第7話 誰よりも信じてるから

 迷宮再構築が行われた翌日。

 冒険者ギルドのとある席で二人の男性冒険者が話している。

 話題はとある迷宮で起きた異変についてだ。


「おい、聞いたか。Cランク迷宮『獣過の巣穴』が迷宮再構築リメイクされたらしいぞ。

 加えて、脱出出来た冒険者から話を聞けば、Aランクの魔物が跋扈してるらしい」


「ってことは、Aランク迷宮になった『獣過の巣穴』ってことか!?

 おいおい、豪華なお宝はたんまりありそうだけど、一体どこのパーティがそこに行けんだよ!?」


 いつも賑やかな冒険者ギルドはいつも以上に騒がしくしていた。

 加えて、雰囲気は賑やかではなく緊迫とした空気が張り詰めている。

 冒険者ギルド側も一部の受付嬢は除いて、今日も昨日から続く会議中だ。


 冒険者の間で飛び交う会話は新しくなった迷宮の情報だ。

 特に魔物の強さや種類、階層など迷宮を攻略するのに必要などを頻繁に話している。

 しかし、それを話し合ったところで、その冒険者達がその迷宮に行くかどうかは別の話だ。


 なぜなら、迷宮であっても冒険者であっても、Aランク未満とAランク以上には大きな隔たりが存在するからだ。

 迷宮であれば出現する魔物のレベルの壁であり、冒険者であれば才能の壁に当たる。


 魔物のレベルの壁に関しては、Aランクの魔物は一匹当たりの平均で500レベルほどと言われている。

 対して、Bランクの魔物は150レベルほど。その差は三倍弱だ。

 また、突出した才能を誇るSランク冒険者やAランク冒険者を除けば、Bランク冒険者の平均レベルは80レベルほど。


 そして、冒険者パーティの平均人数は四から五人。勝てる可能性はとても低い。

 仮に勝てても、Aランクの迷宮はAランクの魔物が当たり前にいる。

 Aランクの冒険者が一匹との戦闘で大きく疲弊するほどだ。

 他の冒険者ではどうなるかなど語る必要もあるまい。

 これが冒険者ギルドがパーティでの行動を勧めている理由の一端である。


 冒険者の才能の壁とは、つまり”職業ギフト”である。

 実のところ、Aランク冒険者に上がれる冒険者は少数なのだ。

 Bランク冒険者(いわゆるベテラン冒険者)までは長い時間をかければ誰でもなれる。

 しかし、Aランクからはどれだけ強い職業を得たかで今後の人生が決まる。

 なぜなら、職業がレアであれば、その職業でしか取得できない強力なスキルが取得しやすいからだ。


 強いスキルがどういう類かにもよるが、そのスキルはおおよそ勝率を格段に上げてくれることが多い。

 そして、強い魔物を倒すほど経験値が多い以上、そのスキルを駆使し強い魔物を倒し続ければ、当然レベルアップもしやすくなる。


 これがAランク冒険者になるための才能の壁である。職業による残酷な優劣だ。

 ちなみに、SランクはAランクの中でもさらに希少な才能を持つ存在だけがなれる伝説のランクであり、その可能性を”満点星団”の四人は握っている。

 

