「強化ポーションとA級試験」③
3週間後
コトワリは毎日2度の気絶を経てどうにかスキル強化ポーションを使いこなせるようになった。全て逃げ出そうとする彼を代わる代わる捕まえて、特訓場まで引きずり戻してくれたクラン員達のおかげである。
「じゃ、最終調整しよっか」
明るく言うティトンを筆頭に、4人の仲間と盟主までもがコトワリを囲んだ。
特訓に加えて毎日ポーションを作り続けていたせいで、体力もハロもカツカツ、どことなくぐったりげんなりした様子の彼が定位置に付く。
「まずは威力と速度。最大に調節しろ?」
クエルクスの指示。コトワリは頷くでもなくポーションを飲むと、カバンから試験管を出して指先で水を操る。試行錯誤の結果、ビー玉大の水滴を、サイドスローで投擲する形に落ち着いた。
左手で作業を行うコトワリの右手で、ハロが淡く輝く。音もなく飛び立った水滴は、小さな音と共にマトに命中。
「まずまずだな」
頷きながら、クエルクスが確認する。木材を貫通とまではいかないが、柔らかいものにならそれなりのダメージは与えられそうだ。速度もそこそこ。ただし、スピード重視の相手には通用しない可能性が高い。
「手に馴染めばもう少し出そうだね」
「今回は試験対策ってことで、コントロールに振ったからな」
ティトンとイロハも笑顔で頷く中、静かに見守っていた人物がすっと立ち上がる。
「では、魔獣役は私が引き受けよう」
盟主直々となれば全員が緊張するしかない。
小柄な盟主がてとてととマトをどかし、庭の中心に付く。彼はいつもの柔らかさを纏ったまま不敵に微笑むと、その姿を変貌させた。
真っ白で巨大な虎に。
ただ佇んでいるだけなのに、威圧に満ちた様相に一同が竦み上がる。傍らでPIYOを追いかけていたアロも、感嘆ながらに寄ってきて同じように固まった。
「みなさんは手を抜いてくださいよね。馬鹿みたいに強くちゃリハーサルにもなりませんから」
ここまで付き合わせてしまっているのに、毒が回って口調が強くなるのが多少心苦しいらしい。口数が少ないコトワリが言葉を発すると、軽い返事が木霊する。
ルールは簡単。
コトワリは練習用のインクを使い分ける。赤が攻撃、青が回復、黄色が支援だ。心配することなかれ。水溶性の顔料を使っているので簡単に洗い流せる。
盟主の額に赤インクを当てたら勝ち。因みにコトワリの全力水鉄砲を喰らった盟主の感想は「くすぐったいねえ」だったので、こちらもご安心頂きたい。
特訓しながら各々が考察した結果、一番大事なのは誤射をしないことだと結論づけた。今回の試験で共に戦うのは即席メンバーなので、特別神経をつかうことになる。
勿論練習途中で、回復枠も考えた。指先から直接かけられるなら、前もって味方に瓶を渡さずとも、コトワリ自身が凝縮ポーションを薄めて使うこともできるからだ。しかしそれでも、味方の被弾次第で耐久時間も大きく左右される。それならまだ、サポーター枠に分があるだろう。
「コトワリさーん、準備おっけー?」
屈伸がてらアロが尋ねた。コトワリが頷くと、先頭のティトンがハンマーを構える。
「それじゃ、盟主さん。お願いします!」
全員が配置につく。盟主はその様子を満足気に眺めた後、咆哮で答えた。
それだけで身体が痺れる。冷や汗が伝う。こんな簡単な試験の練習には勿体ない相手だと、コトワリは改めて思った。しかし戯言を言っている場合ではない。
早速駆け出したティトンが白虎の足元に印を打つ。その頭上に迫る肉球をクエルクスの盾が防ぎ、2人は弾かれるように後退した。
全員、いつもの数倍動きが鈍い。あからさまなような気もしたが、恐らく本気を出されたら部屋がもたない。盟主は1割も出していないだろう。
「コトワリ、指示出し」
「そうでしたね…」
このクランにいる限り、余計な指示を飛ばす必要などない為慣れやしない。ため息で愚痴を払い、コトワリは顔を上げた。
「ティトンさんは横から攻撃、クエルさんは正面を。アロさんは後ろに回って下さい。イロハさんは全体のカバーを」
因みに練習中、イロハの
コトワリが疲労で回らない頭を持ち上げると、盟主の身体が左右に揺さぶられる。よく見るとその背中にはアロがはりついていて、更には幸せそうに叫んだ。
「もふもふだー!」
「アロ、ずるーい!」
「おーい、みんな、真面目にな」
気持ちは分かるが…とイロハが呟くと、クエルクスもやんわり注意する。かくいうコトワリも責める気にはなれなかったし、もふられている盟主も楽しそうだ。
肩の力が抜ける。これは白羽のいいところでもあり。悪いところでもあるが、今回は前者だろう。
仕切り直し。
緊張で硬かった腕を広げて黄色のインクを飛ばすと、ティトンのギアが少し上がった。
走りざま、先程打った印に魔力を注いで発動させる。見事な火柱が空に上った。クエルクスが慌てて叫ぶ。
「こらティトン!火は禁止!雷もだ!」
「やばば」
髭を焦がしかけた白虎がアロを伴い後退する間にも、草原への引火をティトンが水で鎮火した。
今回、ダンジョンまでの移動時間を惜しんでクランルームの庭を使っているため、加減が分からないのだ。
それすら愉しむように再び立て直し、構える。
背中から離れて背後に立つアロと、正面のティトン、左横のクエルクス。最後に右側のイロハとコトワリを、盟主の瞳が見渡した。
360度警戒を怠らない様子に、場が暫く硬直する。
じりじりと、それぞれが横に数歩移動した辺りでイロハが矢をつがえた。それを合図に3人が距離を詰める。
白虎は向かい来る全てを身体の回転で薙ぎ払い、追加で放たれた矢を器用にも手足で地に叩き落とした。その間数秒。狙いなど定まるわけもなく、コトワリは構えを緩める。
一番最初に着地したクエルクスが右前脚の標的になった。盾を発動しながらも弾かれた彼に青インクを飛ばす。
その間、着地からカウンターを狙うティトンにアロが便乗した。頭上からティトン、尻尾側にアロ。左正面では立て直したクエルクスが地面を蹴る。
3人の動きを認めた盟主は頷くように鳴いた後、全員の視界から消え失せた。
「な……??」
影が落ちる。見上げると白いもふもふが空の光の中に浮いていた。
跳躍。高い。
3人が攻撃から退避へ体勢を直した数秒後、白虎の着地と同時に地面が鳴き、震えた。サイズが違えば毛玉で遊ぶ猫のようだが、笑えないほど恐ろしい。
「同時攻撃は駄目です。一人ずつ、順番に!」
地面に転がりながらコトワリが告げる。反論がないことを不思議に思い、立ち上がった頃には指示通りに盤面が動いていた。
まずはクエル、弾かれたところに後ろからアロ。盟主が気を取られた隙に横からティトンが水を、次に上からイロハの矢が降る。
コトワリは自分が白虎の死角に入ったのを確認し、気づかれないよう構えた。
盟主は上を向き、矢を弾く。次に正面のクエルを沈めて。
振り向いたところに…
狙いを定めた赤インクが白虎の額に当たった瞬間、ベンチで時間切れのタイマーが鳴り響いた。
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