書いてみました。

「書けないんだっけ?」


 とイマジナリーな文芸部の、イマジナリーな部長が聞く。仕事から帰り自室に······いやここは高校の文芸部の部室で今は部長とふたりきり。

 机をくっつけて部長と向かい合わせに座る。他の部員は来ていないが、入部したてなので部員が何人いるかもわからない。

 書けないんだっけ? そう聞かれてここまで、既に筆が走っていない。

 黙っていると向かいに座る部長が眼鏡越し、目の奥を覗き込むような視線を寄越す。窓の外からは、吹奏楽部の音合わせが聞こえて来る。そうだとかなり良い。


「書けない感じ、具体的に説明できる?」

「えっと、いつも通りに書き始めてみるんですが、だいたい500文字くらいで続き書けなくなるんです」

「ふむふむ」


 部長は半袖から伸びた手を組んだ。文化部だけあって、8月下旬だというのに部長の腕はさらっと白い。


「どうして続き書けないのかな?」

「うーん、なんて言うか、のらないと言うか」

「ちょっと今、書いてみてよ」


 なかなか無茶振りだな、と思う。ここまでで400文字くらい。あと100文字も書いたらこの話も、もう終わりじゃないだろうか。

 そんな風に思っているのを知ってか知らずか部長は、組んでいた手を解き、机に肘を、両手のひらで頬をつく。ひとつ息を吐き、スマホを取り出し目を瞑った。


「行きます」



 風がふっ、と燕子花の頭を揺らし、そのまま僕たちを通り抜ける。切り揃えられ青々とした下草に、敷いたラグがぱたぱた捲れ、先輩が両手でそれを押さえた。それを見越して僕は、先輩の被ったつばの浅い帽子を軽く押さえる。藤棚からは、小さな花びらがぱらぱらと降って、薄紫色の雨粒みたい。薄く雲の張った空は湿気を孕んでいて、眩しくもないのに僕たちは、目を細めて見合った。

 風が去ると、先輩は皺になったラグを優しく丁寧に撫でて伸ばす。同じように帽子を押さえた僕の手で、先輩の髪ごと撫でてもいいのだろうか。

 結局動かせずにいると、先輩が「ありがとう」

と口の端をにっ、と上げ、僕はゆっくり手を降ろす。



「うーん······」


 ここまで書いてギブアップ、とスマホを机に置いて両手を上げる。部長はどれどれ、と人差し指でスマホを回転させて、今書いた文章を覗き込んだ。

 書いた文章を人に見せる時は、不安と期待が6対4くらいの割合で湧き上がる。こちらは素人同然、自信はそもそも持ち合わせていない。

 両手で頬をついたまま、部長はスマホに目を落としている。短い文章だから、スクロールする必要もない。


「ふむ······で?」

「そうなんです。で、なんです」


 そうなんです。前奏みたいなのを書いた所で「で?」となってしまい手と思考が止まる。目の裏に浮かんでいた風景は、雲散霧消に散り散りになる。


「テーマみたいなのがないから?」

「そう思って自主企画を漁るんです。今のは『失恋』をテーマに書き始めたんですけど」

「まあ、頭だけ読んでもわからないよね」


 部長はそう言って慰めてくれるように笑う。

 イマジナリーなので、部長は優しい。

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