 加えて、冒険者業にも寿命というのが存在する。

 いわゆる”寄る年波には勝てない”というやつだ。

 体が若いうちは自分の思い通りに体を動かすことができる。

 しかし、加齢による体の退化は思考と行動のパスを弱くする。

 結果、老年の冒険者は思わぬところで死んでしまうことが多い。


 命からがら街に戻ってきた冒険者が、自分の見て来たことを周りの冒険者達に話していく。

 その冒険者達のほとんどは野次馬のようなものだ。

 ただ、中には逃げ遅れた知り合い冒険者に対し悲しむ冒険者の姿もあった。

 そして、とある場所では迷宮から帰ってきた冒険者に怒る冒険者がいた。


 その冒険者の一人であるドンバスは悪鬼のような顔で憤怒していた。

 ドンバスの右手には空中に持ち上げられているトバンの姿がある。


「おい、テメェ! 今なんて言った!?」


「ちょ、ドンバス落ち着いて!」


 サクヤはあわあわした様子で止めに入る。

 冒険者同士のいざこざはどこにでもあることだ。

 しかし、Aランクのドンバスが怒りに身を任せて殴れば、相手を殺しかねない。

 それを止めるのが新リーダーであるサクヤの仕事である。


 ドンバスの睨みつける視線に対し、トバンはただ目線を下に向ける。

 彼は苦しそうにしながらも抵抗する様子はない。

 そして、彼は先ほど言った言葉をもう一度繰り返す。


「見捨てたんだ......俺が」


「テメェ......っ!」


 ドンバスの額に青筋が走っている。顔は紅潮し、目つきが鋭い。

 しかし、ギリギリのところで理性が働いているのか握られた左拳は小刻みに震えている。

 その一方で、トバンは先程から変わらず抵抗する様子はない。

 彼の近くにいるコールとバレッタすらも止めようとせず目を伏せるばかりだ。


「ドンバス、降ろしなさい」


 その時、アニリスがドンバスに声をかけた。

 アニリスはドンバスの腕に優しく触れ、手を離すよう言外でも伝えている。

 その言葉にドンバスはアニリスを見る。彼女はどこか穏やかそうな表情をしていた。

 そんな彼女の様子にドンバスは眉をひそめ、口を聞く。


「アニリス、だがよ――」


「いいから。降ろしなさい」


 瞬間、アニリスはギロッと睨んだ。

 ドンバスはその瞳にビクッと体を震わせ、渋々トバンを解放する。

 アニリスに睨まれたドンバスはさながら飼い主に怒られた大型犬であった。


 サクヤはそんな二人の光景を後ろからハラハラした気持ちで見ていた。

 そして、アニリスが止めてくれたことにホッと胸を撫でおろす。

 良かった、無事に収まりそう、とサクヤが思ったのも束の間、アニリスは手トバンに手をかざした。


「ユティーを殺そうとしたことは万死に値する。消えなさい」


 アニリスが手のひらに魔力を集中させていく。

 その行動にサクヤは顔を青ざめさせた。

 不味い、完全に殺す気だ、とサクヤはすぐさま理解する。

 加えて、「賢者」の職業効果で魔法威力が特大アップされているはず。

 それが意味するのは――この場にいる冒険者を諸共確実に吹っ飛ばすということ。


「ちょちょちょ、ストップスト―ップ!」


 サクヤは凄まじい悪寒とともに、すぐにアニリスを後ろからホールド。

 この沸点の低い姉を暴れさせたら、それこそ街が半しかねない。


「何よ! サクヤ、あんたはアイツらの肩を持つっての!?」


「そうじゃないけど、それはしちゃダメだって!」


「アニー、落ち着いて。やるなら森の中だよ!」


「ユミリィ、求めていたフォローはそうじゃない!」


 サクヤはユミリィの間違ったフォローに困惑する。相変わらず血の気が多い姉達である。

 ユミリィは回復担当なのにドンバスより血の気が多いとはこれいかに。

 そんな二人を見てドンバスが冷静になって引いている。

 引いてないで、一緒に止めてくれ、とサクヤは思ったが、止めるのに必死で言う機会を逃した。

 ともかく、これ以上姉達に主導権を渡させてはいけない。


「あのさ、それは本当のことかもしれない。だけど、全部言ってる?」


「っ!」

 

