第11話 《美しさは愛です》


「どうしたら、先生のように美しくなれるんでしょう。美しさの秘訣を教えて頂けませんか? 」


 真由美の口から、自然とついて出た言葉だった。


「今日は、本当に感動しました。お琴の演奏もとても素晴らしくて……わたし、こんなに美しい響きを聞いたことがありませんでした。音楽を美しいって、先生にお会いして、初めて感じたんです」


 先生は、真面目な顔つきをして、何も答えなかった。


 沈黙が流れていく。


 たった二、三分の間だったかもしれない。


 しかし、真由美には、〈また、わたしは場違いなことを言ってしまって、先生を不快にさせたのだろうか? 〉と、その理由をぐるぐる頭の中で三十回ほど巡らせ、正座している足の指が痺れてくるのには、十分な時間だった。



「ふぅ~~」


 と不意に、先生の口から風のような大きなため息がもれた。


「一時は、あなたに男の作法を教えなくてはならないのかと、ヒヤヒヤしたけど……」


 先生がいたずらっ子を叱るような目で、真由美を見た。


「あなたは面白いほど、率直で素直な人ね」


 真由美にとって、後ろ髪をひかれるというよりは、前髪をひかれる言葉だった。


 シビレた足の親指がシャキーンとなる。



「あのね、音はね、あらゆるものと、つながっているの。……タンスやこの家。世の中やお天道様。そして、私やあなたと……」


「はい。……」


「わたしの場合、お琴をひきながら、ただ、つながりを味わうの……」


「はい。…」


「味わっていくうちに、何かが、こう深ぁーく、突き詰められていく」


 目が丸く見開かれ、開いた口がパクパクとなる。まるで金魚みたいだ。


 真由美が驚いた時に出る癖だった。



「そんな境地を……わたしも…味わってみたいです」


 どこから出るのか分からないような上ずった声だった。金魚は、人間に返った。


「あなたがもし、わたしのひいたお琴の響きを美しいと感じたのなら、それはお琴の響きが美しいのではないのよ」


「…………」


「お琴を通して、響いてくる愛が美しいの」


 先生の眼差しは赤々と熱っぽくなり、キラリと光るものが浮かんだ。


「このお琴はね。おじいさんがくれた形見なの……」



 先生は、優しくお琴をなでたかと思うと、アメイジング・グレイスのサビの部分を奏(かな)ではじめた。


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