一度死んだ中年聖職者が狂信メスガキ二重人格の巨根ふたなりメスケモに生まれ変わって異端審問官になるやつ
まだ温かい
プロローグ
第1話 生まれ変わり
関所の番をしている兵士が、通行人の方に目を向けると、そこには厳かな佇まいをした男がいた。
その男の服装を見るに、オーブ教の聖職者であると悟った兵士は、その信心深さから敬礼をした。
「神父様、ようこそおいでくださいました。どうぞお通り下さい」
神父と呼ばれた男は、兵士に向かってにこりと微笑むと、優し気のある落ち着いた声で、感謝の念を伝えた。
「あなたにもオーブの導きがありますように」
その両手には、人の頭ほどの大きさの透明な
信心が強ければ強い程に、オーブは大きく育っていくから、きっとこの神父は立派な方なのだと、兵士は尊敬の念を覚えたのだった。
車輪に抉られた石畳の上で、神父は小さく会釈をしてから歩き出した。
門の影から出たオーブは、暖かな日差しを柔らかく反射していた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
質素な書斎の中で、質の良い服を着た貴族の男と、
「さて、またしてもオーブ教の宣教師が来るという話ではないか。とうにオーブ教へと恭順の意を表しているというのに、土着信仰を根絶しなければ気が済まないと言うのだろうか……」
腰に両手を当てて、窓の外を眺めている貴族の男が、ため息交じりに背の方へと言葉を投げた。
それを受けた執事は、片眼鏡の位置を整えながら、落ち着いた様子で答えた。
「そうですな……いつも通り、オーブ教に忠誠を誓う言葉を捧げて、納得して頂くほかに無いのではないかと存じます」
それを聞いて軽く頷いた貴族の男は、そのまましばらく下を向いて考えると、今度は落ち着きを失ったように早口になった。
「こう何度も来られるのだ、司教は我らを疑っているに違いない! もしも……もしも納得してもらえなければ、どうすれば良いと思う?」
間髪を入れずに執事が答えた。
「我らの真意を伝え、理解されなければ……宣教師には消えて頂きましょう。死人に口なしということです」
執事の目には、ある種の覚悟が浮かんでいた。
顔を上げた貴族の男は、窓に反射する執事の目を見て、腹を括る事に決めた。
貴族の男が振り返り、黙ったままに頷くと、執事が口を開いた。
「私に妙案がございます」
貴族の男は大きく息を吸い込むと、自分の机に向かって椅子に座り、先ほどまでの気弱な表情を完全に殺して、執事の目を見ながら話の続きを促した。
「聞かせてもらおう……」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
近づいて来る足音に気づいた二人は、話を中断して足音の主の到着を待った。
扉の前で音が止むと、少しの間があってから扉を叩く音がして、途端に書斎の中の空気が張り詰めた。
険しい顔をした貴族の男が、扉の前にいる者へと声をかけた。
「入りたまえ」
声をかけられた従僕は、書斎の中へと入ってくると、貴族の男に向かって深くお辞儀をした。
貴族の男は、執事に向かって目配せをしてから、聞くまでもない事を従僕に尋ねた。
「何用かね」
従僕は腰を曲げたままの体勢で、簡潔に用件を伝えた。
「ボロン司祭がお越しになられました。応接室にてお待ち頂いております」
貴族の男は、すぐに椅子から立ち上がると、暗い言葉を投げかけた。
「わかった……呼んでくれたまえ……」
従僕には言葉の意味がわからなかったが、その隣で執事が会釈をした。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
応接室には、良く磨かれた木の机と、座り心地の良い革張りの椅子があって、落ち着いた壁紙と、品の良い調度品が飾られていた。
宣教師のボロンは、椅子に座ってくつろぎながら、出された紅茶には手を付けずに、袖でオーブを磨いていた。
