記憶をなくした悪魔と幼稚園児らしい女の子

ZZ・倶舎那

第1話 記憶をなくした悪魔は・・・

 記憶をなくした悪魔が、古びた新興住宅地で途方に暮れていた。空は晴れわたり、太陽は頭上にあった。まっ黒な背広の内ポケットを探ると、住所らしきものが殴り書きされた紙片が出てきた。


 非常停止した観覧車。最上部で停まったゴンドラからは、向かい側の丘の上に建つ給水塔がよく見える。あれはね、緊急脱出用のロケットなのよ、と同乗していた幼稚園児らしい女の子は言った。


 町はすっかり暮れてしまい、街灯が照らすほの赤く円い領域以外は、漆黒の闇に塗り潰されている。その明かりの輪の一つに、夏だというのに青い手編みのセーターを着た十歳くらいの男の子が立っている。記憶をなくした悪魔は闇と同化していたが、明かりの輪の中にぬっと姿を現わし、男の子に向かって手を伸ばしてみる。


 市役所の一階、東北隅にある食堂。窓際の席でタマネギばかりのカレーを食べ終えた記憶をなくした悪魔は、駐車場の向こうにある公園に目をやった。木立の向こうでランナーがコトリと倒れた。


 紙片に書かれた住所は、老夫婦二人だけで操業している造花工場のものだった。記憶をなくした悪魔が紙片を見せると、老夫婦は首を横に振った。悪魔は肩をすくめ、紙片に息を吹きかけた。紙片は燃えて宙に舞い上がった。


 手がかりをなくした悪魔は、丘の上の給水塔のところまで登ってみた。近くで見ると給水塔は錆だらけで、少し傾いてさえいる。悪魔は苦笑して、塔の基部を蹴った。すると、最上部の紡錘形のタンクがはずれて飛び上がり、ネズミ花火みたいにくるくる回りながら雲の上へ飛び去っていった。

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