10.求婚

「うお! ほんとに強いなお姫様! あの時の坊主みてぇだ!」


あの時の坊主は自分だ。

そう言いたいのに、戦いに夢中で言葉が出ない。


シルビアは黙って、男との戦いに集中した。


「ははっ! 噂以上だ! お姫様、すっげえな!」


以前は早くて見えなかった男の動きが、とてもゆっくりに見える。


「そこだ!」


魔法と短剣と、体術。

男に教わった全てを駆使して、シルビアは勝利した。


時間にして、わずか数分。

だが、今までにない歓声が巻き起こった。


「あの兄ちゃん、すげえ!」


「シルビア様相手に、こんなに長い時間戦うなんて!」


「うわー……やっぱすげえのな、お姫様」


試合に負けたのに、楽しそうに頭を掻く冒険者の男。

そんな姿も、以前と変わらない。シルビアの胸の鼓動がどんどん早くなる。


戦いは終わったのにいつまでも身体が落ち着かない。


胸の高鳴りが恋だと気づくには、このお姫様は経験がなさ過ぎた。


「ガンツ! 情けないぞ!」


観客席にいたフィリップが男に声をかける。

この時初めて、シルビアは男の名を知った。


「ンな事言ってもよぉ。本当に強いんだよこのお姫様」


「俺の妹だ、当然だろう!」


「くっそ! まさか王太子様とは思わなかったぜ! それになんだ求婚者って! そんな話、聞いてねぇぞ!」


「負けたのだから問題ないだろう」


「大ありだ! くっそ! こんなの聞いてねぇ!」


「言わなかったからな。俺の妹は魅力的だろう?」


「なあ王太子様……性格悪いって言われねぇ?」


「あいにくだが、そんな評判は聞いたことがない。見えるだろう? 俺の周りには今も精霊がたくさんいるぞ」


「……ああもう! だから精霊に好かれる奴は厄介なんだよ! あの時の坊主はどうした!」


「今うちで一番強いのはシルビアだ」


「坊主は元気なのかって聞いてんだよ!」


「ああ、すこぶる元気だ」


「ならいい。あーもう……どうすんだこれ……」


「これが父上の出したお触れだ。見るか?」


「これを最初に見せねぇ辺り、本気で性格悪ぃ……」


ぶつぶつと呟きながら、ガンツはフィリップから受け取った紙を読む。


預かりものを丁寧に扱う様子は、以前と変わらない。

シルビアの胸は更に高鳴った。


フィリップに紙を返却したガンツは、真っ赤な顔でシルビアに声をかける。


「なぁお姫様。自己紹介していいか? オレはガンツってんだ。冒険者をしてる」


「あ……わたくしは、シルビア・フォン・カワードと申します」


叩きこまれた挨拶をかろうじて行ったシルビアは戸惑っていた。

なぜこの人は真っ赤な顔をしているのだろう。

どうして、自分に跪いているのだろう。


そんなシルビアの疑問は、すぐに氷解した。


「オレは絶対貴女に勝ってみせる。だから、オレがシルビア様より強くなったら結婚してくれねぇか?」


突然のプロポーズに、シルビアは全く反応できなかった。

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