第167話

 私は縁側で昼食の準備をしている。といっても炒めて煮込むだけ。キッチンの方では春さんと『守り人』達が賑やかにジャガイモを包んでいるみたいだ。楽しそうで何より。ヘルパーさんの気配がないのが気になるが仕事をしているのだろう。あとで『守り人』達とのふれあいの時間と取ってあげようと思う。


「ヤヌシ。その料理はシチューとは別物なんですか?」


「そうですよ先生。似ていますが別物です。この後にハヤシライスのルーを入れまるとはっきり別物だと分かりますよ」


「なるほど~。楽しみですね!」


「似たような物なのに色んな種類があるのね~。人間は本当に良く考えるわね」


「私達人間はご飯を食べないと死んでしまうからね。だったら美味しいものを食べて生活したいわけだよ」


 私が先生達と雑談をしていると春さんがジャガイモを持ってきてくれた。


「ヤヌシちゃん。ジャガイモの準備が出来たから焚火台に投入するわよ~。良いでしょ?」


「お願いします」


 ザラザラと音がする。アルミホイルにまかれたジャガイモが投入される音だろう。


「春さん、ノート達はどうでした?」


「一番上手だったのはフウセンちゃんね。器用に水を使って包んでいたわ。スポンジちゃんも問題なかったけどノートちゃんにとってはちょっと難しかったわね」


「あたしにも手があれば・・・」


「ノート。マリモもジャガイモをアルミで包むのは難しいんだから気にすることはないよ。出来ることをやっていこう」


「あたしに出来ることですか・・・。分かりました!」


 蛇型のノートにアルミホイルは包めないだろう。ノートの『守り人』としての力が何なのか聞いていないが少なくともこんな事で使う必要はないはずだ。


「ヤヌシちゃん。明日って暇?」


 春さんが少し小声で私に話しかけてくる。これはお願い事がある時の話し方だ。


「春さん。私が毎日暇してるの知ってるでしょ?」


「分からないじゃない。ここから出ないにしても『守り人』関連で何かあるかもしれないから」


「何もありませんよ。何のお願いですか?」


「私のお願いって言うか━━のお願いね。車の運転練習をさせてほしいのよ」


「なんだ、その件ですか。良いですけどちゃんと保護者同伴でお願いしますよ」


 ミカンちゃん。二十歳超えてたと思うけど完全に子ども扱いだ。


「大丈夫よ。明日は私が休みだから━━を連れてくるわね」


「でも本当の目的は運転練習じゃないんでしょ?」


「え?」


「どうせミカンちゃんが新しい『守り人』達に会いたいってごねてるんじゃないですか?」


「おしいわね。半分正解よ」


「半分?」


「ぬいぐるみが出来たからトウキちゃんにあげたいんだって」


 そういえばトウキがぬいぐるみを作ってみたいって言っていたな。


「新しいのが出来たの?」


 トウキが春さんに声をかけている。興奮しているからか声がかなり大きい。


「そうよ、トウキちゃん。三種類出来たみたいね。私と━ちゃんもマリモちゃんのぬいぐるみをもらったわ」


 ミカンちゃんは将来ぬいぐるみ職人にでもなるのかな?


「春さん。今日家に帰ったらミカンちゃんに聞いてもらいたいことがあるんですけど」


「何?」


「トウキがぬいぐるみを作ってみたいらしいんですよ。トウキに作り方を教えられるかってことですね」


「トウキちゃん。ぬいぐるみを作ってみたいの?」


「そうよ!あたしも自分で作ってみたいわ!」


「分かったわ。帰ったら聞いておくわね。たぶん大丈夫だと思うけど」


「本当?ヤヌシ、やった~」


 トウキが右足に抱き着いてくる。最近は嬉しいことがあると抱き着いてくるな。


「良かったねトウキ。春さん、材料費はこっちに請求してくださいね」


「それぐらいは別に良いわよ。そんなに材料費はかからないし。それよりもヤヌシちゃんに別件で聞きたいことがあるのよ」


 もしかしてUさんのアクセサリーの事か?


「あなた、旦那に何か言った?」


 春さんの声がちょっと怒った感じがする。これはたぶん喧嘩中に助言したことかな?


「プレゼントの件ですか?お願いしましたよ。春さんも聞いたでしょ?」


「ふ~ん。しらを切るのね。まぁ良いわ。今回は言及しないであげましょう。でもあまり夫婦の喧嘩に首をつっこまない方が良いわよ。言うでしょ?『夫婦喧嘩は犬も食わない』って」


「なるほど。肝に銘じておきますよ」


「それで昼食の準備はどうなってるの?」


「あとはハヤシライスのルーを入れるだけですよ。もう少ししたらピザを温めてもらえますか?」


「良いわよ。私も少し貰っていい?」


 今日は仕事じゃなかったの?


「え?別に良いですけど」


「ありがとう~。これで許してあげる」


 何をとは聞けないな。今後は夫婦喧嘩があっても放っておこう。足音が遠ざかっていった。春さんがリビングへ行ったのだろう。


「人間のやり取りは面倒ですね」


 先生がつぶやく。


「そうですね。私もそう思いますよ」


「ヤヌシ!鍋の中の水が少なくなってますよ!どうしますか?」


 鍋の様子を見ていたノートが私に教えてくれる。私は春さんをすぐに呼び戻し水分量を確認してもらってハヤシライスのルーを入れた。そろそろ完成だな。ささやかだが新しい『守り人』達の歓迎会を始めようか。

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