騎士様の素顔

夜星ゆき

第1話 魔法使い

 あるお方からの命で、魔物討伐の最前線に駆けつけた私――ソフィア・キャルロットは、想像以上に酷い状況に絶句した。

「ひ、ひどい……」

 ほとんどの兵士は怪我を負っており、一目で重傷だと分かるほど酷い状態である者も少なくない。魔法使いは魔力切れのために倒れている。かろうじて魔力が残っている者たちが、怪我人を守ろうと必死に結界を張っているが、長くはもたないだろう。

「うっ……」

 あまりの状況に固まってしまったが、うめき声にはっと我に返る。

 うめき声の主は結界を張っている魔法使いのうちの1人のようだ。

 もう限界なのだろう。


 しっかりしなくちゃ……。


 気合いをいれなおし、素早く周囲の安全を確認して、魔力をお腹に集中させる。

 身体のなかで魔力を一カ所に集めることで、魔法の強度をあげることが狙いだ。


 ……よし、これで大丈夫なはず。


 軽く深呼吸をして、自然に呼吸をするように、吐く息に呪文をのせる。


「【結界】」


 つぶやいた瞬間、私の中で凝縮された魔力が、上空にかざした両手から放出される。きらきらと輝く透き通った魔力の光は、壊れかけていた結界を覆うようにつつんでいく。


 よし、光も透明、結界も機能してる。成功だ。


 ほ、と息をついたのもつかの間、次はみんなの手当てだ。

 少しだけ魔力を目に集中させ、より詳しい情報を得ようと周囲の状況を探る。

 【把握】の魔法を応用し、怪我人の状態がステータスとして分かるようにしたのだ。

「魔法使いは魔力切れで気を失っているが処置は必要なし、手当てが必要な怪我人は50人、うち重傷が37人、軽傷は今手当てしてくれている人たちで十分。ならやるべきは――」


 重傷の怪我人の手当て!


「あの、魔法使い様、わたくしたちは何をすれば……」

 怪我人のもとに行こうと走り出しかけたところで、声をかけられた。

 私よりも少し背が高い、格好からしてこの町の看護師といったところだろう。

 この子、魔力は多くないのに状況がよく見えている。

 さっきわたしが張った結界に気がつき、すぐにその結界を張った人物を見極め指示を仰ぎに来たのだろう。

 何をして良いのか分からずおろおろとしているようでいて、瞳はすわっている。優秀な看護師だ。

「軽傷の怪我人の手当てを任せます。魔法使いは失神しているだけなので大丈夫です」

「わ、わかりました!」

 必要事項を端的に伝えると、看護師は一瞬驚いた表情を浮かべたが、やるべきことが定まったからか、迷いが吹っ切れたように走って行った。


 本当に優秀だな。今ので理解できるとは……。

 軽傷の怪我人は彼女に任せて、私も手当てをしなきゃ。


 重傷の怪我人の横に膝をつき、目に集めた魔力の量を少しだけ増やす。より詳しく、丁寧に怪我をした部位とその状態を探っていく。

 間違えた場所に魔力を流し込めば、怪我を悪化させてしまい、最悪の場合は死に至る。

 私は今まで以上に気を引き締め、適切な位置に適切な量だけ魔力を流し込んでいく。

「う……すぅ……」

 怪我人のうめき声が寝息に変わった。

 顔色も土気色だったのが、徐々に赤く色づいてきている。

「良かった……」


 油断はできないが、あとは完治するまで一定の量で魔力を流し込み続けるだけで大丈夫だろう。


 そう判断した私は、魔法のモードを切り替える。


「【治癒】、オートモード」


 これで、完治するまで自動で私の魔力が流し込まれるようになった。

 オートモードは魔力の量や方向を変えられないことが難点だが、今はちょうど良い。

「もう大丈夫ですよ」

 怪我人にそう声をかけると、安心したように深い眠りに落ちていくのが分かる。


 ……間に合って本当に良かった。


「よし、次だ」

 私は次々と怪我人ひとりひとりに合わせた魔力を流し込んでいく。


「【治癒】、オートモード」


 今日、もう何度目かも分からない呪文を唱えると、頭がぼうっとしてきた。


 まずい、さすがに同時に何十人もの怪我人に私の魔力を送り込んでいるから、限界が近くなってきたようだ。


「あとひとり……」


 もう少しだけもってくれ、私の魔力。


 同じように怪我の状態を探り、適切な位置に魔力を流し込む。

「くっ……」


 この人も重傷……かなりの魔力を持っていかれる……。


 私の魔力が減っていくのを感じるほどに、目の前の怪我人の顔色は良くなっていく。


 あともう少し……。


 魔力を流し込み続けてしばらくすると、寝息が聞こえてきた。


「【治癒】、オートモード」


 オートモードにして、問題が起きないか少しの間観察する。


 ……大丈夫そうだな。


「ふぅ」


 な、なんとかもった……。


 これで全員治療したはずだけれど、念のため確認しようと、残り少ない魔力を使って気配を探る。


 うん、感じるのは軽い怪我の気配だけ。

 これなら私の魔力の回復を待ってからの治療で大丈夫そう。

 応急処置はあの看護師たちがやってくれているはずだしね。


 もうすぐにでも座り込みたいぐらいだったけれど、ふと近づいてくる人の気配を感じたので振り返る。

 黒の甲冑に身を包んだ男の人が私のすぐ近くで立ちどまった。

 怪我を負っているようだが、魔法で治療した痕跡が見える。

 すぐに手当てしなければ命に関わる、ということはないだろう。


 あれ、私以外にも魔法を使える人がいたんだ……?


