第9話 その職業の名は#2

 ユトゥスが五歳になってしばらくの頃。

 住んでいたラバット村は突然魔物襲撃に襲われた。

 ゴブリンのような小型の魔物から、二メートルを超えるトカゲなど様々な魔物が村を蹂躙する。


 村の人々は食われ、犯され、潰され、焼き殺される。

 家という家はなぎ倒され、瞬く間に燃え広がる。

 地獄のような光景がそこにはあった。

 これまでの日々あっという間に消えていく。

 望まずとも当たり前のように来る普遍的な明日がもう来ない。


 幼いユトゥスに出来たことは、親や周りの大人達を引きつれ子供達を逃がす事。

 全ての子供達が逃げ切れたわけじゃない。当然、犠牲になった子もいた。

 どうして自分達の村がこんな目に遭うんだ、とユトゥスがそう思った日は数えきれない。


 ユトゥス達はたくさんの魔物が村に集まっている隙に走り続けた。

 逃げて逃げて逃げて逃げた。一心不乱に振り返らず。

 それが最年長であるユトゥスができる精一杯のことだった。


 どうして村をこんなめにしたのか、とユトゥスは神を恨んだ。

 この気持ちは嘘ではない。正真正銘の事実だ。

 ただ当たり前のように日々を過ごし、未来の自分の姿に夢を見て、一心不乱に走る。


 瞳を輝かせ、手を伸ばした先にある希望。少年なら誰もが描く英雄願望。

 それをユトゥスは純粋な気持ちで追いかけたかった。

 だが、運命がそうさせなかった。その存在はユトゥスの持ち得る全てを奪い去った。


 ユトゥスが村が襲われた原因を知ったのは冒険者になって間もなくの頃だ。

 酒場で知り合った冒険者から話を聞くと、原因は魔物大暴走スタンピードだった。


 魔物大暴走とは、迷宮再構成が為された迷宮で、出現した魔物が迷宮から飛び出す現象だ。

 しかし、本来は冒険者ギルドがその現象を防ぐために冒険者を派遣するので、滅多に起きることはない。


 つまりは迷宮を管理する冒険者ギルドの怠慢である。

 しかし、ユトゥスからすればどうでもいい話だった。

 ユトゥスはギルドを恨んだ。だが、それで村が帰ってくるわけではない。


 それに生活するためには、弟妹達の世話のためにはギルドでお金を稼がなければいけない。

 泣き寝入りしかユトゥスには選択肢が無かった。


 村を、皆を返してくれ、とユトゥスは祈った日もたくさんある。

 されど、そんな願いは届くことは決してない。今までも。これからも。

 なぜあんな運命になったのか。なぜそんな目に遭わないといけないのか。

 巻き込まないでくれ。振り回さないでくれ。神様はいるんだろ?


「......嫌な記憶を思い出した」


 ユトゥスは頭を抱えた。

 脳内に流れる鮮明な記憶に頭痛すら感じる。

 同時に、記憶の中にいた当時の自分が「これ以上見るな」と言ってた。


「ふふっ♪ だから、言ったでしょ? ユーちゃんは神様を恨んでる人だって」


 リリーがユトゥスの前にフワッと立つ。

 まるで羽毛のような軽さをした着地をし、足元の波紋が広がる。


「悪趣味だな、こんな記憶を見せるなんて。

 それに君が俺の職業を与えた存在だとしたら、どうしてもっと早く明かしてくれなかった?

 見ているだけでどうして助けなかった?」


 ユトゥスは睨みつけるようにリリーを見た。

 それに対し、少女はキョトンとした顔をして答える。


「助けたよ。わたしはどの神様よりよっぽど」


「......どういう意味だ?」


「ユーちゃんは村が魔物の大群に襲われる時、既に職業を貰ってた。それはわたしがあげたもの。

 でも、ユーちゃんが貰うはずだった職業は実は別なんだ」


 リリーはユトゥスの周りをゆっくりと歩き始める。

 ひざを伸ばしとーんとーんと一定のリズムを刻みながら。

 ユトゥスはその姿を目だけで追う。


「さっきも言ったけど、わたしはむしろユーちゃんを助けた方だよ?

