第2話 《蚊で思い出す》


 早い一週間が過ぎた。


 真由美は商店街の中を歩き回る。


 商店が立ち並ぶ細い小路が、時折枝分かれして、路地裏へと続く。


 真由美は教わったとおりに、その商店街の奥に向き合って並んでいる八百屋と果物屋を越えて、すぐ横道を右手に入っていくのだが、ひしめき合った家並みに肩をこするように進んでいるうちに、またもとの商店街の小路に出てしまう。



 ほとほと困った。


 確かここらへんだとあの人は電話で言っていたのだけれど、どうもたどり着けない。


 また同じ道を引き返していき、ウロウロしているうちにはや十分が過ぎ、やっとそれとおぼしき看板を見つけた。



 真由美はため息をつく。


 玄関の前に立ち止まり、一瞬この看板を掲げている先生の姿を想像してみる。


 どんな人だろうか。


 まぶたの内に思い浮かべてみたその顔は、くもりガラスを透かして見ているようにぼやけている。



 二階建ての一軒家。


 玄関は開けるとガラガラと音のする古ぼけたガラスの引き戸だった。


 その時、うつむきかげんだった真由美の頬を掠めるようにして、蚊がよぎる。


十一月を過ぎ、肌寒さを感じるようになった今でも、真夏の頃のように下町の蚊は元気だ。



蚊で思い出す。

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