第4話 「諦めろ」

 一人残した四季など気にせず、累は欠伸を零しながら、人が行きかう住宅街を歩いていた。


 銀髪から覗き見える黒い瞳は、至る所に向けられ、なぜか舌打ちを零した。

 足を速め、人気のない場所を目指す。


 徐々に雑音が聞こえなくなると足を止め、塀と塀の間を横目で見る。


 人、一人くらいは通れるくらいの細い通路。

 累は少し迷いつつも、周りに人がいないか確認し、細道へと入った。


 少し歩き、足を止める。

 静かな闇の中で、累はいきなり右目を手で押さえた。


 一度瞼を閉じると、闇を作り出している周りの影が歪に動き出し、地面から浮き出てきた。


 瞬間、累は瞼を開ける。

 その瞳は、今までの漆黒ではなく、真っ赤に染まっていた。


 紅蓮のように燃える赤い瞳は、いつの間にか隣に現れていた日本人形を捉えた。


「一度戻るぞ、クグツ」

『ワカリマシタ、ゴシュジンシャマ』


 黒い長い髪、赤い着物を身につけている日本人形は、カタカタと口を動かし、ロボットのような声で返事をした。


 動いていた影は、累とクグツを覆い隠すように広がり、二人の姿を覆う。


 そのまま、元の位置へと戻った。

 そこには何も残らず、何事もなかったかのような静寂が広がった。


 ※


「――――よっと」


 突如、建物の隙間に広がる影から、累が飛び出すように姿を現した。

 その目は、もう漆黒に戻っている。


 同時に、クグツと呼ばれた日本人形も影からポーンと飛び出す。


「──ふぅ。やっぱり、こっちの方が落ち着くなぁ~」


 首をコキコキと鳴らし、周りを見た。


 今、累がいるのは、薄暗い建物の狭間。

 囲んでいる建物には、人の気配はない。


 それもそのはず。建ち並ぶ建物はお店でも、誰かの住処でもない、ボロボロの建物。

 外壁は、触れるだけで壁画が崩れ、窓は割られている。


 そんな建物に住もうと思う人などいる訳もない。


 なぜ、こんなに古く壊れかけの建物が並んでいるのか。


 今、累がいる世界は、先程までいた世界とは異なる裏側の世界。


 人がたくさんおり、賑わっていた住宅街とは異なり、まだらに人がいる程度の、ただの荒れた町。


 電柱やアスファルトで整備された住宅街ではなく、足で踏むのは土。風で砂が舞い上がり、道の端に捨てられているゴミ袋に被る。


 まるで、海外ドラマでも見ているような光景に、累はニヤリと笑う。


 進むと、累以外に人はいないと思っていた町には、数人の人がいた。


 地面に座り項垂れていたり、頭から血を流し倒れていたりと、普通では無い。


 裏の世界は、人間の『裏』が現されているからそう呼ばれている。


 呼び方などどうでもいい累は、表の世界では隠さなければならない人間の本性を出せる自由な場所だと、この世界については思っていた。


「――――おっと?」


 累の後ろから突如、鉄パイプが降ってくる。

 累はマイペースに振り返り、簡単に手で受け止めた。


「帰ってきたな、累くんよぉ~。前は俺のダチが世話になったらしい」


 そこに居たのは、ガラの悪い男性。

 ニヤニヤと、ガムをくちゃくちゃ噛みながら累を見下ろしている。


「ダチだぁ?? 知らんなぁ、誰だよ。最近だと五、六人は殺っているから聞いたところで分からんがな」


 口角を上げ笑う累を見て、鉄パイプを振りかざしてきた男性は、浮かべていた笑みを消し、顔を真っ赤にして怒りだした。


 累が掴んでいる鉄パイプを無理やり離させ、後ろに一歩下がった。


「噂で聞いていたが、この世界でも珍しい程の外道なのは、本当らしい」

「この世界では究極の褒め言葉だな。あんがと、テンション上がるわぁ~」


 手をヒラヒラと振り、相手をおちょくる。

 それに関しても怒り心頭。男性は、鉄パイプを握る手に力を込めた。


 血管が浮きでて、握っている鉄パイプからは変な音が出る。


「てめぇ、今度はお前が殺される番だ。ここでは、殺しは罪にならねぇ」

「表の世界を知っているらしいなぁ。まぁ、どっちでもいいけど」


 裏の世界では、殺人や暴力が許されており、取り締まる人がいない。

 そのため、強い者が生き残り、弱い者は簡単に死ぬ。


 そんな世界で累は、年少期から過ごしていた。


「俺も、体を動かしたいと思っていたし、ちょうどいいわ」


 言いながら、目を閉じる。

 右の手のひらを下に向けると、累の影が動き出した。


 ずっと近くにいた日本人形のクグツは、巻き込まれないように累から離れた。


「んじゃ、楽しもうか。心躍る戯れ殺し合いをよぉ!!」


 次に目を開けた瞬間、右目は炎が燃え上がるように赤く染まっていた。


 動き出した影は地面から浮き上がり、累の右手を包み込む。

 細長く形を変えたかと思えば、弾けるように霧散した。


 累の右手には、刀のような形を作り出した影が握られていた。

 影刀いんとうと呼ばれる刀を構え、累は地面を蹴り、駆けだした。


 攻撃を防ぐため、男性は鉄パイプを横に構える。力任せに振りかざした影刀は、ガキンと音を立て防がれた。


「力は、強いらしいなぁ」

「舐めてんじゃねぇぞ、この、クソガキがぁぁぁぁあ!!!」

「おっと??」


 油断していた累は、鉄パイプで押し返され、後方へと簡単に吹っ飛んだ。


 地面に足を突ける前に追撃をしようと、男性は鉄パイプを振り上げた。


「へぇ、面白いな」


 空中で身動き取れない中、累は楽しそうに笑う。

 余裕を崩さない彼に、男性の鉄パイプが襲いかかった。


 影刀を縦にし、横からの鉄パイプを防ぐ。

 だが、力が強いため、またしても吹っ飛ばされた。


 今度はすぐに足を付け、構え直すが追撃は止まらない。

 鉄パイプを振り回し、累を襲う。


 だが、累は男性を見て、笑った。


「――――横腹、がら空きだぞ」


 鉄パイプの隙間を縫い懐に入った累は、影刀を横一線に迷いなく振りかざす。


 鮮血が舞い上がり、男性は唖然としたような表情を浮かべた。


「──えっ」

「悪いが、これ以上時間をかける気はねぇんだよ」


 地面にグシャと落ちた男性は、斬られた横腹を抑える。

 悔し気に見上げ、累を睨んだ。


「睨んでも、意味はねぇよ。まぁ、命乞いしても、同じだけどな」


 言いながら刀を振り上げる累を見て、男性の表情は顔面蒼白。怯えたように声を震わせ、累を止めた。


「ま、待て! もうおめぇに何も言わねぇ。関わらねぇから!!」

「この世界では、喧嘩を吹っ掛け、買えば戦闘開始。命乞いは無意味、諦めろ」


 言うと、地面が赤く染まった。

 男性の体は、累の影刀により、真っ二つ。

 地面に転がり、白目をむき動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る