 少し不思議に思ったが、治療をしてほしいのだろうと思って声をかけた。

「あなたもけがを負ったなら甲冑を脱いで見せてください」

 しかし、甲冑の男は少しも動かず、声だけで否定の意を示した。

「いや、大丈夫だ」


 大丈夫って……。

 う~ん、今すぐではなくとも、治療が必要だとは思うのだけれど……。

 まぁ、動けているようだし、とりあえずは大丈夫だろう。


「なら怪我人と魔法使いを運んでいただけると助かります。気を失っているだけですので、命に別状はありません」

 動ける人がほとんどいない状況で、人手が足りていないのは明白だったので、手伝ってもらうことにした。

「わかった」

 甲冑の男はそう短く答えると、私の首と膝に手をかけた。

「ひゃあっ!」

 次の瞬間には、視界がいつもより高いところにあった。

 甲冑の男は、 私をお姫様抱っこしたまま、怪我人を寝かせるスペースのほうに向かって歩き始める。

「な、何で私を持ち上げるんですか!」

 自分が運ばれている意味が分からなくて、抗議の意味を込めて質問する。

 甲冑の男は少しだけ私のほうを見て、しばし沈黙したあと、

「魔法使いを運ぼうと」 

とだけ言った。


 た、確かに私は魔法使いだけれど。


「……それでどうして私になるんです?」


 どう考えても、私がさっき甲冑の男に頼んだ“魔法使い”というのはその辺に倒れている人たちのことだと思うんだけど……?

 何がどうなればそういう解釈になるんだ。


 呆れを含んだ声で尋ねると、至極当然といわんばかりの声が返ってきた。

「……? 君も魔力切れ寸前だろう」

「……!」


 魔力回復の魔法をかけてごまかしていたのに……。

 この人、格好からして騎士なのに、魔法の心得もあるの……?


「回復のスピードもすさまじいが、それと同時にとてつもない量が消費されている。これ以上動くと危険だ」

「それは……」


 そこまで見えているのか。


 この人、並大抵の魔法使いより魔力の流れがよく見えている。しかも、他人の魔力を見ることは、自分の魔力を操ることより遙かに難しいのに、だ。

 確かに、彼の言うとおりだ。

 私は魔力回復を早める魔法を使って、重傷の怪我人たちに流している魔力を補おうとしている。それでも、正直なところ消費量よりほんの少しだけ回復量が上回る程度で、今は歩いただけで魔力切れを起こすだろう。

「でも、」

 あなたの治療が、と言おうとしたのを遮られた。

「きみが魔力切れを起こしたら、重傷の怪我人たちは無事ではいられない」


 うぐっ……。


 それは、そうだ。

 私が魔力切れを起こしたら、怪我が完治する前に治療が止まってしまう。安定してきたからオートモードに切り替えたとはいえ、まだ傷が塞がり切っていない者も多い。そんな状態で治療が止まったら、命を落としてしまうかもしれない。

「わかり、ました……」

 しぶしぶ了解すると、甲冑の男が少しだけ頷いたように見えた。

 彼は私を抱えたまま、怪我人を寝かせるスペースを通り過ぎて、本部のテントの中に入ると、魔法を発動させた。


「【創造】」


 すると、何も無かった場所に簡易的なベッドが現われた。


 やっぱり、魔法使い……!

 しかも上級魔法どころか高度魔法……。

 この人はいったい何者なの……?


「こんなものですまない」

 驚きで何も言えなくなっている私をそっとベッドに寝かせてくれる。

「少し休んでいてくれ」

 彼が軽く私の頭に触れる。


「【譲渡】」


 彼がそう言うと、私の身体の中の魔力量が高まったのが分かった。


 魔力譲渡!


 魔力の譲渡は、もちろん魔力量が多く、余裕のある人にしかできない。さらに、魔力を譲渡するときに量やスピードを間違えれば命に関わる。とても繊細なコントロールが必要なのだが、高位の魔法使いでも習得できるかは五分五分だと言われている。


 どこまですごい人なの……。


 私の身体の魔力量が増えたことで、少し楽になった。

 それと同時に、とてつもない眠気が襲ってくる。


 そうだ、人の魔力をもらうと、まれに眠くなることがあるって……。


 うとうとする頭で、そんなことを考えていると、甲冑の男が、ふ、と笑った気がした。

「おやすみ」

 去って行こうとする背中が見えて、とっさに腕をつかむ。

 甲冑の男が歩みを止め、私のほうを見る。

「あとで、あなたの治療、しますから……」

 朦朧とする意識のなかでそれだけ言うと、私は意識を手放した。

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