第8話 旅立ち02
「───え、嘘。は?」
そこには、何も無い砂漠が広がっていた。
見渡す限りの広大な砂の大地。人が通る道どころか、山も川も海もないただの砂漠。ところどころに植物は生えているが、それでも砂漠といっていい砂の平原だった。
「……そんなことある?」
目の前に広がる景色に、私はまず自分の目を疑った。
私が先程通ってきた森はジャングルでは無い。落ち葉だらけの茸が生える様な苔むす地面に、空を遮る様に鬱蒼と茂る葉が揺れる深い森である。どちらかと言えば前世で言うところの西洋の、魔女の住んでいるような雰囲気の場所だ。そんな場所から、どうしてこんな砂漠に出るのか?
「バグでしょこんなん。森から一歩出てどうして砂漠……?」
振り返ると、己が先程までいた森は確かにそこに存在していた。一瞬で砂漠に瞬間移動してしまっただとかそういう事態ではないことにまず安堵しながらも、いやどうしてこうなった?と頭を抱える。
「砂漠越えは流石に想定してないよ……どうなってるの、お祖父ちゃん……」
これまで外に出ることのなかったのは自分だが、敷地の外の地理について教えてくれなかった祖父を少し恨む。外がこのような環境であるなら一度くらい買い出しに連れて行って教えてくれれば良かったのに。いや、このことがあるから連れていかなかったのだろうか。すでに亡くなっている祖父に今更意図を聞くことは出来ないが、目の前の状況に大きな溜息が出た。
「どうしよう。引き返すしか…………いや、待てよ。目の前が砂漠でも、森の反対側なら……?」
なにも前進する必要は無いではないか。と思い至る。背後の森はおそらく屋敷を囲むように広がっている。その外側を森沿いに歩いて行けば、違うルートが見つかるかもしれない。
「……!……見えた!!」
森に沿って砂の地面を数十分ほど歩くと、遠くの方に建造物の群が見えた。街だろうか。周囲には森まではいかないが木々が生え自然が広がっている。人が住んでいるかもしれない。
「……かなり距離がありそうけど、行ってみよう」
街らしき場所までは先程と同じように砂漠が広がっている。結局砂漠を歩くことになるのか、と溜息を吐きながら進み出した。地平線まで砂漠しか見えないところを前進するよりはかなりマシである。
砂漠といっても砂の丘があるわけではない。足元は乾燥した土と砂利の広原。気温は高いが、水は充分に持っている。休みながら行けば、数時間で街にたどり着けるだろう。
「……はぁ、ちょっと休憩。暑いし、久しぶりにこんなに歩いたなぁ」
ちょうど良さそうな小岩を見つけ腰掛ける。気温が森の中に比べてかなり高く暑い。喉の乾きを潤そうと鞄から水筒を取り出した。
「身体強化を覚えておいて良かった」
祖父に習った身体強化で足に魔力を巡らせて歩いていたおかげで、足の疲れはほとんどない。何もしてなかったら運動不足の身体にはすぐに限界が来ていただろう。身体強化の為に魔力を長い時間使っているが、ほとんど減っているようには感じない。魔力量だけは多いのが幸いだった。
「よし、行こう」
水分を摂ってひと息つき、立ち上がってまた歩き出す。
沢山の荷物が入っているのに鞄は軽い。魔法ってつくづく便利なものだ。けれど前世の文明社会が身に染みている私にとっては、魔法よりも電車やバスの公共交通機関が充実していたことのほうが便利だったと感じてしまう。
この世界に車の類はあるのだろうか?あっても汽車か。それとも馬車だろうか。魔法のある世界といえど、科学も発達している可能性も無くはない。
どの程度の文明があるのかは知らないが、前世よりも科学技術が発展していて空飛ぶ車なんかがあるかもしれない。住んでいた屋敷は魔法道具の便利さを除けば中世のような生活様式だったが、これから行く街はどんな様子だろう。
期待と不安を胸に膨らませながら、私はひたすらに歩いた。
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