第17話 変装魔法
「では、妨害魔法を覚えるのが良さそうですね」
「はい……。え?」
私が考えたことをそのまま口にしたら、ルイ様は何を言っているのか分からないという顔でぽかんとしていた。
「で、ですから、時間がかかるため……」
「いえ、最近楽に変装できるようにと、開発したんです」
「か、開発……?」
私は魔法で紙を取り出して、頭の中にある魔方陣を紙に描きだす。
魔法陣が描かれた紙が淡い光を放ち、やがて光が収まると、黒い魔方陣がくっきりと見えた。
「こ、これは……?」
「自身の認識をゆがめる魔法です。一度作りだした幻影を纏うように維持するので、従来の変身魔法から大幅に魔力消費を抑えています」
私はルイ様に魔方陣の説明をしながら、魔方陣に綻びが無いか確認する。
うん、大丈夫そうだ。
「い、いったいどこでこんな魔法を……?」
「どこ? えっと、あったら良いなーと思って作りました」
どこも何も、私が作った魔法だ。
「作る!? ソフィア様が!?」
「え? は、はい……」
そんなに驚くことかな……?
小さい頃からよく殿下と一緒に色々な魔法を作って遊んでいて、今も自分なりに開発したり改良したりしているだけだ。
だから殿下だって作っていると思うし、魔法の開発とか改良とかはルイ様にも馴染みのあるものだと思っていたけれど、どうやら違ったみたいだ。
殿下、あまり魔法を作らなくなってしまったのかな? お忙しいし、何よりもう改善する必要がないくらいの実力を持っているしなあ、あのお方は……。
「何て人だ……」
ルイ様は口をあんぐりと開けたまま、ぽつりとつぶやいた。
えーと、聞こえてますよ?
よく分からないけど、引かれてしまったのかな……?
そうだとしたら、ちょっと、いや大分悲しい。
「と、とにかく、使ってみてください。術式の簡略化も終わっていますし、習得は簡単だと思います」
「は、はい……」
ルイ様は魔方陣が描かれた紙を手に取り、まじまじと観察している。
魔法を習得するには、魔方陣を構成している術式を読み解いて完璧に理解し、自分のものにする方法が確実だ。
複雑な魔法ほど術式も複雑になってしまって、習得が難しくなってしまう。
そのため、誰でも扱えるような魔法を作るには、魔法の効果や威力は落とさず、術式を簡略化する作業が必要になってくる。
これがまた難しいけど、とても楽しい作業でもあって、私は魔法の開発も改良も大好きだった。
「いかがですか? わかりにくいところがあれば仰ってください」
作ったのは私なので、細部まできちんと理解できている。
でも他の人に見てもらうと、自分では気づけないことを指摘してもらえることもある。
私は人前ではあまり魔法が使えないことになっているので、自分の開発した魔法を人に見てもらえるのは、殿下とアレクシアくらいだった。
久しぶりに他の人に見てもらうので、少し緊張してしまう。
私の問いかけに、ルイ様は顔を上げて、こちらを見た。
「いえ、すごく簡潔で……、無駄が一つも無い。本当に美しい魔方陣ですね」
やわらかく微笑んでくれたルイ様の頬は、興奮で少し赤らんでいる。
「こんな素晴らしい魔法に出会えて、嬉しいです」
「……!」
そんな風に言っていただけるなんて……。
ただ魔法を褒めてもらえるだけでもとても嬉しいけれど、他でもないルイ様に褒めていただけたことが、何にも代えがたいくらいに嬉しくて、幸せだった。
私は心の底から嬉しさがこみ上げてきて、でも真っ直ぐに見据えてくれるルイ様の視線に少し恥ずかしくなってしまって、たぶんほんのり赤くなった頬で、照れたように笑った。
「ありがとう、ございます……」
嬉しい。本当に嬉しい。
こんなにも温かくてふわふわした気持ちになったのは初めてで、どうしていいか分からなくなる。
ルイ様のほうを見られなくなってしまって、うつむいてしまった。
魔法、もっともっと頑張りたいな。
純粋に、そう思えたことが、また嬉しかった。
「…………」
あれ? ルイ様、何で何も言わないのかな?
