終末の境界線
@5ion
序章 ラプターアイ
序章第1話 侵蝕の境界線
青白い蛍光灯が教室の隅々まで淡い光を投げかけている。窓の外には、いつもと変わらないビル群がそびえ立っている。雲によって遮られた空は薄暗く、陰鬱な灰色が沈んでいる。教室に並べられた古びた椅子にポツポツと空きが見える。次の授業は課題とテストのみで評価されるので、出席する必要がないためだろう。
「うぃ〜、授業を始める」
と気だるげな声と共に白髪混じりのおじさんこと教授が教壇に上がった。
「今日の授業は……」
そう呟きながら教授は参考書と手帳をパラパラさせて照らし合わせている。その手がとあるページで止まる。
「あー、侵蝕現象についてだったな。耐性のある人でも高濃度の侵蝕に当てられ続けると侵蝕症を発症するリスクが高い。そのため、
侵蝕、それはこの世界で最もありふれた災害の呼び名、地上を蝕む毒である。侵蝕が発生した区域は外界とドーム状の膜で隔絶され、その中は対策なしでは人間が長時間、い続けられなくなるのは周知の事実だ。
真面目な性格の一部の生徒が背筋を伸ばしてノートを開いた。そうでない生徒も耳や視線は教授に向かっている。だが、その中で黒のウルフヘアをした男、ソラは机に突っ伏して今にも意識を手放そうとしていた。
「侵蝕が発生すると周辺の土地飲み込み、地面からはルイン結晶が生み出され、空間はルイン結晶の粒子によって満たされる。その状況下ではルインズと呼ばれる化け物が生まれる。この侵蝕と呼ばれる現象については大部分がいまだに解明されていない。だが、1つだけ明らかなのは侵蝕区域内で人類ひいては生命が根付くことは難しいということだ。今日は侵蝕について分かっていることを覚えて帰ってもらう」
と話を続ける教授の話にまるで興味が持てなかったからだ。瞼が大仏が乗っかったかのように重たい。
「まず、侵蝕現象における最も不思議なことといえばルイン結晶の発生だ。侵蝕もこれを核として生成されると考えられている。この結晶は極めて高純度のエネルギー物質であり、我々の生活を支えるエネルギー源として……」
そこまで聞いたところでソラは意識を手放した。
✳︎
次に目を覚ましたら時にはすでに授業が終わり、皆が帰り支度を始めているところだった。窓からは差し込む夕日が薄く文字の書かれた痕跡の残るホワイトボードを照らしている。机にはかすかによだれの跡が残っている。
ソラは眠たい目を擦りつつ、口を拭う。その後、机に並べただけの筆記用具を鞄にしまっていく。
「ソラ、爆睡だったな」
と隣で授業を真面目に受けていたであろうレンが話しかけてきた。
「おー、起きたか寝坊助。今日の話はまだ面白い方だったのに」
もう1人の友人、ユウは笑みを浮かべながらそう言った。
「いや、あのおじいちゃん教授の話し方、説明くさくて眠たくなるんだよ」
ソラは眠気覚ましに顔をマッサージする。ほどよい刺激が脳を目覚めさせる。
「あー、それは分かる。俺も興味ない話とき記憶ないことあるもん」
ユウがソラの言い訳に同調した様子を見せる。ソラはうんうんと頷く。
「記憶ないって、それを寝てるっていうんだろ」
レンは呆れた様子でツッコミを入れる。
「ははは、バレたか」
と3人の楽しげな会話と笑い声がほとんど人の残っていない教室に響く。3人の間には穏やかな時間が流れている。
その時、教室の後ろ側の扉から声がかかった。
「おーい、ソラ、いる?」
3人はその声の主に視線を向ける。そこにはウミが立っていた。茶色の髪を後ろで束ねた彼女は、少し幼さの残る顔立ちが愛らしく、輝く緑の瞳が特徴的だ。肩にかけた白のマウンテンパーカーが、彼女の明るい笑顔を引き立てている。
「そっちも授業終わったでしょ、一緒に帰ろ」
ウミがソラの元へ近付く。ショーパンから伸びるパタパタ動く健康的な脚が、動きやすさと軽快さを感じさせた。
「おー、そうだな。じゃ、2人ともまた」
ソラも軽く伸びをしながら彼女の方へ歩み寄る。ソラの着る黒のセットアップも相まってか、2人が並ぶと美男美女で絵になるという言葉が相応しいかった。
「う、うん、また」
とレンとユウが2人を見送る。2人がいなくなったのを確認した後、顔を見合わせて
「あいつらって別に付き合ってないんだよな?」
「そう見たいだぜ、いつ聞いてもただの幼馴染、それ以上でも以下でもないって」
とヒソヒソと話し合う。一瞬の沈黙の後、2人は話をすり合わせることなく1つの結論に達した。
「「あれで付き合ってないなんて嘘だろ」」
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