第6話 隠し部屋02
「なんだろ、これ」
恐る恐る壁に埋め込まれた魔石に近づき、そっと指先で触れた。魔石ならば魔力に反応するはずと思い、目を閉じて魔力を込めてみることにした。
すると込められた魔力に反応したのか、魔石が光り輝いた。
そして次の瞬間、何も無かった壁に突如として大きな扉が現れた。細かな彫刻の施された、木製の古い扉である。
「……は?」
突然のことに思わず目をぱちくりとさせ、一歩後ずさる。
「なにこれ……隠し扉?的なやつ、かな」
屋敷の造りはある程度把握しているつもりだったが、まさかこんなところに隠された扉が存在していたとは思いもしない。それも、魔石がぽつんとあるだけで扉そのものは普段は見えないものだなんて。
「……とりあえず、中は確認した方がいいよね」
意を決してドアノブを握り、扉を開ける。
「うわ、すごい。薬も魔石も沢山ある」
大きな部屋だ。思ったよりもかなり広い空間である。一歩足を踏み入れると、天井の吊り下げられた照明がひとりでに明かりを灯す。ふわっ、と薬草の香りが鼻をくすぐった。
「こんな隠し部屋があったんだ」
書庫にもかなりの蔵書があったが、隠し部屋もなかなかのものだ。書庫にあるものよりも、パッと見で古く貴重そうな本が多い。ガラス棚には恐らく魔石だろう鉱石や、用途不明の道具がひとつひとつ丁寧に仕舞われてる。壁には何かの生き物の角や、護符の様なものがいくつも飾られており、部屋全体が不思議な雰囲気を醸していた。
「勝手に触ったらまずいかな。うーん」
目に入るもの全てが、今まで私が目にしたことのあるものより高価で貴重そうなものばかりだ。祖父のものであるなら遺品だから整理する権利はあるのだが、無断で色々弄るのは少々気が引ける。
「……出来るだけ気をつけて扱うしかないか」
そう口にしながら、部屋の真ん中にあった書庫小さな作業台に近づいた。調べてみないことには何があるのかもわからない。遠慮の気持ちは持ちながらも、躊躇いなくいくつかあるうちの引き出しのひとつを開ける。
そこには、古びた文箱が入っていた。
「これは、手紙入れかな」
中には封蝋の施された手紙と、白紙のレターセットなどが仕舞われている。一番上に重ねられた手紙のひとつを手に取り、宛名の文字をなぞる。
「────"ヅェト・ベガルタ"。お祖父ちゃん宛の手紙だ」
ざっと見た限り、手紙はすべて祖父に宛てられたものだった。
「結構な量だな。……切手とか消印とかは無いのか。うーん。勝手に見るのはどうかと思うけど、ちょっと失礼して」
一度は開封しただろう手紙の封蝋を剥がし中身を検める。この部屋を調べる為なのはもちろんなのだが、単純に祖父の交友関係が気になった。こんな隠し部屋があることも、手紙を出してくるような知り合いがいたことも、今まで何も知らなかったのだ。
好奇心から読んだ手紙に書いてあった内容は、思いも寄らないものだった。
「差出人は、ええと……ジル、ジルファー、かな?"ジルファー・マグベリアス"。────"ヅェト・ベガルタ殿へ。ベルメニオール魔法魔術学院の教授職への就任を依頼したく……えっ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。手紙によると差出人のジルファーは学院の関係者で、欠員が出ている教授職に祖父をスカウトする目的でこの手紙を出したようだ。魔法を学ぶ学校があることがまず驚きだが、それよりもだ。教授職に誘われるだなんて、祖父はかなり優秀な魔法使いだったのだろうか。
「……お祖父ちゃんってもしかして、すごい人?」
祖父の力を借りたい。昔のように語り合いたい。など、教授職の依頼と共に祖父への思いが語られていた。親しくしていたが、近頃は直接会うことは無かったのだろうと推測できる。
「日付は三ヶ月前……お祖父ちゃんが亡くなるちょっと前、か。手紙のやりとりをしてた人達には、お祖父ちゃんが亡くなったこと知らせないとな」
問題はこの世界の手紙の出し方を知らないことだ。手元にある手紙には切手もなければ消印もない。郵便局のような施設があるのかもわからない。手紙の出し方くらい祖父に聞いておくんだった。と、後悔のため息が零れる。
「……うーん」
どうしたものかと悩んでいたその時、天井からパサっと何かが落ちて来た。見ると、それは手紙だった。
「え、なに!?手紙!?」
驚いて見上げると天井には照明が吊るされているだけ。何も無い場所からの突然の郵便配達に驚きを隠せない。
「手紙ってこうやって届くの……?うそでしょ」
急に何もない空間に現れ落ちてきた手紙を手に取り唖然とする。
「フクロウが飛んで持って来たりとかならわかるけど。えぇ……?」
前世で有名な某魔法学校系児童小説ではフクロウ等の鳥類が手紙や荷物を運んでいた。魔法のある世界の郵便といえばそんなイメージだったのだが、この世界の郵便事情はどうやら異なるらしい。
「えーと、なになに。差出人は"オリアス・ハークライト"。宛名はまあ、もちろんお祖父ちゃんだよね」
届いたばかりの祖父宛の手紙を、今度もためらいなく開封する。便箋が何枚も重なっていて、随分と分厚い手紙だった。
「ええと……薬草の目録?ああ、お祖父ちゃんが育てた薬草、この人に売ってたのかな」
封筒の中には、温室で育てている薬草の名と数量がずらりと記されている紙が三枚。それと、近況を報告する内容の手紙が入っていた。祖父が育てていた薬草の中には希少価値が高いものもあるというのは教わっていた。差出人は頻繁に祖父の薬草を手紙でやり取りし、なんらかの方法で送って貰っていたようだ。
薬草の栽培は全てでは無いが習っていた為、現在は私が育てている。大半を魔法道具に頼った栽培だが、今のところ温室は祖父の生前の状態を保てている。今後この人物と薬草をどうやり取りするかを、考えなくてはいけないだろう。
「……わからないことばっかりだな」
祖父の交友関係も、手紙の出し方も知らないなんて。
メル・ベガルタとして生きて十二年。転生後の世界に、あまりにも無頓着だったかもしれないと思い始めている。知っていることよりも、知らないことが沢山ある。大海を見ずとも自覚できる。井の中の蛙、それ以上の物知らずだ。
無知なまま怖いもの知らずに呑気に暮らしていくのは、ある意味幸福ではあるだろう。しかし己の事や世間の常識すら知らず生きていくのはどうなのか。このまま屋敷で一人ぼっち、世界を知らないまま老いていくのはあまりにも薄っぺらい人生ではないか。
前世ではそういう点、知識などは人から当たり前のように与えられていたように思う。自身のルーツはもちろん、住んでいる場所や国、世界のことや暮らしの常識、政治のことも。学校で教えられることはもちろん、他人に聞いたりネットで調べたりすれば大抵の事柄は知ることが出来た。
けれど、この今世では違う。自ら知るために行動しなければ、きっと一生得られないままなのだ。
「買い出しついでに、社会勉強もしないと」
ため息混じりにそう口に出しながら、文箱に手紙を仕舞った。
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