 あの時のユーちゃんの与えられるはずだった職業がなんだったか知ってる?――『村人』だよ」


 村人.....職業としてはもっとも数の多い最底辺の職業だ。

 とはいえ、農業をするのに必要な力を身に付けるので、戦う力はなくとも必要な職業ではある。


「信じるか信じないかは勝手にすればいいけど、わたしはユーちゃんに嘘はつかないつもりだよ。

 ホントふざけた神様だよね。村が襲われるって未来どうせ知ってただろうに。

 ま、でも、そっちの方がかえって諦めはつきやすかったのかも」


 リリーは勝手に一人でしゃべり納得する。

 しかし、その言葉にユトゥスは意外にも共感する部分はあった。それは最後の言葉だ。

 確かに、ユトゥスが今の今まで頑張ってたのは、ずっと隠された職業に力があると思ってたからだ。


 だが、それがもし始めっから「村人」であることが分かっていたなら話は変わっていただろう。

 それこそ、冒険者になって命を張って頑張らずとも別の未来があったのかもしれない。


 少なくとも、迷宮で村を壊滅させた魔物という存在に殺されることはなかった。

 しかし、それでユトゥスが夢を本当に諦めきれたのか――答えは否だ。


「確かに、力も何もない俺が冒険者をやってるのは、無謀な死に急ぎな行為だったかもしれない。

 だけど、俺は昔っから冒険に憧れてたんだ。

 英雄みたいに有名になってみたかった。ずっと夢見ていたんだ」


 ユトゥスが“満天星団”を作ったのは失った故郷を取り戻すことが目的だ。

 しかし同時に、子供ながらに抱えていた強い憧れが原動力としてあったのは確かだ。


 「村人」としての生き方の方がユトゥスにとって安全で幸せな未来が待っていたかもしれない。

 だが、ユトゥスの夢を考えれば、例え職業が冒険者に向かない「村人」であっても、彼は冒険者を選択していた。


「俺は冒険者として故郷の仲間と一緒に冒険し、冒険者として死んだ。

 意外とその結果に関しては悔いはないんだ。だって、人生の最後まで冒険できたってことだし」


「......」


「弱くて凹むし、怖くて逃げることがあったけど、それ超えるぐらい楽しいこともあったから。

 ま、仲間と誓った夢を果たせずにあっという間に死んじまったのは申し訳ないけどな」


 リリーは不思議そうな顔をしてユトゥスを見る。

 さっきまでの恨みがましい目とは打って変わっての表情をしてるからだろう。

 確かに、こんな人生にしたのはリリーちゃんだろ、とユトゥスは先ほどまで恨んでいた。


 しかし、見方を変えれば、逆に職業不明だったからこそ僅かな希望を胸に努力を重ね、仲間と冒険する人生を送れた。

 それに、どうせ元の職業が「村人」なら結局村は救えなかった。その歴史は変わらない。

 ならば、少しでも可能性があったかもしれない今の方が結果から見れば良かったといえる。


 たぶん、俺は少しおかしいのかもしれないな、とユトゥスは笑った。

 しかし、そんな自分も嫌いじゃない。


「ありがとな。希望を見せてくれて。そのおかげで腐らずに頑張れた」


 ユトゥスの言葉は、普通ここまで追い込んだ相手にかける言葉ではない。

 そんなことはユトゥスもわかっている。それでも、言うのが筋だ、と彼は思ったのだ。

 誰しもが思い描く自分だけの冒険譚――ユトゥスはそれを描けたことが嬉しいのだ。

 あいにくハッピーエンドな結末ではなかったが。


「そっか。感謝しちゃうんだ......」


 リリーはユトゥスの言葉に初めて悲しんでいるような声を出した。

 そして、少女は腕を組み、少し考えて答える。


「......そうだね。やっぱり神様を殺そう」


「は?」


 リリーの言葉にユトゥスは困惑した。

 その少女の口角は上がっておらず、声のトーンも真面目だ。


「待て、何を言って――」


「だって、そんな結末報われないじゃん! 悲しいじゃん! 寂しいじゃん!

