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 「では、私はここで。お二人とも、ごゆっくり。」

由依と別れた後、2人が真っ先に向かったのは食堂だ。とにかく、腹が減っていた。今にも大きな音を立てそうな腹に手を当てながら、走った。廊下は短く、ハリエス養成学校よりも建物はずいぶんと小さかった。その時だ。ドンッ、と真正面から人とぶつかってしまい、相手も僕も尻餅をついた。

「いてて……」

「す、すみません!」

僕はとにかく謝り倒した。今は少しの金しか持っていないから、ボコボコに殴り倒されるかもしれない、そう思った。だが、相手の反応は予想とは違った。

「おいおい、そんなに謝らなくていいって!こんなのヘッチャラだから!お前、見かけない顔だな?というか、髪白っ!すっげー!」

彼のキラキラした目に、頭の中がハテナでいっぱいになった。

「ちょっと、あの人、ラリマール人じゃない?」

後ろの方から声が聞こえた。ああ、そうだ。僕は憎まれながら生きるべき、ラリマール人だ。

「すっごーい‼︎」

目をぱちくりさせる僕の肩を、古春はポンと叩き言った。

「比良ノ邦の人達は、リアレスやバンデールのような、ラリマール人に関しての歴史は辿っていないんだ。」

「あ、もしかして、お前ウワサの留学生?名前は?ちなみに、俺は環コウ。よろしくな!」

初めて、初対面の人に手を差し出された。僕は、恐る恐る手を伸ばした。コウは、僕がぎこちなく伸ばした手をグッと掴み、握手をしてくれた。

「僕はルイ・ラサートル。よろしく。」

気づくと、僕の周りには軽く人だかりができていた。

「おーい!古春、どこだー?」

人だかりの左側に、手が上がった。人だかりを抜けて古春の元へ行くと、古春は1人の少女と話をしていた。なんだか、とても打ち解けているように見える。

「紹介しよう。私の古い友人、真中愛子だ。まさか、愛子が私と同じパイロット志望だったとはな!」

愛子は綺麗なストレートのロングヘアの少女で、彼女がお辞儀をすると、次第にさらさらと髪が肩を伝って流れ落ちた。

「……綺麗だ。」

そう言いかけた時、古春は僕の足を踏んづけ、睨んできた。今日で二回目だ。

「いでっっ‼︎」

「ど、どうかしたの?そ、そうだ、私のことは愛子って呼んでください…!あの、よかったら、この後3人で夕食を食べない…?」

「俺もいいか?あの人だかり、抜けるのが大変だったぜ。」

さっき握手をした、環コウだ。環コウは、ウニの棘のような、チクチクと毛先が尖った短髪で、背が低く、同い年くらいに見えた。

「ええ、もちろんだ!」「コウくん!是非!一緒に食べましょう。」「……その、2人とも、僕なんかがいいのか?」

2人は、え?という感じの顔でこちらを見てきた。

「いいに決まってるじゃない……!」「ルイ、お前何心配してんだよ!」

今まで平気な顔をしてきた。道ゆく人に罵倒され物を投げられても、不遇な扱いを受けても、理不尽に金をむしり取られても。確かに、慣れの力というのは凄まじいものだ。だが、いくらなんでも限界がある。降りかかる差別は、日々、ルイの心に傷をつけていた。傷口からは、目に見えない血が流れ、本人も気づかないうちに、血だらけになっていたのだ。その日、4人で食べた夕食の味を、ルイは忘れないように、一口一口噛み締めて食べたという。

 食堂から部屋に帰る途中、古春と2人になった時の事だった。凍てつくような廊下に、ポタリと一滴の涙が落ちた。

「古春……僕、もう帰りたくないよ、リアレスなんか。バンデールにだって、向かいたくない。」

体を震わせながら、我慢していた涙が溢れ出した。

「……バンデールへは、向かわなければいけない。これは命令だから。でも、きっとリアレスに帰る必要はない。どうせ、片道切符の旅なのだから。」

古春は僕の背中を優しくさすった。

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