それほど待たずに応接室の扉が開き、執事に続いて貴族の男が入って来た。
貴族の男は、張り付いたような笑みを浮かべて、挨拶を始めた。
「これはこれはボロン司祭……遠路はるばる、このような田舎へとようこそおいでくださいました」
大仰な仕草の後ろで執事が会釈をして、扉を閉めながら外へと出て行った。
ボロンは、オーブを抱えたまま椅子から立ち上がり、貴族の男に微笑みながら挨拶を返した。
「グアンナーム子爵、お元気そうでなによりです。これもオーブの賜ですね」
そう言って、オーブに視線を落としたボロンを、グアンナームは、ほんの一瞬だけ睨みつけた。
教団関係者と話す時のグアンナームは、いつだって内心で毒づきながらも、それを出さないように顔を作っていたが、常に上手なわけではなかったのだ。
その一瞬の変化を、ボロンが見逃してはいなかった。
オーブに映るグアンナームの表情を、注意深く観察していたので、およそ考えていた通り、グアンナームのオーブへの信仰心は、口ばかりのまがい物であると、この時にはっきりと分かった。
ボロンが視線を元に戻すと、笑顔でゆっくりと対面の椅子へと歩きながら、片腕で着座を促すグアンナームの姿が見えた。
「どうぞ、お疲れでしょう。我が領地で作られた自慢の紅茶も是非、味わってください」
ボロンは再び革張りの椅子に座ったが、しかし、申し訳なさそうにしながら紅茶は拒否した。
「私は節制に努めておりますゆえ、贅沢な物は頂きませんよ。毎度申し訳ありませんが、今後ともお構いなく」
供されたのであれば、どのみち消費されるものなので、大抵の聖職者は茶くらい受け入れるものなのだが、ボロンはそれすらも良しとしていなかった。
これは賄賂や毒が全く通用しない相手となるので、グアンナームにとってはボロンの存在が悩みの種だった。
「これは失敬を。いやはや、お変わり無いようですな──」
そう言いながら椅子に座り、ボロンをじっと見ながら言葉を続けた。
「──それで、今日はどのようなありがたぁいお話をして頂けるのでしょうか……」
ボロンの耳にもわかりやすく聞こえたが、グアンナームは心底つまらなそうに、そう言った。
グアンナームが、聞く耳を持たないであろう事は分かっていたが、まさかここまで露骨な態度をとられるとは、思ってもいなかった。
いやに据わったグアンナームの目から、今までに感じた事の無い冷たい感情を読み取れた。
「卿、どうやらオーブの囁きは最早いらないようですね。しかし──」
そう言ってボロンが席を立つと、合わせるようにグアンナームも起立した。
グアンナームは、腰に下げた剣の柄に右手を重ねて、それ以上話を続けるなと、ボロンを脅していた。
ボロンは怯まず話を続けた。
「──我らの要求は聞いて頂きます」
ボロンがカッと目を見開いた。
「領民全てにオーブを奉らせなさい。直ちに!」
それを聞いたグアンナームの顔は、たちまち真っ赤になった。
今までにない程に怒り狂ったグアンナームは、たまらず剣を抜いて、良く磨かれた机に突き立てた。
「断る! 信仰は我が領民の胸の内にあるものだ! 無理やりに改宗させたところで何になるというのだ!」
グアンナームの口元は、作られた笑みではなく、怒りで吊り上がっていた。
鬼の形相を相手にして尚、ボロンは退かずに食って掛かった。
「全てはオーブの意志なのです! この地はすでにオーブ教に忠誠を誓ったはずではありませんか! ならば、従ってもらわねば!」
グアンナームは、激しく首を振ってから、ボロンを指差した。
「それはオーブの意志などではない! 国教を政に使っているだけではないか! 異端を理由に、兵を送り込もうと言うのだろう!」
剣の柄を握るグアンナームの手の震えが、怒りの臨界点を教えてくれていた。
それでも、ボロンはお構いなしだった。
「それらも全てはオーブの意志です!」
自ら考える事を放棄した狂信者の言葉であり、グアンナームのボロンを嫌悪する気持ちが、憎悪に変わる言葉だった。
