第19話 護衛
異常な数と強さのウルフたちをあっという間に討伐してしまった私たちは、殿下と合流して情報交換をすることにした。
「では、元の場所に戻りましょう」
「ああ。……手を」
「へ?」
スイさん――ルイ様は、いつもエスコートしてくれるときのように手を差し出した。
「……危ないから」
「え、ええ。ありがとうございます」
こ、これも護衛のフリをするための演技の一環なのかな……?
最近ルイ様を前にすると落ち着かない心臓が、トクトクと音を立てていて、胸が苦しい。
私、まだ体調悪いのかな……?
自分の身体の変な様子に戸惑いながら、歩いて最初の場所に向かって戻る。
ルイ様は私に合わせてゆっくり歩いてくれて、ときおり「気をつけて」と声をかけながら、さりげなく高いところの葉や蔓のようなものを払ってくれていて、心臓は落ち着くどころかせわしなくなる一方だった。
「リア、スイ」
ようやく殿下のところにたどり着き、ルイ様の手が離れる。
そのことを寂しく思いながらも、緊張でこわばっていた身体をほぐすように息を吐いた。
「殿下、討伐完了いたしました」
「うむ、ありがとう。お疲れ様」
ルイ様の簡潔な報告に、ありがとうとわざわざ感謝を述べる殿下に、この人のこういうところがやっぱり好きなんだよな、と思う。
「リアもありがとう。お疲れ様」
「ありがとうございます。殿下もお疲れ様です」
「うん、ありがとう。はー、やっぱり良いね、ソフィアからのお疲れ様は」
「!」
名前の呼び方が戻っている。
ということは、今のこの一瞬で妨害魔法をかけたということ……?
は、はやすぎる。本当に規格外。
「ふふ、ありがとう」
「まだ褒めてません」
「まだ、ね」
殿下はクスクスと笑って楽しそうだ。
戦場に似つかわしくない笑顔だけど、やっぱり素敵だなと思った。
「さあ、情報交換といこう」
私とルイ様は揃って頷く。
「まずはルー、どうだった?」
「実際に剣で切った感じ、いつものウルフより倍、いや、それ以上に強かったと思います」
私もルイ様の意見にはおおむね同意だ。
「うんそうだね。ソフィアは?」
頷く殿下に意見を促され、できるだけ丁寧に説明する。
「そうですね。あえて魔力量を調整し、普通のウルフを一撃で仕留められる魔法を放ちました。ですが、倒れるどころかそのまま突進してきました。その後少しずつ魔力量を調整したところ、大体3倍で仕留められましたので、強さは3倍といったところでしょう」
「……!」
「ふふ、ソフィアはすごいでしょう?」
驚くルイ様に、殿下が絡んでいる。
大したことじゃ無いのに、殿下は大げさなんだから……。
殿下はふっと真面目な顔になり、あごに手をあてて考え込む。
「3倍、ね……。そんなに強くないウルフだったからまだ良かったものの、もっと強い魔物が3倍も強くなるかもしれないとなると、かなりのリスクがあるね」
私は頷いて、同意の意を示す。
殿下の言うことはもっともだ。
そのうえさらに危険なのが、その活性化が1種類の魔物だけでなく、たくさんの種類で、それも大量に起ってしまった場合だ。
「やはり、早急に原因を探る必要があるね」
ルイ様も同じ考えのようで、険しい顔で頷いている。
原因、か……。
文献にも載っていない魔物の活性化の原因なんて、見当もつかないな……。
3人とも思い当たる原因が無くて、しばし沈黙が落ちる。
「おっと、ごめん。ちょっと用を思い出したから先に王宮に戻るね」
沈黙を破った殿下は、急に何かを思い出したようで、申し訳なさそうに微笑む。
「わかりました」
相変わらず忙しい人だ。
「ごめんね。〈客間〉で落ち合おう」
「御意」
ルイ様の返事を聞くや否や、殿下はすぐに転移してしまった。
「はやい……」
魔方陣の展開から発動まで、ほとんど時間を要していなかった。
久しぶりに間近で殿下の転移魔法を見られて、私は感動して目がキラキラと輝いてしまう。
「……」
ルイ様は黙ったまま、殿下がいなくなった空中を見つめ、それから私に視線を移して、悲しそうに微笑んだ。
ルイ様も、殿下の魔法に感心しているのかな……? なぜ、悲しそうな顔をなさるのかは分からないけれど……。
殿下に比べて実力不足だとでも思っているのかしら。そんなことないのに。
何となく声をかけづらくて、何も言えなかった。
私も頑張らなくちゃ。殿下に追いつくんだから。
殿下の魔法に刺激を受け、気合いを入れ直すと、ふと微弱な魔力を感知した。
「これは……?」
振り返ると、森の入り口の木の下に、きのこが生えている。
少し近寄ってみると、ルイ様もすぐそばに来てくれていた。
「きのこだな」
「ええ、きのこですね」
このきのこが微弱だけど、魔力を帯びているみたいだ。
「やけにたくさん生えているな」
確かに、きのこは木の根元を覆い尽くすように、大量に生えている。
周りを見回せば、ほとんどの木の根元に生えているようだった。
「この国では珍しい種類だったと思いますが……」
何だか違和感があるな……。
「よく知っているな」
ルイ様が感心したようにこちらを見る。
「図書館で、昔読んだ本に書いてあった気がします」
一度目を通しただけだけど、隣国にはたくさん生えているとかだったと思う。
気になった私は、魔法で人の状態を探る時のように、きのこの状態を探ってみる。
「その魔法は……?」
「物質の状態を見る魔法です。探知魔法の応用魔法ですね」
「……リアは、本当にすごいな」
ルイ様は呆れたように笑っている。
呆れられるようなことしたかな……?
