ほどこし

「誰か俺の頭を打ち抜いてくれ」

 朝日が昇り始めるころ、彼は何年も使ったベッドの上で目をあいていた。何度も目を閉じ、夢の世界に入ろうとしたが、彼の体がそれを拒んでいた。もう秋だというのに未だに空気はジメジメと湿っていた。もう秋だというのに。

 “天使が降ってきたらいいのに”なんて思いながら何もみえない天井を眺めていた。彼の頭にはポツポツと昔の記憶が通りすぎていた。いい記憶もわるい思い出も、今の彼にとっては無味に感じた。なぜ俺はひとりぼっちなんだろう、と不意に考えた。隣の家の住人が活動し始める音が聞こえた。それでも彼は自分の問題と向き合わなければならなかった。

「どうすればいい」彼は暗闇のうちにそう叫んでいる気になった。しかし問題はどうにもならない。地球温暖化が進むように、幸せなカップルが長く続かないように、いちど泣き始めた子供がすぐには泣き止まないように、彼の抱えている問題は解決不能だった。

 唯一、彼の出した解決策こそが“天使”だった。それがくればなにもかもが解決する、と信じて疑わなかった。近所の道路からどこかへ向かう車の音が聞こえる。しかし今の彼には関係のないことだった。天使がくれば、自分をなんとかしてくれる。それがあまり現実的でないことも彼にはわかっていた。

 ザーザーと雨が降っている。気まぐれな天気がやけに鬱陶しかった。

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ごみ箱 山田 @tyakjokejdmnkogkjjdhj

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