二人の大声を聞いて異変を察知した執事と従僕が、慌てて応接室の扉を開けると、グアンナームが机に足をかけるところだった。
「そのような玩具の球で──」
グアンナームの罵倒を遮るように、ボロンは腰に提げていた
気持ちの良い鉄の音が部屋にこだまし、折れた刃が床に刺さった。
グアンナームは、支えにしていた剣を失って大きくよろめいた。
その瞬間を目の当たりにした執事は、グアンナームを助けるために、ボロン目掛けて飛び掛かった。
激昂したボロンは、手首を返して鎚矛を振り上げた。
「不信心者めがぁ!」
グアンナームは、ボロンの逆鱗に触れてしまったのだった。
「やめ──」
助けに入ろうとした執事は惜しくも間に合わず、強烈に顎を打たれたグアンナームは、向いてはいけない方を向いて倒れると、それ以上口を開くことは無かった。
「旦那様ぁ!」
執事は悲痛な叫び声をあげながらも、全体重をかけてボロンを押し倒した。
ボロンは力の限り鎚矛を振ったので、避ける事も耐える事も出来なかった。
「どうしてこのような事を!」
執事の問いかけに、ボロンは当たり前のように答えた。
「オーブの意志ですよ!」
信じ難い状況を目の当たりにした従僕は、血の気を失って立ち尽くした。
執事は、ただただ絶句するしかなかった。
騒ぎを聞きつけた使用人たちの足音が聞こえてきたので、ボロンは力任せに執事を押し退けて立ち上がった。
我に返った執事が、逃がすまいと咄嗟に足をかけたので、ボロンは転倒した。
「どうしてぇ!」
執事の叫び声が上がった直後にやってきた使用人たちは、気を失った従僕と、喪失した執事を見つけて、その奥に転がる顔の崩れた領主と、折れた刃に胸を貫かれた司祭に目を疑った。
床に転がる血に塗れたオーブは、蝋燭の光を吸って輝いていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
この日、グアンナーム子爵領は大変な騒動となったが、その話が語られる時に、ボロンの名前は挙がらなかった。
執事が使用人たちを説き伏せて、事の重大性を理解させたので、領内で司祭が死んだ事を喋る者がいなかった。
執事たちは教団と王国を相手に、知らぬ存ぜぬの無理を押し通すつもりなのだった。
そのために邪魔となるボロンの亡骸と遺品は、ボロンを始末するために雇った魔獣使いの力を借りて、その者の操る魔獣の胃袋の中へと収められた。
そうして肉体と精神を失ってしまったボロンであったが、その魂は持っていたオーブの中に残っていた。
オーブに囚われたボロンの魂を震わせる、何者かの魔性の声があった。
「え~、おじさんってば転んで死んじゃうなんて、だっさぁ~♥」
源流が狂信とは言え、司祭にまでなったボロンだからこそ、この声の主が真なる悪魔である事を見抜いていた。
「貴様は……魔界都市メッツ・スガキヤの悪魔マロビデルですね?」
声の主に魂を共鳴させながら、ボロンは悪魔の真名を唱えた。
真名を知られた悪魔マロビデルは、数刻の沈黙の後に声を震わせながら答えた。
「魂だけで会話するのカッコわる~♥ というか、声だけで特定しようとすんのキショすぎ~♥」
虚勢を張った悪魔の精一杯の抵抗であったが、無意味であった。
ボロンは無慈悲にも、真名を使った詠唱を開始した。
「悪魔マロビデルへ、ボロンの名において命ずる、我に再びの生を!」
人知を超越する悪魔であるマロビデルには、叶えられなくもない願いであった。
しかし、ボロンが真に思った形での実現は出来ず、マロビデルもまた、望まぬ形で実現せざるを得なかった。
「ヤダヤダヤダヤダっ! あたしもっと自由に生きてたいのに~っ!」
真名を唱えられたマロビデルは、ボロンの望みを叶えるために、力を行使するほかなかった。
ボロンを飲み込んだ魔獣の肉体と、悪魔マロビデルの精神は融合し、ボロンのための新たな身体が誕生した。
真っ黒な短毛を全身にまとった、人の形をした雌犬の身体の中に、ボロンの魂が定着した。