不思議に思いつつも、きのこ解析に集中する。
「……!」
私はルイ様を振り返って、きのこを指さし、にやりと笑った。
「スイさん、これが原因かもしれません」
「原因って……まさか、あの現象の?」
「はい、可能性は高いかと」
スイさんは不思議そうにきのこを眺める。
「禍々しい気配は、特に感じないが」
「そうですね」
ルイ様は、ますます訳が分からないといった表情できのこを眺めている。
「とりあえず、もって帰りましょう」
私はきのこの周りから1㎝だけ浮かせて、キノコの輪郭に沿って結界を張る。
「それは、何を……?」
「きのこに結界を張りました。二重にしましたし、これで、危険性は無いと思います」
「……二重? 魔法で結界を探知することはできるが、肉眼では何も見えないのに?」
ルイ様はまじまじときのこの周りの結界を観察している。
「そうですね。肉眼で見るのは厳しいと思います」
きちんと結界が作用していることを確認し、収納魔法できのこをしまう。
「そ、そんな細かいことができるのか?」
「慣れれば誰でもできると思いますよ」
ルイ様なら、すぐにでもできてしまいそうだ。
「いや……」
ルイ様は、困ったように微笑んで。
「はは、リアには驚かされてばかりだ」
と、嬉しそうに笑った。
とてもまぶしいと、そう思った。
「戻りましょう」
私は火照った頬を隠すように、顔を背けながら言った。
「ああ。帰りくらいは送らせてほしい」
「ええ!? 大丈夫ですよ! これを王宮に届けに行くだけですし」
きのこには結界も張ってるし、危ないことは無いはずだ。
「殿下のところに行くんだろう? 俺もいく」
「え、ええ、呼ばれてましたよね、スイさんも。ですが――」
自分で転移できます、と言おうとしたけれど、ルイ様に遮られてしまった。
「俺は今、リアの護衛だ」
真っ直ぐに目を見つめて、真剣な表情で告げられる。
そ、それは身分を誤魔化すための名目であって……?
「そ、そうですね……?」
「決まりだな」
いたずらっぽく笑うルイ様が子どものようで、またかわいらしいななんて思ってしまった。
護衛という名目だということは知っていますよ、という意味だったのだけれど、送ってくれることを了承したと思われてしまったみたいだ。
「転移魔法で良いか?」
もう素直にお言葉に甘えることにした。
本音は、ルイ様の魔法が見たいっていう気持ちが7割8割……いや、100パーセントですごめんなさい。
「大丈夫です。正直、転移するには魔力が微妙な量だったので助かります」
まあすぐに回復するから帰れないことは無いと思うけど、念のためきのこに強めの結界を張っているので、回復にはそれなりに時間がかかるだろう。
おのれきのこめ。
「ふふ、わかっている」
当然だとばかりに、ルイ様は少し胸を張る。
そっか、ルイ様なら見れば分かるか。
「帰れないこともないだろうが、ギリギリの魔力量での転移は危険だからな」
ルイ様はそれも分かってくれていて、送ると申し出てくれたのかもしれない。
侮れない人だな。
「それに――」
「こんな危ないところに、一人で置いていくなんてできない」
ルイ様の真剣な声色に、心臓が大きく跳ねる。
「ありがとう、ございます……」
「気にしないでくれ」
これは、護衛の演技、なんだよね……?
向けられた視線があまりにも真剣で、勘違いしてしまいそうになる。
私が動揺している間に、ルイ様がすぐそばまで来ていた。
「では、失礼する」
「え? ひゃっ」
思ったより近い位置から声が聞こえたことに驚く間もなく、ルイ様にお姫様抱っこされていた。
えええ!? お姫様抱っこ!?
3回! 3回もルイ様にお姫様抱っこされちゃってるよ……!
「大丈夫か? 怖かったら目をつむっていてほしい」
「は、はひ……」
うう、動揺しすぎて噛んだ……。
ルイ様の腕の中は全く怖くなかったけれど、恥ずかしさに耐えきれなくて目をつむると、
「【転移】」
というルイ様の声がすぐ近くで聞こえた。
まばゆい光に包まれる。
ルイ様の魔法、温かいな……。
眠くなるような心地よさを感じて、安心してルイ様に身を任せる。
光が収まって、恐る恐る目を開けると、そこはすでに〈客間〉で。
「……仲がよくて何よりだよ」
目が合った殿下は、笑顔だけど、目が笑っていない。
何で殿下は怒っているんだろう……?
私は殿下の気持ちが分からなくて不思議に思いながら、夢の世界に落ちていった。
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