第34話
「茉白、そろそろ夕食の時間だ。」
「はい、父さま。」
ソファを立ち上がる茉白は、心配そうに私と父を交互に見る。
茉白に送った視線の優しさを一ミリも私に向けない父。そんな父を私もありったけの軽蔑を込めて見返す。
私たちの間に流れる冷たい空気を茉白が感じ取らないはずがない。尤も、私と父の不仲はとうに知ってるのだけれど。
「相変わらずだな。」
娘が無事にやっていけてることを確かめる言葉じゃない。「相変わらず、母親と同じ忌々しい目だ」と言っているのだ。
「父さまも、変わりないようで」
残念です、と続けたいところ。そんな私を見て嘲るように鼻で笑うと、父は茉白の背中に手を添えて食堂へ向かう。
その後ろ姿に家のあちこちに置いてある水晶原石の置物を全部投げつけたいと考えながら、私も食堂へ向かった。
茉白は父と義母と私が仲が良くなるのを望んでいるんだろうけれど、それを叶えてあげることはできない。
おそらくいつもなら家族団欒な食卓であろう場所は、重たい沈黙に晒されている。
時折茉白が困ったような笑顔で話を振るけど、会話が続くわけがなくて。
ねぇ、いつまで何も言わない気でいるの? 茉白の誕生日で話があるんでしょう?
その気持ちを込めて何度か父を見ても、話し出す素振りは一向にない。
何のために呼び出したんだか、心の中でため息をついて、部屋に戻ろうと席を立つ。
「来月二十四日の日曜日、この子の誕生会があることは分かっているだろう。空けておきなさい。」
「覚えておきます。」
私には目もくれずに言ったであろう父を、私も同じように見ずに返した。
久しぶりに自分の部屋に来た私は、着替えを準備してすぐお風呂に入った。
広い天井に泳げそうな程大きな湯船。いつになってもこの浴室は落ち着かない。
広すぎるが故の生活感の無さが、なんだか窮屈だった。お母さんがまだ元気だった時、一緒に入ってた頃は幾分かよかったけど。
「ふぅ……」
凪いでいた水面が揺れる。湯船を出た私は、頭からシャワーを浴びて浴室を後にする。
家を出てまだ半年と少ししか経ってないのに、他人の家に来ているような気持ちだ。
現在進行形で居候しているまったく赤の他人のあずき先輩の家の方が住みやすいっていうのは、なんともおかしな話。
服を着ながら、そういえば先輩は何してるだろうかと考える。
ほとんどと言っていいほどこの時間は毎日勉強教えてもらうのとかで顔を付き合わせていたから、今一緒にいないのがどこか不思議だった。
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