第10話 異国02



「​少しお尋ねしたいんですが」

「なんだい?」

「ここはなんという国ですか?」


そういえばこの国の名前も知らなかったと思いそう問えば、果物屋の店主はキョトンと目をまん丸にして固まった。そして、呆れたような声をあげる。


「アンタ、ここがどこかもわからないまま果物買ってたのかい!」

「……ええ、まあ。はい」


聞いてからまずいことをしたかと後悔が込み上げる。国の名前も知らずにウロウロ歩いて買い物してる人間なんてそうはいない。案の定怪しまれたのか、店主は私に訝しげな視線を向けてきた。


「……お嬢ちゃん、まさか迷子じゃあないだろうね?」

「迷子ではないです。ええと、一人で旅をしてて」

「一人で!?」


ギョッと盛大に驚かれて、目を逸らした。子供一人で旅をしてるだなんて馬鹿正直に言うべきではなかった。店主から見てそれなりに裕福な装いをしているように見えるらしい子どもが、保護者もなく歩いているというのは普通では無い。


「……アンタみたいな若いお嬢ちゃんが一人でかい……?」

「あっ、えーと……その、こう見えてもそんなに若くは……ないので」


苦しい言い訳だと思う。中身はアラサーだが、現在の年齢は十二歳だ。この手の気さくな物売りのおばちゃんが心配してくれるのも解る。逆の立場だったら心配するもんね。


「そんなことより、この国のことを教えてくださいませんか」

「そんなことより、ってアンタねぇ……」


戸惑って言葉を濁していれば、ますます怪しまれるばかりだ。こういう時は話を逸らすに限る。


「……はぁ。まあ、なにか事情があるんだろうけどさ」


額に手をあて苦い顔をしながら店主はそう言った。どうやら深くは聞かないでくれるようだ。


「ここはアルバラグ王国。大陸一の海洋国家だよ」

「アルバラグ王国……」


やはり聞き覚えのない国の名に、本当に異世界なんだなぁとしみじみと実感する。王国ということは、王様がいるんだろうか。とすると、あの宮殿らしき建物を見る限りここが王都だろうか?


気になって尋ねると、やはりあれは国王の住む王宮で、ここが王都。ベラーテという名の都市らしい。人々の様子を見るに国は豊かそうだ。海洋国家というだけあって、貿易で栄えているらしい。


「しかしお嬢ちゃん、アタシ相手だったから良かったけどね。アンタみたいな若い子が、それも女が一人で旅してるだなんて他人に話すもんじゃないよ。​───この国は栄えちゃいるけどね、治安が悪い場所は山ほどある。人拐いには気をつけるんだよ」


声をひそめて店主はそう忠告してきた。心配してくれるなんて良い人だと思う気持ちと、人拐いって本当にいるんだという感想。もちろん前世だって誘拐はあったけれど、この世界観での人拐いとなると拐われた後のことは想像したくない。警察のような組織があるとも限らないし、最大限自衛するしかないだろう。


「気をつけます、ありがとう」

「……ほんとにわかってんのかねぇ。これからどこへ?」


軽い返事に聞こえたのか、店主はますます心配そうに私を見た。


「食料の買い出しをしたいので、肉とか魚が売ってるお店へ行こうかと。それと調味料も欲しくて」

「そうかい。肉ならこの先の青い天幕の店がいいよ。調味料もその近くに品揃えの良い店があるはずさ。気をつけて行きな」


店主は通りの奥の方を指さし店を教えてくれた。青い天幕が確かにここから見える。礼を言って果物屋を後にし、私は賑わう市場をまた歩き出した。


「​────よし、これで必要なものは大体買えたかな」


果物屋の女店主が教えてくれた店で肉を買い、その後いくつか店を回り調味料や小麦粉などを購入した。明らかに地元の人間じゃない子ども一人での買い物はどこの店でも訝しげな目を向けられてしまったが、親が近くにいることを装って誤魔化した。


(まあ、かなり怪しまれたけど)


ただ買い物しているだけで、こんなに人目が気になるだなんて。自分が子供という自覚がないから余計に、奇異の眼差しを向けられることが落ち着かなくて仕方なかった。


ともあれ、無事に買い物は済ませられた。二、三ヶ月は食料に困ることはないだろう。一番の目的が比較的順調に終わったことに、肩の力が抜けた感じがする。


日はまだ高いし、もう少し此処へ滞在してからでも帰るのは遅くないだろうか。此処まで来るのに砂漠を越えてきたとはいえ、片道は二時間ほどだった。身体強化をするための魔力は有り余ってるし、帰りも問題なく歩けるはず。


となれば、やるべきことは一つ。手紙を届けてくれる郵便局のような機関を見つけることだ。祖父宛に届いていた手紙の差出人の人々に、祖父が亡くなったことを知らせなくてはならない。


特にベルメニオール魔法魔術学院の教授職依頼の手紙。あれには急いで返事を返したほうが良いだろう。差出人はジルファー・マグベリアス。手紙の文面から見て取れた限りでは、祖父とは若い頃からの友人のようだった。


それから祖父と薬草のやりとりをしていたオリアス・ハークライト。他にも手紙のやりとりをしていた人はいたようだがどれも日付が古く、ここ最近の手紙のやりとりはこの二人以外に無かった。亡くなる直前まで交友があったと思われるこの二人には、なるべく早く祖父のことを知らせたい。


祖父の隠し部屋で手紙が届いた時、手紙は宙にいきなり現れた。手紙を送る魔法の様なものがあるのだろうと踏んで少し調べてはみたが、あの膨大な数の本の中からその方法を調べるには時間がかかりすぎる。


魔力量は人それぞれで、魔法を使えない人間のほうが多いと聞いている。ということは、魔法を使わずに手紙を届ける方法だってあるはずだ。


これだけ大きな国ならばなおさら。公的か民間かは解らないがそれらしい場所を見つけ、そこから手紙を出したい。闇雲に歩いて探していたら日が暮れてしまうし、ここは誰かに聞くのが良いだろうか。



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