【短編】師走祭りの新たな試み
結城 刹那
第1話
笛と太鼓の荘厳な音色が室内に響き渡る。
私は音色に合わせて手に持った神楽鈴を鳴らし、歌舞を演じる。
一緒に演じる同級生の暦と呼吸を揃えて、時には向かい合い、時には背中を見せながら鏡のように同じ動きをする。
明日に控えた『師走祭り』の祭典で披露する神楽の練習は終盤を迎えていた。今回初めて神楽を舞う私と暦は、だらしなくズレていた初期と比べて、見違えるくらい上手くなった。最初は口出しばかりしていたお母さんも、今ではただただ笑みを浮かべて見ているだけだった。
やがて楽器の音が消える。私たちは最後まで気を抜かずに舞を踊り切った。
「はい、終わり。いい神楽だったわ」
お母さんが一拍叩いたところで私は膝から崩れ落ちるように床に腰を下ろした。何度も何度も練習したため足はヘトヘトだ。
「やればできるじゃない。流石は私の娘だ」
私に近づきながらお母さんは呑気に笑う。
「暦ちゃんもありがとう。娘の練習に付き合わせて悪かったね」
「いえいえー。私にとっても、いい練習になりましたので。それにしても、彩乃ちゃんは物覚えが早いねー。私なんて覚え切るのに一ヶ月かかったのに、二週間で覚え切っちゃうなんて」
「でも、彩乃はやる気になるまで二週間もかかったんだから同じようなものよ」
「はあ……しょうがないでしょ。はあ……私はスロースターターなんだから」
呼吸を整えながらも二人の会話に混ざる。
正直言って、私はお母さんから神楽を受け継ぐことに反対だった。伝統的な祭りとは言え、私には関係のない話だ。私は禎嘉王も福智王も歴史を学んだくらいで、その容姿や人柄を知らない。家業だからと言って、見知らぬ人たちを会わせる行事に自分の時間を削って取り組むことに納得がいかなかった。
それでも、祭り二週間前になって練習し始めたのは、他に候補者が見つからなかったからだ。個人的な都合で、暦を含めた祭りの関係者全員に迷惑をかけるほど心は穢れていない。でも、来年は絶対にやりたくない。
私が休憩しているうちにお母さんと暦は片付けを行う。あれだけ練習したのに、てきぱきと動く暦に感嘆した。
片付けを終え、私たちは練習場所として使っていた集会所を後にする。
「また明日。暦ちゃんの袴姿を楽しみにしているわ」
暦と私の家は逆方向にあるためここでお別れだ。お母さんの挨拶に暦は「明日はよろしくお願いします」と浅くお辞儀した。私たちは「じゃあ」と互いに手を上げて簡素に挨拶する。仲が良くないわけではない。むしろ信頼し合っているからこその挨拶と言えよう。面倒くさがり屋の私とのんびり屋の暦にはこれくらいの挨拶が一番楽なのだ。
「彩乃がやる気になってくれて本当に助かったわ。これで私も安心して引退できるね」
「まだ本格的にやるとは言ってないから。今年は仕方なくやるだけ。来年は絶対にやらないから」
「本当にやりたくないの?」
「見ず知らずの人に人生の時間を使うくらいなら都会でキラキラな日々を送りたいの」
SNSを開けば、自分と同世代の人たちが大都会で甘酸っぱくて素敵な青春を彩っている。そんな彼らに羨望を浮かべながら神楽を舞い続ける人生は嫌だ。
「そっか。まあ、それは叶わないけどね」
「うざっ。いいじゃん。娘のわがままくらい聞いてよ」
「これに関しては私には、どうにもできないからね。まあ、我が子に生まれてしまったことを呪いな」
お母さんはしみじみとした口調で言いながら夜空を見上げる。空には綺麗な星たちが輝いていた。冬のこの時期は空気が乾燥しているためか星たちが鮮明に見える。ここに住んでいて唯一良かったと思えるのは都会では絶対に味わえない風景が見えることだ。
「うー、さむー」
冬風が露出した肌を打つ。練習を開始した昼間に比べて気温が下がり、練習中に掻いた汗が乾いたことで寒さが一層極まったようだ。足を早めながら私たちは帰路を歩んでいった。
「ただいまー」
家に帰り、寒さを凌ぐためにこたつのある和室に入るとお父さんの姿が目に入る。彼の前には一人の客人がいた。
スーツを着た若い男性。彼はこちらに顔を向けると丁寧に会釈した。反射的に私も会釈で返す。先ほど暦がお母さんにしたのと同じようにかしこまった挨拶だった。
「この人は?」
「こちらは橋田さん。『師走祭り』での新たな試みに協力してくれる方だよ」
橋田さんと言われた彼は腰を上げると私、ではなく後ろにいるお母さんに深くお辞儀をした。
「はじめまして。私、RVC社の橋田と申します。本日は、こちらで開催される『師走祭り』が我々の『TCP』にご協力いただけることになりましたので、来訪させていただきました。明日はよろしくお願いします」
「はじめまして。妻の道枝です。こちらは娘の彩乃です」
「明日の『師走祭り』は盛り上がること間違いなしだと思いますので、ぜひ期待していてください」
橋田さんの熱気に気圧される。この場から立ち去ろうと「汗掻いたからお風呂入ってくるね」と一言添えて部屋を後にした。自分の部屋で着替えを手に取り、洗面所へと足を運ぶ。服を脱ぎ、ジップロックでスマホを閉じて浴室に入った。湯船に浸かると暖かいお湯が全身の疲労を緩和してくれる。気持ちよさに負けて「はぁー」と甲高い声を漏らした。
ジップロックの上からスマホの画面をタップして操作する。橋田さんの話にはアルファベットが多すぎた。理解が追いつかなかったので、ブラウザを開いて彼の会社について調べてみることにした。
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