「おお、再びこの地を踏めるとは! これもオーブの意志に違いないでしょう!」
竹ぼうきのような尾を振りながら、感極まったボロンの発した言葉は、犬の唸るような音が混じった女の声だった。
ボロンは感動ばかりで、自分の声や性別の変化には気づいていなかった。
一方で魔獣使いは、操っていた魔獣を失ったという事を理解していた。
「俺のマッドドッグちゃんがぁ! ばっ、化物めぇ……!」
腰を抜かした魔獣使いが、自らを奮い立たせるために声を搾り出しながら、粗末なナイフをボロンに向けていた。
その手は哀れなくらいに震えていて、今にも倒れそうなくらいに、激しく肩を上下させていた。
その様子を見たボロンは、にこりと微笑んで優しく言葉を発した。
「迷える魂よ、オーブの導きがあなたを救います」
全くの善意から取られた行動であったが、魔獣使いには犬頭の悪魔が牙を剥いて、死を宣告してきているようにしか見えなかった。
ボロンの精神が持つ善意とは裏腹に、悪魔マロビデルの精神は悪意に満ちていた。
「小汚いおじさんってば、腰抜かしちゃってだっさ~♥ お尻にぶち込んで、ずったずたに引き裂いてあげるね~♥」
ボロンとマロビデルという二つの精神は、同じ口から全く別の言葉を紡いでいた。
マロビデルの言葉に呼応するようにして、女体となったはずのボロンの身体に生えていた男のそれが、みるみるうちに膨れ上がっていった。
天を衝くようにそびえ立ったそれは、まるで巨大な馬の物のようで、魔獣使いの顔に影が差すほどだった。
「ひっ、ヒイッ!」
自らの身の危険を強く感じた魔獣使いは、ナイフを取り落として、這ってでもその場から逃げようとした。
「むりむり♥ そんなんで逃げ切れるわけないよ~♥ あきらめちゃえ♥」
マロビデルの精神が、魔獣使いを追い込もうと思ったとき、ボロンの新たな肉体は、前方によろめいて膝をついた。
その豊かな胸と、巨大な陰茎によって偏重した重心が、歩きだそうとしたボロンの体勢を崩したのだった。
ボロンは元々男であったから、大きな胸のせいで重くなった上半身に困惑していたし、それでなくとも揺れる巨大な棒を持て余した。
ボロンは身体を上手く動かす事ができずに混乱していたが、それは悪魔に操れられての行動だという事を理解したので、すぐに精神統一をすることで落ち着きを取り戻そうとした。
「ン禁欲ゥ~~~ッ!」
その低い唸り声を聞いた魔獣使いはしめやかに失禁すると、感覚が戻らないままの下半身をしゃにむに動かして、出来損ないの木馬のように身体を揺らしながら逃げて行った。
「あーあ、つまんなぁい♥」
うってかわって甘い声色がボロンの口から漏れ出ると、目の前には深い森だけしか映らなくなっていた。
興味を失ったマロビデルが完全に沈黙したので、徐々に仰角を下げていった男のそれが、元の大きさへと戻っていった。
精神の支配が解かれたボロンは我に返ると、自らの肉体に宿る悪魔マロビデルの精神を知覚し、思わず歯を食いしばった。
「おのれ、悪魔めぇ……」
ボロンは静かに思考を巡らせた。
(この身体は自分の物ですから、悪魔に操られる事はあり得ないはずですが……精神に干渉されてしまったのであれば、自分の意志が捻じ曲げられてしまうかも知れませんね)
さっきのように少しでも欲が出ると、再び悪魔に操られてしまうに違いないと、ボロンは結論した。
「性欲に溺れるなど! 恥ずべき事です!」
自分の未熟さを恥じたボロンは手近な木の枝を手折ると、鞭の代わりとして自らの背中に打ち始めた。
毛皮に阻まれて罰とはならなかったが、ボロンの自戒の念は強まった。
「今日の出来事をお父様に伝えなくては」
ボロンは、消化されずに残っていた礼服を拾い上げて着ると、その袖で愛しそうにオーブを磨きながら、司教の元へと帰る事にした。
月明りに照らされたオーブは、怪しげな輝きを放っていた。
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