別に今までも沈黙が続くことはあったけれど、不思議に思ってルイ様のほうを見ようとして、そろりと顔をあげると、トン、と何かが頭に触れた。
「……え」
目の前には、ソファから身を乗り出して、綺麗でたくましい腕を真っ直ぐ私の頭に伸ばしているルイ様の、驚いたような、何が起きているか分かっていないようなお顔があって。
私も何が起きているか分からなくて、硬直してしまう。
まるで時が止まったかのように、その時間は長く長く感じられて。
少しした後、ルイ様がハッと我に返って、バッと腕を引っ込めた。
「も、申し訳ありません……!」
ルイ様はすごい勢いで頭を下げてくれる。
「い、いえ、大丈夫です……」
私もどうしていいか分からなくて、真っ赤な顔で両手を振る。
「近づくだけでなく、許可無く触れるなど……。不快な思いをさせてしまい……なんとお詫びをしたら良いか……」
私の声が届いていないのか、ルイ様は必要以上に悔いているみたいだった。
私は焦って言葉を返す。
「いえ、本当に大丈夫ですから! 不快など、とんでもありません! むしろ嬉しかったと言いますか!」
ルイ様はぽかんとこちらを見ている。
あれ? 今私、何て言った……?
ぼぼぼぼぼっと顔に熱がのぼっていくのが分かって両手で頬を押さえた。
頭をなでられて嬉しいなんて、子どもみたいな事を言ってしまったわ……!
「ソフィア、様……?」
遠慮がちに、優しい声音で名前を呼ばれて、肩がはねる。
「は、はい……」
駄目だ。目を合わせられない。
「嫌では、なかったですか……?」
「は、はい」
それは本当だ。ルイ様が不快だとかはあり得ないので、はっきりと肯定しておく。
「…………よかった」
はーっと息を吐いたルイ様は、力なく笑っている。
その微笑みが本当に嬉しそうで、どぎまぎしてしまう。
ルイ様はうずうずとしたように、でも遠慮がちに、優しいお顔でそっと言葉を落とした。
「頭に、触れても?」
もう、私は何も考えられなくなって、ただただ、こくり、と頷いた。
私が同意したのを確認して、ルイ様の手が、優しく、でもしっかりと頭に触れる。
軽くなでられて、緊張とどきどきで心臓の音がうるさい。
それでも、嬉しいという思いが一番強く、大きくて。
私はどうしてしまったんだろう。
ちらりとルイ様のほうを盗み見れば、慈愛に満ちた、愛しいものを見るような目を向けられていて。
私がキャパオーバーになり、意識を飛ばしそうになったところで、〈客間〉の扉が勢いよく開く。
「ソフィア! ルー!」
扉が開いたことで、ルイ様はバッと手を離してしまった。
ルイ様の手が離れた瞬間、名残惜しいな、と思ってしまって。
「~~~っ!」
私は声にならない悲鳴を上げた。
「あ、あれ? どうしたんだい? ふたりとも」
ソファの上で身もだえしているふたりを交互に見て、〈客間〉に入ってきた殿下は不思議そうにしている。
「な、何でもありません……」
声も出せない私の代わりに、ルイ様が答える。
ルイ様も顔が真っ赤だ。
「そうかい? まあ、良いけれど……」
殿下は楽しそうに笑って、すぐに真面目な顔になった。
「楽しくお話してたところに悪いね。ちょっと緊急でね」
「……!」
緊急、という言葉に一気に頭が冴え、気が引き締まる。
「どうかなさったのですか?」
殿下に尋ねれば、彼は小さく頷いた。
「任務だ。前線に出てもらうことになる。準備をしてほしい」
前線……。
いきなり前線に出るなんて、よほど緊急なのだろう。
「ソフィアはお休みだったのに、ごめんね」
殿下は眉を下げて、申し訳なさそうに微笑んだ。
「いえ、問題ありません」
緊急なのだ。休みなのに、とかいうわがままは言っていられない。
殿下は「ありがとう」と微笑んでくれた。
こんな時まで律儀な人だ。
「僕は先に行っている。詳しい話はそこでするから」
私とルイ様、それに殿下まで……。
ほぼ総力戦のようなメンバーに、不安が高まる。
「油断はしないでほしいけど、そこまで不安にならなくていいよ」
穏やかに微笑む殿下に、少し心が落ち着く。
「はい」
「御意」
ルイ様もいつの間にか真剣な表情に戻っていて、頼もしく思った。
「準備ができ次第、ここに転移して」
殿下から通信で場所が示された地図が送られてくる。
私はすばやく地図を確認してうなずき、準備を整えるため、転移魔法を使って自宅に戻った。
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