 サクヤは自ら場の主導権を握って”夕暮れの花”の三人に質問した。

 その言葉に全員がビクッと反応する。やはりそうか、とサクヤはため息を吐いた。

 ようやく落ち着いたアニリスを解放すると、もう一度サクヤは彼らに尋ねた。


「あのさ、わざと罰を受けるように断片的な事実を伝えなくていい。

 君達がユトゥス兄さんをどういう風に思ってるか知ってる。

 だから、その上で正直にありのままのことを話してくれ。

 大丈夫、アニリスとユミリィのことはドンバスが責任もって止めるから」


 その言葉にドンバス「え、俺!?」といった反応をする。

 しかし、サクヤは彼の反応を無視し、三人からの言葉を待った。


「......実は――」


 それから、コール、バレッタ、トバンの三人は迷宮再構築が行われた時の状況を話し始めた。

 必死に逃げて上の階層に行く階段を探している時にユトゥスを見つけたこと。

 ユトゥスがAランクパーティ“満天星団”と知って近くに仲間がいると思い助けたこと。

 しかし、一人と知り、加えてユトゥスの実力を知っていたので見捨てようと画策したこと。

 だが結果的に、ユトゥスが自ら囮になることで助けられてしまったこと。


「ハァ......ま、なんとなくわかってた」


 全ての話を聞いた時、サクヤは起きた事実に納得していた。

 兄さんは一番死にやすいのに、とサクヤは苦笑いを浮かべる。

 そのくせに、ユトゥスはが自分の危険に対して無頓着な節がある。


 それは村に魔物が襲撃してきた時のことが要因として大きい。

 ユトゥスは家族を、友達を、皆を助けたいということを誰よりも思っていた。

 サクヤのような職業であれば小さいながらも可能性はあった。

 しかし、謎の職業に振り回され、時間だけが過ぎる。


 結果、村は魔物に襲われ、ユトゥスはサクヤ達を逃がすことしか出来なかった。

 だからこそ、サクヤはユトゥスに頼らずとも生きられるように努力したのだ。

 そして、あの時守ってくれたユトゥスを今度は守れるように。


「ユトゥスお兄ちゃん......」


 アニリスが泣き崩れる。

 その場にぺたんと座り、昔のような呼び方に変わっていた。

 そんなアニリスにユミリィが慰めるようにそっとそばに寄った。


 一方で、ドンバスはありのままの事実を受け止めているようだ。

 両手の拳は高ぶる感情を抑えるように握られており、険しい顔をして涙をこらえている。

 ドンバスの姿を見て、リーダーとして悲しんでばかりはいられない、とサクヤはユトゥスとの約束を思い出して決意する。

 それに一つだけ思うことがある。それは――


「一つ確認したいんだけど、三人はユトゥス兄さんが死ぬ瞬間を見てないんだよね?」


「そう......ですね。無我夢中で走ってたから」


 ”夕暮れの花”の三人は顔を見合わせ、コールがその質問に答えた。

 瞬間、アニリスが泣き止み、涙を拭うことも忘れて立ち上がる。


「それじゃ、ユトゥスお兄ちゃんがまだ生きてるかもしれないってこと!?」


 その急に元気な声にバレッタは困惑しながら返答する。


「か、かもしれないです。可能性は低いですが......」


「なら、大丈夫さ。ユトゥス兄さんって案外強運だからね。それこそ命を張ったことに関しては」


 サクヤはバレッタを安心させるように笑った。

 というのも、ユトゥスが命を張ったことなんて今回に始まったことではない。

 例を挙げるなら、やはり村に襲撃してきた魔物の大群から逃げた時のことだ。


 ユトゥスに先導され逃げるサクヤ達。

 しかし、一部の魔物は彼らに気付き、襲ってきた。

 すると、ユトゥスが囮になって彼らが逃げる時間を稼いだのだ。


 その時はサクヤもユトゥスは死んだと思った。

 しかしその予想に反して、ユトゥスはボロボロになりながらも帰ってきた。

 誰もが死ぬと思っていた状況で生きて帰ってきたのだ。

 その時、サクヤはユトゥスが強い運を引き寄せる力があることを確信した。

 だから、サクヤは兄さんは必ず生きてると信じている。


「なら、早く助けに行こうよ! 今ならまだ間に合うかも!」


「あぁ、そうだ! 俺達ならどうにかなるかもしれない!」


 ユミリィとドンバスが興奮した様子で言った。

 一方で、サクヤは今の状況を俯瞰していた。

 サクヤとて二人の気持ちは理解している。


 自分だって今すぐ飛び出していきたい、とサクヤは思っている。

 しかし、サクヤはユトゥスが帰って来るまでこのパーティを任された代理リーダー。

 そして、リーダーに求められるのはどんな時にも冷静なことだ。


「落ち着いて、二人とも。魔物のランクと冒険者ランクは一致しないことを忘れた?

 Aランクの魔物は一体で......僕達四人がかりでようやく挑める強さの相手だ。

 つまり、そのランクの魔物が蔓延る迷宮を僕達だけで挑むのは得策じゃない」


「なら、このまま黙って見過ごせって言うの!?」


 アニリスがサクヤにつっかかる。

 しかし、サクヤは落ち着いて首を横に振った。


「そんなことは言ってない。救助隊を結成するんだ。他に有志の協力者を集めてね。

 今は情報が錯そうしているからすぐにとはいかないだろう。でも、それが一番早い。

 確かに、兄さんのことは心配だ。だけど、アニリス。

 僕達が誰よりも兄さんが生きてることを信じなきゃ」


「っ!」


 アニリスの目が大きく開かれる。そして、彼女は涙を拭った。

 直後、サクヤが見た彼女の瞳はいつもの宝石のような色をしていた。


「そうね。ユティーは大丈夫。だから、私達は今出来ることをする」


「あぁ、その通りだ。ユミリィとドンバスもそれでいい?」


「うん。そうと決まれば早速行動あるのみ!

 アタシ、怪我人を回復しながらユティーのことを聞いてみる!」


「なら、俺は今後必要になるかもしれない物資を調達してくる」


「あ、それ私も行くわ!」


 ユミリィ、ドンバス、アニリスはそれぞれ今の自分に出来ることを考え行動し始めた。

 サクヤはその姿を見て嬉しそうに笑った。

 兄さん、自分達は兄さんのおかげでここまで成長できたんだよ、とサクヤはこの場にいないユトゥスに感謝する。


「それじゃ、君達にもやることを与えよう」


 サクヤは”夕陽の花”の三人にそう声をかけると、彼らは首を傾げた。

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