三度の告白——たとえ少女に歪んでも理想の恋を——

佐倉はつね

プロローグ 少し未来の帰り道を彼と二人で

 雨の日の帰り道、二人の少女が一つの傘に隠れて歩いている。少し大きめの黒い傘に並んで入る二つの影は、お揃いの青いチェックのスカートを揺らしながら。



 傘を持つ少女は、セミロングの髪の毛を一本に束ねており、それが楽し気に揺れている。十月に差し掛かり多少は冷え込んでき始めたが、彼はまだ長袖のブラウスに学校指定のカーキのベストといった出で立ちであった。彼の胸元はスカートと同色の、一年生を意味する青のリボンで彩られている。


 傘に入る少女は、肩にかかるくらいの髪をハーフアップに纏めている。こちらは彼とは対照的に、カーキのブレザーを着こみ、首回りには青いネクタイが巻かれている。


 二人の通う高校はある程度自由に制服を組み合わせられるため、彼女たちは思い思いの服装で通学している。

 そんな中、一部の生徒たちに伝わる目印の様なもの。ネクタイを巻く女子生徒は彼氏持ち。

 その例に漏れず、彼女は、彼女たちは恋人同士であった。



「ありがとう、私の傘が盗まれたばっかりに」

 私は隣を歩く"彼氏"に感謝の気持ちを伝える。彼はかわいらしい笑みを浮かべながら、「別に」と吐き捨てた。当て付けのようなその言葉に、私たちは顔を見合わせて笑い出す。

「わざとでしょ、それ」

 確信をもって、私は恋人を問いただした。かつての——男の子だった頃の——私の口癖。それを彼は意図的に使ったのだ。その証拠に、彼は楽しげな声で弁明している。

「ごめんって。でも、"先輩"ならそう言いましたよね、きっと」

 昔を懐かしむようなその口調、その言葉に「そうだね」と返す。先輩、ずいぶんと懐かしい響きに聞こえる。久しぶりにそう呼ばれた。

 ”俺”が”彼女”に先輩と、そう日常的に呼ばれていたのは一年も前の事。


 まだ一年と言う気持ちがある、この体に生まれ変わってまだ一年。しかしその間に私の人生も大きく変わった、変わってしました。


 性転換症、あるいは性反転症と呼ばれる病気がある。厳密に言えば病気かどうか定かではないこの現象は、文字通り発症者の性別を不可逆的に変化させてしまうものだ。

 いや、決して元の性別に戻らないという訳ではない。おおよそ二から三百人に一人の割合で生まれる反転者――性転換症患者の通称――のうちのごく少数、国内では数百名程度が再度の性転換を経て生まれつきの体に戻っている。

 一度目の性転換は、四パーミルほどの人間が経験するということもあり、目にする機会は——当人が隠している場合も多いが——少なくはない。


 実際私も反転者なわけだし、恋人である彼もそうだ。私たちは見た目こそ女同士の同性愛であるが、ある意味では男同士でもある。もっとも、私は多くの反転者と同じように今の自分を受け入れている——諦めているともいう——わけだが、彼はそうではない。

 一割程度の反転者は新しい体を受け入れることが出来ずに、体を医学的に元の性別に変更する——こちらは移行者と呼ばれる——か、それこそ自ら命を絶ってしまう。もう一度反転する、そんな奇跡を、希望を信じることが出来ずに。

 私自身も当初は、「片思い中の女の子と同性になる、彼女と付き合えなくなる」、そんな現実から逃れるために自らの手首を切りつけた。今となっては懐かしい思い出だ。

 あれからもう一年たったのか。


 もう一年と言う気持ちがある、この体に生まれ変わってもう一年。だからその間に私は俺から私になった、なっていった。


 決定的だったのは女として見られること、そしてそれでも男として見られること。男女どちらからも”異性”として扱われる、そのくせ都合がいい時だけ”同性”として接してくる。そんな生活の中で孤独感と、嫌悪感だけが募っていった。

 そういう意味では、身近に”経験者”がいてくれたことが大きい。結果的にバレてはしまったが、なるほど確かに助言の通り隠していて正解だった。反転者と知られる前は、ごく普通の女子として紛れ込めたのだから。発症後に引っ越す、そんな選択肢を取る例が多いのも納得の話だ。


