第3話 《より純粋に自分の求めるものを追求する》


 ほんの二ヶ月前のことだった。


 男と別れたその日、真由美は蚊に刺されまくった。


 あの日、極端にイライラしていたのはそのせいではないだろうか。


 何しろ前日の夜中に、右足の親指先と足の裏、それから左手の甲と左足のふくらはぎの四ヵ所を刺されたのだ。


 足の裏は特にかゆかった。



 その夜、耳のそばを掠める蚊の鳴く音に飛び起きて、飛び回る三匹の蚊を追い回したけど、結局は殺すことができなかった。


 その日に限り、なぜ三匹も部屋の中に舞い込んだのだろう。


 今年の蚊は、呆れるほど、すばしこく、威勢がいい。


 それで明け方、真由美は耳のそばでうなる蚊に、腹を立て、飛び起きては、身体は中にキンカンを塗りたくる羽目になった。


 きっと蚊にも言い分があるのだろうけど、今の気持としては、もう二度とつきまとうな! と激(げき)を飛ばしたいくらいだ。


 でも蚊は、指の先で殺してしまえるほど 小さな虫なので、脳も小さく真由美の感情などは気にしなくて当たり前なのだ。


 いくら人間が刺されてかゆがってみせても、彼らは彼らなりに本分を全うして生きているのだろうし、憎らしいけど、より純粋に自分の求めるものを追求するあたりに、同感すらしてしまう。


 その自分自身への忠実さがうらやましい。


 というわけで、蚊は昼にも真由美にしつこくつきまとった。



 パソコンのインストラクターをしている真由美は、午後の二時に遅い昼食をとった。


 コンビニでパンを買い、そのまま近くの公園に足を運ぶ。

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