勇者一行の心理カウンセラー

ヤツヤツスタジオ

第1話 勇者一行の凱旋

 王国中が歓喜に包まれていた。

 魔王軍四冥将の一角シリウスが倒されたという知らせに、街はお祭り騒ぎだ。

 人々は勇者たちの凱旋に、祝杯を挙げる。

 花火が打ち上げられ、賑やかな笑いが夜空に響き渡る。


「ありがとう! ありがとう、勇者様!」

「あなたたちのおかげで平和はもう目前だ!」


 アルフレッドたち勇者一行も、街の中心で笑顔を見せていた。

 祝杯の言葉を受け取る度に、彼らは手を振り勇者らしく振る舞った。


「勇者アルフレッドとその一行に、祝杯をあげよう」

 勇者たちの偉業を讃える式典で、私は国王からの褒美を彼らに渡した。

「ありがとうございます。賢者ソフィア」

 彼らは膝を突き、深く頭を下げ、褒美を受け取った。

 私はソフィア。見た目こそ少女のままだが、エルフとして1000年以上を生き、賢者と謳われ5世紀。人々からは勇者に勝るとも劣らぬ尊敬を集めるが、賢者どころか愚者である。


 夜が更けても、人々の歓喜の熱は下がらなかった。

 勇者たちはいつまでも皆に囲まれ讃えられた。


「シリウスは強かったですか?!」

「なあに、俺ほどじゃあなかったよ」

「次は四冥将の誰を倒す予定ですか?」

「近いうち分かるよ。次の宴もすぐさ」

「俺も勇者様のように強くなるにはどうすればいい?」

「いっぱい食って、いっぱい寝て、母ちゃんの言うことを聞くこと!」


 勇者アルフレッドは笑顔を絶やさなかった。

 それが人々の希望になると知っていたから。


「今朝帰還したばかりだぞ、そろそろ勘弁してやれ」


 惜しむ人々の声を背中に、私は勇者アルフレッドを連れ出した。

 夜の喧騒を抜けて、私たちは街の路地裏のその部屋に訪れた。


 木製の扉を閉じると、外の喧騒は遠のき、静寂が広がった。

 その部屋は狭い階段を登った2階にあった。質素で狭かったが、形容しがたい居心地の良さがあった。

 柔らかなクリーム色の壁と、ランプの光に包まれた木造の部屋で星乃は勇者アルフレッドを待っていた。


「アルフレッド、お疲れ様」


 清潔感のある洋服に、肩まで伸びた黒髪を一つに束ねている。

 まだ若いヒューマンだが、彼女には人を落ち着かせる不思議な雰囲気があった。

 それは彼女の職業によるところではなく、彼女の生まれ持った気質に思えた。


「ソフィアさんもありがとう」

「勇者を連れ出すなど私にしかできないからな。気にするな、私は君の弟子だ」

「1000歳年上のお姉さんが弟子なんて荷が重いよ」


 星乃は困ったように笑いながら、私たちを迎えいれた。

 勇者アルフレッドは、星乃と対面したソファに座ると、堰を切ったように涙を零し始めた。


「カイルを失った……」


 彼は嗚咽を漏らし、震えていた。

 つい先ほどまで、武勇伝を語り人々を鼓舞していた勇者とは思えなかった。

 星乃も悲痛な気持ちが顔に出ていた。


「うん、聞いたよ。私もまだ信じられない」

「あいつとはガキの頃からの仲なんだ」

「うん、カイルもそう言ってたよ」

「腕の良い射手だったけど、あいつより腕の良い奴は何人もいたんだ」

「そうだったんだ」

「あいつを魔王討伐に、勇者一行の一人に誘ったのは俺だ」

「うん」

「俺がカイルを殺したようなものだ」


 勇者アルフレッドの悲しみは計り知れなかった。 

 罪悪感ほど苦しいものはない。勇者アルフレッドの心中を思うと、私は耐えられず、つい二人の対話に口を出した。


「気に病むな、アルフレッド。奴自身が選んだ道だ」


 しかし、星乃は私を見つめると首を振り、私を嗜めた。私は口をつぐんだ。


「自分が勇者一行の仲間に誘ったから、カイルは死んでしまった。だから自分のせいだ。アルフレッドはそう思ってるんだね」

「……ああ」

「そっか。もし私がアルフレッドの立場だったとしたら、同じように感じてしまうかもしれない」


 星乃は勇者アルフレッドの目を見て、彼の話に真剣に耳を傾け、共感を素直に口にする。

 これを『傾聴』というのだと、かつて星乃は語った。

 自分の話を真剣に聞いて貰ってることを実感させ、安心感と信頼を覚えて貰う。しかし、それは嘘をついて相手に同調すること指すわけではない。あくまで本音で話さなければ、クライエントの信頼は得られないと星乃は言った。