 まあでも、結果的にはこれでよかったのだろう。軽い男性恐怖症と引き換えに、かけがえのない親友たちや、共に歩んでゆく恋人に巡り会えたのだから。


 記憶の中の、一年前の私はまだ男だった。

 彼のことは女の子として好きだったし、彼女のことを男として好きだった。

 そんな時代の私を辿り、「ああ、あの頃の俺ならそう返してた」、埋もれてしまった過去の自分を掘り起こす。口に出してみると、思いのほかすんなりと口に馴染んだ。

 でも。


「なんか、似合わないね」

 彼の言う通り、それでも今の私の言葉ではないのだろう。

「私もそう思う」

 どこか違和感があった。卒業した母校を訪れたみたいな、そんな違和感。かつての日常と、今の生活が明確に変わってしまった、そんな喪失感。

 でも、同じように。

 中学生かこの自分が高校生いまの自分を作るように、男の子かこの俺が女の子いまの私を作るように。

 変わってしまっても、それは確かに根付いている。たとえ見えないような形でも。


「うん。やっぱり、今の口調の方が私って感じがするね」

「そりゃそうでしょ。すっかり、女の子に染まってるみたいだしね」

 そういって彼は、私の全身を観察する。どこにでもいる、普通の少女と化した、今の私を。

 彼氏よりも短い私の髪が、数少ない男だった時代の名残と言えるかもしれない。これもいづれ、消えてしまうのかもしれない。……盗まれた傘と同じように。


 そんなことを考えていたからか、無意識に「傘」と口に出していた。

「そう言えばさ、あの傘って、あの時の?」

 彼が食い付いた。その言葉に私は、「そうだよ」と返す。


 彼と、彼女と初めてした会話。その日の記憶がよみがえる。

 あの時の俺は、今の私をどう思うだろうか? わからない。けれども。

 今日の私は、あの日の俺に感謝の気持ちを送りたい。

「あなたのおかげで、今の私がありますよ」と。


「そっか」

 彼は何かを納得したような言葉をつぶやくと、私の顔を覗き込んだ。

「次の日曜日さ、買い物に行こうよ。結局あの傘の代金、受け取ってくれなかったわけだし。ぼくが新しいのを買ってあげる」

 いつものように、お出かけのお誘い。普段の私なら、きっとすぐに返事していただろう。「わかった」と。

 でも、その言葉は、とっさには出てこなかった。その日は既に予定がある。

 

「ごめんね、その日は”デート”なんだ」

 親友の顔が、言葉が、頭によぎる。

 その意味ありげな単語に、当然ながら反応する少女が一人。


「なにさ、デートって。恋人であるぼくを差し置いて、ぽっと出の男と浮気だなんて、許さないからね」

 半ばこうなることはわかっていたが、あえてその言葉を使った。きっと彼女がこの場に居たら、同じことを言うのだろう。言い出したのはあっちだし。

「違うよ、私が浮気なんてするはずないでしょ?」

 彼に近寄りながら、そう紡ぐ。ただでさえ一つの傘の中、密着するような形になる。二人の体温が、気持ちが、混じり合う。


「女の子同士で遊びに行くことを、デートと称するだけだよ? 二人でスイパラに行くんだ」

 そんな私の予定を聞いて、彼は苦々しい表情を浮かべる。スイパラ、その言葉でデートのお相手を特定できたのであろう。

「……あの女ぁ」

 吐き出される苦し気な声に、私は思わず噴き出した。

「あの女、って。仮にもあなた、従姉でしょ」

「従妹だからって何さ。泥棒猫には変わりないよ」

 息を荒げる彼に、「じゃあ一緒に来る?」と誘う。

「女子会プラン、ってのがあってね。なんと普段より三割も安くなるの」

 笑顔で告げる私に、彼は葛藤するような表情を浮かべる。

 やがて結論が出たのか「……行かないよ」と。

 うきうきとした私とは対照的に、彼の声は沈んでいる。

 それもそうだろう、デートの誘いを断られた上に、”女子会”に誘われたのだから。彼としては複雑な気持ちになるのも理解できる。

 それに、彼が甘いものを苦手なことも私は知っている。


「……もう、ゆうかなんて嫌い」

 だから、彼がそんなすねたような声を出すのは当然なわけで。

「そう? 私は湊音みなとのこと大好きだよ?」

 からかい半分、本気半分でそうささやくと、「ずるい」とのうめき声が聞こえる。


「ふふ、女の子はね、ずるい生き物なんだよ」

 そういって笑い、傘を持つ彼の手に触れる。ピクリと反応するのが、可愛かった。

「例えば、彼氏がプレゼントを選んでくれる、ってことならさ。理由を付けてでも、今すぐ一緒に買いに行きたくなるくらいには、ね?」

 言外に、想いを伝える。それを正確にくみ取ってくれたのだろう。

「じゃあさ、今からデートしよっか」

 彼の言葉に、私は笑顔で頷いた。



 これは私――鮎川あゆかわゆうかこと鮎川雄介あゆかわゆうすけ――と、彼――桜川湊音さくらがわかのんこと桜川湊音さくらがわみなと――、二人のお話。

 これは女の子になった男の子と、男の子だった女の子の恋のお話。




「ねぇ? 本当に、浮気とかじゃないよね?」

「安心して? ほら、私が"本当の意味で"女の子になったのは最近だからさ。デート用のお洋服を星奈せなに選んで貰うの。冬服、かわいいの持って無いし」

「なら良いんだけど」

「今度のデート、楽しみにしててね?」

 隣を歩く彼氏に、私は抱きついた。


concluded.




Afterword

 初めまして、佐倉はつねと申します。筆名の由来は女性に生まれていた場合の名前の候補からです。四月生まれだからさくらは安直じゃないですかね、母上?

 さて本作はTS百合を書きたくなったので生成された文章です。良いですよね、TSF。

 女の子になったんだからとお母さんが買ってくれたスカートを、「俺は男だ」と捨てるTSっ娘とかいいですよね。それで女の子に染まってきた段階で過去がバレて「男なんだからこれはいらないよね」とクラスメイトにスカートを捨てられて欲しいですよね。これはそんな感じのお話です。まあ、プロローグの雰囲気からバットエンドにはならないとわかってくれると信じていますが。

 このお話はTS百合ですが、TSしてゆく過程を描くつもりです。しばらくは語り部の雄介君がまだ雄介君しています。1クールのアニメだと5話くらいにTSする構想になっています。……遠い。

 さてと、拙作ではありますが、お付き合いいただければ幸いです。それでは

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