第5話 《負の感情》


 空を見上げているうちに、肘(ひじ)が痒(かゆ)くなってきた。


 反射的にそこを押さえると、手の平が血に染まった。


 手をぶらつかせてそれを払っているうちに、今度はふくらはぎに針で刺されたような不快を覚える。


 平手が飛んでいた。


 そしてすぐに立ち上がると、真由美は公園の外に早足で急いだ。



 ふくらはぎに、自分が叩いた痺(しび)れと痒(かゆ)さが入り交じり、無性に腹立たしい。


 今日は厄日だと真由美は思う。


 帰りに蚊取り線香をたくさん買っていこう。


 そう蚊に対しての仕返しを考えることで、歩いているうちにいくぶん気持ちが落ちついてきた。


 音の鳴る横断歩道のある交差点を渡ろうとしたとき、ふと、真由美は立ち止まる


 そうだ、伸二に電話するのを忘れていた。



 でも、ルルルという音は鳴らなかった。


 その代わりに、この電話番号は現在使われていませんという、抑揚のない女性の声が聞こえてきた。


 真由美は完全に頭に血が上ってしまう。


 突然、昨日携帯にかかってきた伸二の声が蘇る。


「じつはさぁ、オレ、まじめに携帯解約しようとおもってるんだけど……」


 それを聞いた時、真由美は思った。


 こいつはわたしのメールに怒っているのだと。


 真由美は数日前まで、自分でも信じられないほど、自分をコントロールできない状態におちいってしまった。


 理性という堤防に、少しずつ小さな穴をあけ続けていた負の感情が強さを増したため、ついに堤防は崩壊し心の中を不満の洪水が押し寄せたのだ。

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