 これは『心理カウンセラー』がカウンセリングを行う上で最も重要なことだという。


 そう、天野星乃は異世界から迷い込んだ『心理カウンセラー』だった。

 『心理カウンセラー』とは、心の悩みを抱えたクライエントの話を聞き、心の回復を助ける仕事だという。

 我々の世界にはない職業だった。


 異世界からの転移者は稀に現れ、王国は半世紀ほど前から、彼らの技能を魔王討伐に活かそうと考えた。

 しかし半世紀、これといった成果は認められず、その政策は打ち切られようとしていた。

 そんな時に現れたのが『心理カウンセラー』の天野星乃だった。

 目に見えないその技能は、誰にも期待されなかった。もちろん国王も懐疑的だったが、私はその技能に可能性を見た。

 私の進言で、天野星乃は勇者一行担当の『心理カウンセラー』に任命されたのだった。


「何が勇者だ。俺が殺したも同然だ……それも唯一の親友を」

「辛かったね、アルフレッド」


 なるほど、他人がいくら当人の罪悪感を否定しても、それが消えて失われるはずもない。

 罪悪感の存在ごと共感し受け入れてやった方が、当人にとって楽なのだろう。

 正論が必ずしも、その人の心の助けになる訳ではない。

 気に病むな、奴自身が選んだ道だ、という私の言葉は今の彼には届かなくて当然だろう。


「カイルは君の一番の親友だったんだから、尚更だよね」

「本人の前で、親友なんて口にしたことはなかった。あいつも、俺も」

「へえ、どうして?」

「どうしてだろうな。照れ臭かったのかもな。でも、俺が背中を預けられるのはあいつだけだった。どんな歴戦の戦士よりも、あいつに背中を守って欲しかった」

「君にそんなに信頼されていただなんてカイルも喜んでいたんじゃない?」

「……その俺の身勝手が奴を死なせたんだ」


 勇者アルフレッドは自暴自棄になっていた。どんな言葉も自分を責める材料に変換させてしまう。

 しかし、このような精神状態で再び、勇者アルフレッドを戦場へ送るのは危険だ。

 星乃のカウンセリングが彼らの生存確率に影響を与える。私はそう確信していた。


「アルフレッドは、カイルもそう感じていると思うの?」


 それは一見、残酷にも思える問いかけだった。

 勇者アルフレッドはしばしの沈黙を経て口を開く。


「……あいつは絶対に誰かを恨んだりはしない」

「うん」

「でもそれが俺が俺を許す理由にはならない」

「知ってるだろうけど、私はカイルのカウンセリングも担当してた。カイルから君の話もよく聞いていたよ。彼はよく君の話をしていた」


 勇者アルフレッドは頭をあげ、濡れた瞳で星乃を見た。

「カイルは、なんて言ってた?」

「アルフレッド、はじめてのカウンセリングの日に説明したよね。カウンセラーには守秘義務がある。私はここでの会話を、カウンセラーの誇りにかけて、絶対に口外しない」


 そう、カウンセラーはクライエントに対して、守秘義務がある。

 仮に殺人や国家反逆を自白したとしても、星乃は決してそれを明かさない。

 それがなければ、彼らが本音を話すことなどあり得ないからだ。


「だから、私はカイルの気持ちを代弁しないし、予想もしない。『カイルは天国で君を誇りに思っているだろう』なんて慰めも言わない」

「ああ、わかってるよ。だから、俺はあんたを信用しているんだ」

「考えて、アルフレッド。あなたが自分で考えるの。君の心の中で、カイルはあなたをどう思っていたと思う?」


 心の傷は、肉体のそれよりも深刻で、どんな偉大な魔法使いも回復させる術を持たない。

 だから、彼女が回復を手伝う。あくまで手伝う。

 心の回復は当人でしか成せないからだ。


 勇者アルフレッドは国民だけでなく、仲間にすら、完璧な英雄を演じている。

 決して弱音を吐かず、どんな危機でも諦めない。勇者とはそういうものだと、幼少から教育されていた。

 勇者アルフレッドが本当の自分を見せられるのは、世界で唯一、この場所だけだった。


 心理カウンセラー天野星乃と、勇者アルフレッドの心理カウンセリングが始まった。

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