 だって報われずに地獄を見るような世界に満足するなんておかしいじゃん!

 だからこそ、こんな残酷な世界を作り出す神様はぶっ殺した方が良い!」


 本気だ。この子は本気でそう言ってる、とユトゥスは理解した。

 そういう気迫が伝わってくるというか、息が詰まりそうな怒気を纏っている。

 どうやらユトゥスが出した結論が彼女の何かの琴線に触れてしまったようだ。


「やっぱり神様は許せない。ただの傍観者。

 頑張ってきた人を救いもなく見殺しにするクズ。

 今までもきっと無慈悲に誇りも尊厳もなく殺されてきた人はたくさんいる。

 こんな世界は壊れてしまえばいい。だけど、あいにくわたしは世界から外された」


 リリーから溢れる強い憎悪の感情がユトゥスに伝わる。

 相変わらず目元は書き潰したような感じで分からない。


 それでも今どんな感じの目をしているのかはユトゥスにも想像できる。

 きっと村に襲われた時のた村の子供の目と一緒だろう――親を魔物に殺され殺意の心が染まった目だ。


「ほんと酷いよね。散々利用してそのくせ信仰心や欲望のせいでなりたくもない存在に祀り上げられる。

 何もないこんな虚無の空間。死ぬことも出来ず、気が遠くなるような時を過ごしていく。

 まるで永遠に続く牢獄のよう。だけど、そんな日々もやっと終わるの。ユーちゃんに出会えたからね」


 リリーはそっと両手を伸ばした。

 その行動の意味をユトゥスは察する。


「......俺は生き返るのか?」


「うん。言ったよね、とんでもパワーを使うって。

 ユーちゃんの魂魄はまだ元の世界を旅立ってない。

 この世界は夢みたいなものだから時間経過もごくわずか。

 そして、万が一のためにわたしはしっかり準備してるんだよ♪」


 ユトゥスは冷や汗をかいた。

 どうやら本当に生き返る手段があるようだ。

 それは嬉しいことであり、同時に未知への恐怖もあった。

 命の復活などユミリィでも出来るかどうか。

 出来ると噂されているのは聖女ぐらいだ。


 しかし、まるで確実に出来るとばかりにリリーは言う。

 やはりこの子は......、とユトゥスが何かを悟った一方で、リリーは手に力を集中させた。


「今からユーちゃんに力を授けるよ。といっても、いきなり全ての力を与えたらユーちゃんが壊れかねないから、成長次第で能力のレベルアップや解放が出来るようにした。

 まぁ、要はこれまでの人と同じようなことをするってだけなんだけどね」


 リリーの両手の間に黒い塊が生成されていく。

 最初は小さかったそれは服の黒色を吸い込んで大きくなる。

 同時に、球体に吸われたリリーのワンピースは真っ白へと変わった。


 ユトゥスはそれを見て猛烈な悪寒がした。

 黒から連想できること、加えてリリーの態度から考えるとその球体は”悪意”かもしれない。

 そして、それをリリーは抱えている。


「はい、どうぞ♪」


 リリーがそう言うと、彼女の手元から黒い球体が離れる。

 移動先にいるのは当然ユトゥスだ。

 ユトゥスは逃げようとするが、なぜかその場から動けない。


 その黒い球体はスーッと移動し、ユトゥスの胸に沁み込んでいく。

 瞬間、ユトゥスの胸は両手で胸を押さえた。

 心臓がギューッと握られているかのように苦しい。

 目がチカチカするような衝撃で、呼吸すらままならない。

 同時に、ユトゥスの意識がどんどん遠のいていく。


「今度会えるのはいつかな? ある程度力をつけてからかも。

 それじゃ、ちゃーんと神様を殺しに行ってね♪ 後、勇者の血族も。

 そして、わたしのプレゼントにもたくさん喜んでね♪ バイバーイ!」


 ユトゥスは視界が霞んで今にも閉じそうになる目でリリーを見る。

 そして、この子をこのままにしてはいけない。この願いに逆らわないと、と決意した。

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