復讐代行者

第2話 「ただ許せないのよ……」

 雨が降り続いていた雨は、朝になると止んでいた。

 暗雲は風と共に横へと流れ、青空が太陽と共に顔を覗かせた。


 天気が回復した日に青年が一人、片手に茶封筒を持ちながらガチャガチャと音を鳴らすパチンコ屋にいた。


 上からパチンコ玉が振り、画面では数字が回っている。


 揃わない数字に舌打ちを零し、男性は銀髪の頭を乱暴に掻きむしった。


「だぁぁぁ!! クッソ!! 新台なのに出たのは一回だけ。それ以降は掠るだけかよ!!」


 画面をダンと叩き、苛立ちを露わにする。

 近くをたまたま通った従業員に注意をされ、罰悪そうに顔を背けた。


 手に持っている万札一枚を見下ろし、舌打ちを零し立ち上がった。


 喫煙所に行き、黒いロングコートのポケットの中に入っていた煙草を取りだし、一本口に咥えた。


 ライターで火を点け、当たりが出ないストレスを煙と共に吐き出すと、喫煙所の扉が開かれた。


 入ってきたのは、柔和な笑みを浮かべている老人。

 中にいる男性を見て、ニコッと笑った。


「おやおや、また会ったね、るいくん」

「あぁ? 誰だ、糞じじぃ」

「相変わらずだねぇ。まぁ、いいや。また、当たりが出なかったのかい?」


 糞じじぃと呼ばれてもなお、老人は柔和な笑みを崩さない。

 慣れたように受け流し、隣で煙草を加えた。


「前回会った時は、顔色があまりよろしくなかったみたいだけど、今は大丈夫そうだねぇ」

「…………あぁ、俺の口に無理やり焼きそばパンをねじ込んだ糞じじぃだったか。通りで見た瞬間、胃が気持ち悪くなるはずだわ」

「そこもまた、相変わらずだねぇ。それだけ元気という事かなぁ」


 煙を吐き、老人は累と呼んだ男性を見上げた。


「また、ここで会えるといいねぇ~」

「口うるせぇじじぃに会うなんてごめんだな」


 興覚めだと言うように、煙草を灰皿に押し付け喫煙所から外に出る。

 気だるげな背中を見て、老人はまた煙を上に吐き笑った。


 煙草の匂いを漂わせながらパチンコ屋から外に出た累を待っていたのは、セーラー服を着ていた黒髪の女性だった。


陰影いんえいさん! なんでパチンコ屋にいるんですか!」


 甲高い声で叫んでいるのは雨の日、累に復讐を依頼した女性、神崎四季かんざきしき

 黒髪は、耳が隠れる辺りで切り揃えられており、黒い目は今、怒りでつり上がっていた。


 甲高い声が耳をつんざき、累は表情を歪ませた。

 耳を塞ぎ、めんどくさそうに黒い瞳を向けた。


「俺が今、どこで、何をしていようが俺の勝手だろうが。なんでお前にそんなこと言われんといけないんだ」

「そもそも、その封筒。私が前払いとして渡した五万円が入っていた物ですよね!! つまり、今楽しんできたお金は、私が出した前払いから出ているんじゃないんですか?! なんで、なけなしのお小遣いが貴方の娯楽に消えないといけないんですか!」


 頬を膨らませ怒る四季に、累は深いため息を吐いた。


「この金はもう、俺のもんだ。そもそも、復讐を達成してほしいからなけなしの小遣いから五万を絞り出したんだろう? その金を復讐代行者である俺がどう使おうが勝手だろうが。俺の金になったんだからよぉ」


 手に持っている、一万しか残っていない封筒を見せびらかしたかと思えば、その場から居なくなろうと歩き出す。

 だが、それを四季は許さない。


「ちょっと、待ってくださいよ! 早く、私の復讐を終わらせてください! 早く、早く!!」


 黒いロングコートを掴み、引っ張る。

 累は足を止め、大きな舌打ちを零した。


「うるっせぇなぁ。何もわかんねぇクソガキが、いっちょ前に俺を使おうとしてんじゃねぇよ! 俺は、俺のやりたいように殺るだけだ」

「そんな…………」


 四季の手が緩んだところで累がコートを引っ張り離させる。

 歩き出し、住宅街へと姿を消した。


 残された四季は、周りの目など気にせず下唇を噛み、自身のスカートを強く握った。


「私は、ただ許せないのよ……。私の彼を寝とったあいつを。親友だと思わせておいて、裏では私を馬鹿にして嘲笑っていた、あいつを――――」

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