遠望の縁にセット! いくよ!」


 ウミがアクセルに足をかけ、キャンピングカーは目的地へ向けて走り出した。いくつもの車とすれ違いながらキャンピングカーは進む。窓越しに見えるのは朝日をかき消すかのように輝くビル群と広告ホログラム。高架が何重にも絡み合い、幾層にも折り重なるように伸びる高速道路が、グリッドの空中を切り裂くように続いていく。


 数時間かけて移動し、遠望の縁に近付いてきた。遠望の縁は連結されるグリッドの端であり、展望台から海を見ることができる貴重な場所だ。


 平日ということもあってか道はそこまで混んでおらず快適なドライブだった。

 2人は車を降りて展望台へ向かう。展望台は青と白で波を再現した装飾がなされている。展望台の入り口には“本日の雲情報”なるものが置いてあり、今日は雲が少なく展望に向いているらしい。受付でチケットを買い、エレベーターで展望フロアへ移動する。展望フロアは全面ガラス張りになっており、エレベーターの扉が開いた瞬間から海が目に飛び込む仕様になっていた。グリッド自体が3000m上空に作られているため、海が動く様子は見ることができない。しかし、果てしなく広がる青が海とはいかに雄大であるかを知らしめていた。


「これが海……」


 ウミは何かを噛み締めるように呟く。

 そう言えば彼女の名前……


「うちの名前、海のように広い心を持って欲しいって名付けられたんだ」


 彼女は眼前に広がる青から目を逸らさずに呟いた。

 この話はソラとウミが師匠に拾われる前の記憶だろう。


ウミにぴったりの名前だな」


 ソラはそう返しながら、ベンチに座り、無限に広がる海を必死に目に焼き付けている彼女を眺めていた。ウミは、これからのヴォルフとの対面に備えて心を整えようとしているのだろうか。それとも、今だけはすべてを忘れ、ただこの静かな時間を味わっているのか。どちらにせよこの時間を存分に味わってもらうべきだ。


 しばらくして、ソラとウミは展望台から降りた。振り返ってもそこに海を見ることはできない。なぜなら、落下防止用の壁によって視界を遮られているからだ。

 

「昼ごはんはどうする? 今日は僕が奢るよ」


 なんだか名残惜しそうなウミを見てソラが提案した。


「やった〜うち、ラーメン食べたい! 後、食後のプリンも!」


 断り難い提案にウミが嬉しそうな声をあげる。


「はいはい、分かったよ。SNSインターピアで評判のいい店に行こうか」


「はーい、着いて行きまーす」


 可愛らしく敬礼した彼女はソラに続いて歩いていった。

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