第32話 追跡と最終決戦

薄曇りの空が広がる中、奈緒美たちは次のターゲットがいるとされる場所へと急いでいた。車のエンジン音だけが響く静かな朝、車内は緊迫した空気に包まれていた。全員がそれぞれの思考に沈み込みながら、次に起こりうる事態に備えていた。


「次のターゲットは、工場の元経営者であり、現在は市内の高級マンションに住んでいる人物です。」奈緒美は資料を見ながら説明した。「彼は工場事故の際の責任者であり、今回の事件の背景に深く関わっている可能性があります。」


「つまり、犯人にとっては最後の標的というわけか。」刈谷は険しい表情で言った。「この人物が殺されれば、犯人の目的が達成されることになる。」


「何としてもそれを阻止しなければならない。」奈緒美は強く頷いた。「犯人がここまで計画的に動いてきたのは、この瞬間のためだと思います。」


毛利もまた、静かに頷きながら無線を調整し、現場に到着する直前の状況を確認していた。「現場のマンション周辺にはすでに警察が配置されており、全ての出入口が監視されています。しかし、犯人は予測不能な動きをする可能性がある。油断は禁物です。」


車がマンション前に到着すると、奈緒美たちはすぐに現場へと急行した。マンションは高層ビルの一角にあり、入り口には厳重な警備が施されていた。だが、その静かな佇まいが、逆に不気味な予感を抱かせた。


「彼が狙うのは、おそらく最上階に住む経営者でしょう。」刈谷は無線で指示を出しながら、ビルの構造を確認した。「全員、慎重に行動しろ。犯人がどこに潜んでいるかわからない。」


奈緒美たちはビルの内部へと入り、エレベーターで最上階へと向かった。彼らの心には緊張と不安が入り混じっていた。時間との戦いが、今まさに始まろうとしていた。


エレベーターのドアが開くと、最上階の廊下はひっそりと静まり返っていた。豪華な内装の中に、不穏な空気が漂っているように感じられた。奈緒美たちは慎重に歩みを進め、ターゲットの部屋へと向かっていった。


「ここだ。」刈谷がドアの前で立ち止まり、部屋の内部の音に耳を澄ませた。「中に誰かがいるかもしれない。気をつけろ。」


奈緒美たちは緊張感を保ちながら、ゆっくりとドアを開けた。部屋の中は広々としており、豪華な家具が整然と配置されていた。しかし、誰もいないように見えた。


「誰もいない…?」毛利が不審そうに言った。


その瞬間、奥の部屋から物音が聞こえた。全員が反射的にその方向を見つめ、奈緒美は無言のまま進んでいった。奥の部屋に到着すると、そこには一人の老人が立っていた。彼は明らかに動揺しており、手に携帯電話を握りしめていた。


「あなたが工場の元経営者ですね?」奈緒美は慎重に問いかけた。


「そうです…私は…何かを知っているのですか?」老人は震える声で答えた。


「私たちはあなたの安全を守るために来ました。」刈谷が前に出て言った。「犯人があなたを狙っていることを知っています。ここを離れましょう。」


しかし、老人は首を振り、何かを呟き始めた。「遅すぎた…もう遅すぎたんです…」


その瞬間、部屋の外から銃声が響いた。全員が驚いて振り返ると、廊下に一人の男が立っていた。その男は銃を手にし、まっすぐに老人に狙いを定めていた。彼は冷静で、まるで感情を一切排除したかのような無表情だった。


「終わりだ。」男は低い声で言った。「全ての帳尻を合わせる時が来た。」


「やめろ!」刈谷が即座に銃を構え、男に向かって叫んだ。しかし、その声も虚しく、男は躊躇なく引き金を引いた。


銃声が再び鳴り響き、老人が倒れる音が部屋中に響き渡った。奈緒美は瞬時に老人に駆け寄り、傷口を確認したが、銃弾は致命的な場所を貫いていた。彼女は絶望的な気持ちで、老人の命を救おうと必死になった。


「救急車を!早く!」奈緒美は叫びながら、老人の意識を保とうとした。


しかし、その時、男は再び銃を奈緒美に向けた。刈谷が即座に反応し、発砲して男を制止したが、男はすでに目的を果たしたかのように、不敵な笑みを浮かべていた。


「彼は…もう間に合わない…」男はそう呟きながら、崩れ落ちていった。


その場に倒れた犯人と、息を引き取る寸前の老人。奈緒美たちは目の前の光景に言葉を失った。全てが終わったかのような静けさが部屋を支配し、ただ、朝の光が静かに窓から差し込んでいた。


奈緒美は老人の手を握りしめながら、その命が消えていくのを感じた。彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。犯人を追い詰めるために全力を尽くしたが、その代償はあまりにも大きかった。


刈谷もまた、その場に膝をつき、深く息をついた。「これが…彼の目的だったのか。」


毛利はただ黙って現場を見守り、次にすべきことを考えようとしたが、すぐに動き出すことができなかった。全員が、その場にただ立ち尽くしていた。


夜が明け、静寂が戻ったその部屋で、奈緒美たちは次に進むべき道を模索していた。彼らは犯人を追い詰め、事件を解決したが、その代償として何か大切なものを失ったように感じていた。


全てが終わり、朝の光が再びその場を照らす中、奈緒美たちは新たな一歩を踏み出す決意を胸に、静かにその場を後にした。

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