第9話 《心から》


 通されたのは、奥の間だった。


 玄関からせまい階段を上り、細い通路を通って座敷へと向かう。


 案内しくれたのは、着物姿に気品が漂う、あの真由美が負けたと思った女性だった。


 止まらない鼓動が、奥の間に入ると、さらに高鳴った。



 一人の女性が背を向けて座り、お琴を弾いていた。


 真由美は、案内してくれた女性の後について、座敷の隅まで歩いて行き、壁を背にして、一緒に正座した。


 ちょうど、お琴を弾いている女性を真横から見ることができる位置だった。


 思わず、真由美は、息を飲んだ。


 まじまじと見ると、お琴を弾いている女性は、ご高齢のようだった。70歳は、とうに越えているだろうか。


 黒髪を後ろで束ねた姿勢の良いその後ろ姿は、30代後半位の女盛りにしか思えなかったが。……



 アメイジンググレイス


 お琴でこの曲を聞くのは初めてだった。


 次第に聞き入っていく。


 流れてくる音色には、ほどよく華と、色彩(いろ)と、香りが満ちている。


 もしも目の前に完全な理想の女性がいたとしたら、こんな感じではないだろうか。


 そして、音色は、お琴を弾いている女性そのものと重なり、この部屋全体を二重の美しさで満たしていく。



 真由美は、つかの間我を忘れ、うっとりとした。


 心から……


 そう、真由美にとって、人生のうちで数えるほどしかない心から……


 一人の女性の美しさの秘密を、知りたいと思った。



 真由美は、曲が終わると、思わず立ち上がって、拍手していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る