ジーナを巡る冒険
喜見でした。
──Dear ぬりやくん.
同じ事が前にもあった。思わずそう感じて部長からの置手紙を一度閉じた。
既視感、デジャヴ。これはとても厨二心を擽る言葉だ、と思う。それは単なる勘違いか、不完全な記憶が呼び起こす感傷に過ぎないのかも知れない。でも「こんな事、前にもあったぞ」とか、「この場所に、見覚えがある」なんて台詞だけで、何か一本書けそうな気がするじゃないか。
世代ど真ん中ではなかった空飛ぶ鬼っ娘アニメの、某有名監督回。控えめなBGMの中、茹だる暑さに陽炎立つアスファルト。引き画面から始まる、あの白昼夢感と言ったら。
話の筋は覚えていないが、繰り返し繰り返し目蓋の裏に今も浮かぶ映像。稲妻に打たれたように鮮烈に記憶に焼き付けられたのだ。そして夏のアスファルトに、浮かぶ逃げ水を見つけるたびに既視感と、付随する郷愁を呼び起こす。
だからイマジナリーとは言え、いやイマジナリーだからこそ、部長の手紙の書き出しは、その続きに孕む郷愁を伝えてくる。郷愁とは心の奥底に沈殿し、体を蝕む劇薬なのだ。
心してもう一度、置手紙を開いた。
さて、こんな妄想たっぷりで始まった、これは部長を見送った日の午後のお話。
部長は午前中に、文学フリマなるイベントに出発して今日から不在。
折からの台風の影響で、雷鳴が響く中、長距離バスに乗り込む部長を雨のバス停で見送った。
まあ、だったら今日から休みでいいじゃん、とならないのがイマジナリー文芸部。手抜きは許さないっちゃ。とかなんとか。
本来ならば8月の振り返り辺りで最終回、の予定だったがキャラが立ち、自由に空を飛ぶような部長が、用意周到に置手紙を残してくれた。
それが、これ。
──Dear ぬりやくん.
改めてキミに手紙を書くなんて、ちょっと緊張しちゃいますね。そんなわけで、書き直したこれは4枚目。
キミがこれを読んでる時、私はとても遠くにいます。キミはさびしいかな? 私は、すごくさびしいよ。
でも、キミのことだから、今頃こんな手紙を読んで、次のお話を妄想してるんじゃない?
私の手紙を読みながら、他の小説の事考えるなんてデリカシーないぞ。
そんなキミには罰として、ひとりで部誌の編集してもらいます。なんてね。罰と言うのは冗談で、これはキミにとっての卒業だからね。他意はありません。
それでは、お元気で。
キミのお世話好きだった部長より。
P.S. 言おうかどうか迷ってたけど、好きだったのは小説の事だけじゃなかったんだぞ!
これはなかなか難易度が高いぞ、と思った。
もちろん、このあと控える文化祭の部誌の事もだが、手紙ひとつでいなくなる部長の淋しさや、その愛情の深さを表現すると言うのは、なかなかの難易度。さて、いかがだったろうか?
まずは、やはり書き出しの「Dear」。これは外せない。敬語になったりタメ語になったりゆらゆら揺れる距離感や、あざといばかりに語尾には「ぞ」。
そしてここぞと言う時のデレデレに「キミの」をつけた差出名は、落雷級ではないだろうか。
トドメは「PS」と、手遅れ感のある匂わせ。
よし良い、感電。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます