十の君へ、飾らぬ二十

望永創

十の君へ、飾らぬ二十

 十九歳最後の日。すなわち、十代最後の日。明日を迎えれば晴れて二十歳となり、お酒やタバコが合法となる。数年前までは「成人」という言葉を用いて祝われる歳であったが、それが十八歳に引き下げられてからは、お酒とタバコの合法化だけが取り残されてしまった。まぁ、十八歳の「成人おめでとう!」と二十歳の「酒タバコ合法化おめでとう!」に挟まれた十九歳の誕生日ほど虚しいものでは無いと思うが。

 さて、十代最後の日を生きている真っ最中の私であるが、現在時刻夕方五時を過ぎた頃だと言うのに、家にひきこもってダラダラとするだけで何もしていないのだ。一人暮らし中の自宅で、お布団とずっと仲良し状態。というのも、明日が誕生日であるという事実に舞い上がっており、今日が十代最後の日であることをついさっきまで完全に失念していた。華やかな学生時代の象徴である十代が、今日で終わってしまう! 若さと未熟さを引きずりながら大人になっていく、そんな時代が終わってしまう! そう考えただけで何故か「今日という日を特別にしなくては!」という謎の使命感に駆られているのだが、今日が終わるまで残り七時間も無いのに、一体何が出来るというのか。明日は朝から予定があるので夜通し遊ぶなんて出来るはずも無いし、そもそも交友関係が超絶狭くて酷く臆病な私が「これから遊びに行こう!」って無茶振りを誰かに出来るはずもない。ここまで思考して、悲しい程に陰キャだなぁと自らを嘆き、大きなため息をついた。

 冷房と扇風機の音、微かに聞こえる蝉の鳴き声、自分の呼吸。寝返りを打てば布同士が擦れる音がして、スマホをいじれば液晶と自分の爪がぶつかる音がする。この、液晶と爪がぶつかるカツカツッみたいな音が好きなんだけど分かる人はいるのかなぁとぼんやり考えながら、お気に入りのSNSを開く。

『今日十代最後の日なんだけど、何して過ごせば良いんだろう』

 画面に表示された自分の投稿。ほんの数分前に投稿したばかりで、未だ誰からも反応が無い。フォロワーなんて大していないんだから、当然ではある。あわよくば誰かから反応を貰えることを期待していたけど、それに縋って待つばかりじゃ良くないよなと思い、検索ブラウザへと切り替えようとしたその時。

 ピコンッ。

 軽快な着信音とともに、画面に通知が表示された。通知をタップしてみると、SNSのダイレクトメッセージに一件の新規メッセージが届いているようだった。送り主のアカウントは見た事も聞いた事も無い、知らない人。

『突然の連絡失礼いたします。本日が十代最後の日であるという投稿をお見かけして、ご連絡させていただきました。』

 そんな文言から始まった長いメッセージ。正直知らないアカウントからのメッセージなんて怪しすぎるし、普段なら内容もろくに確認せず削除している。だけど、今日はなんとなく、内容に目を通す気になった。ざっくり要約すると、送り主は何処かの出版会社の編集者らしく、十代最後の歳の人に、十歳の自分へ手紙を書いてもらうという企画を進めているそうな。で、その十歳の自分への手紙を書いてくれませんか〜? 的なお話だった。依然として怪しさは拭えないが、出版会社は実在する企業だし、アカウントのプロフィールも案外普通だった。けれども、やっぱり知らないアカウントからの連絡は怖いということで、そっとメッセージを削除した。


 スマホの電源を落とし、その辺に放り投げる。仰向けの状態で見えるのは天井と照明と火災報知器だけ。賃貸じゃなければ壁にポスターとかシェルフとかいっぱい飾ったんだけどなぁ、なんて思いながらさっきのメッセージを反芻する。十歳の自分への手紙。ちょうど十年前の自分。もうあの頃とは性格もだいぶ違う気もするけど、多分私という人間の根本は変わってないんだろうな。普通に執着してるけど普通になりきれなくて、ものすごく臆病で、空想に耽ってばかり。いつも何かしら不安がってて、落ち着きが無い。そうやって精神を摩耗して落ち込んじゃう。

 あぁ、そういえば、初めて「死にたい」って思ったのはちょうどその頃だっけ。懐かしい。あの時「死にたい」という感情を知って、形は違えどずっと「死にたい」を引きずりながらここまで生き延びたんだっけ。まさかここまで長生きするとは、当時の私は思いもしなかっただろうな。世間的には、二十歳とかまだまだ若いわ! って感じだろうけど。

 ────もしも、十歳の私に手紙を書くなら、何を伝えたいだろう。頑張って生きろ? それとも早く死ね? あの時あれはやっておけとか、これはやめておけとか、そういうの? ぼんやり考えてはみるものの、なんだかどれもしっくり来ない。

 でも、どうしてだか、十代最後の自分の言葉で、十代の私に何かを伝えたくなった。ベッドから転がり落ちるように起き上がって、散乱した引き出しの中から便箋を引っ張り出す。二十歳にもなって、まだ文章は上手く書けない。書けないというか、内容があっちこっちしちゃったり、長々としすぎて言いたいことがわかりにくくなったりする。だけど、今の自分の、ありのままの言葉を紡ぎたい。誰に見せるでもない、自分だけのものとして残したい。


 そして私は、ペンをギュッと握りしめ、便箋へと文字を綴っていった。

 日が沈み始めて、部屋もほんのり暗くなる頃だった。



 ***



 十歳の私へ。


 

 とある小説との出会いをきっかけに、君は世界の暗い部分を知ってしまった。それまではずっと、絵本やアニメの世界みたいに、頑張れば何でも叶うと思っていたし、正義は常に勝つものだと思っていた。不条理は必ず正されて、弱き者は絶対に助けられる。そんな綺麗事を全部信じ込んで、良くも悪くも純粋無垢な子どもだった。その小説は、当時十四歳の方が実体験を元に綴ったいじめを題材とした物語で、作中でいじめの被害者は亡くなってしまって、初めて本を読んで泣いた。人間の醜悪さ、社会の残酷さ、現実の理不尽さをいっぱい知って、苦しくなったと思う。そして、その頃ちょうど友人関係で悩みを抱え始めて、「死にたい」と思うようになったよね。「自ら命を絶つ」という選択肢も、その小説を読んで初めて知った。「死にたい」という感情もそうだった。

 でも一つ伝えておこう。君のそれはまだまだ序の口だよ。今君が抱えている友人関係の悩みなんて、自分がもっと恐れずに、堅苦しく考えすぎずに、寛容になれば全部済む話なんだよ。今は随分と他責思考が強いかもしれないけど、いずれ「自分のノリが悪すぎたな」って反省する日が来る。

 大変なのはこれからだ。これから先の十年間で、君は色んな悩みに直面する。その度に君の価値観は上書きされて、どんどん自らの過ちに気づいていって、世界の残酷さをもっといっぱい知って、色んなことに絶望する。絶望したらしんどいぞ、生きるも死ぬも地獄だからな。しかも、友人関係の悩みだけじゃなくて、家族関係とか学業とかその他色んな悩み事が増えていくんだ! 特に家族関係は気をつけろよ、この十年で恐ろしく変容していくから! あ、でも安心して欲しいのが、弟とはどんどん仲良くなれるよ。なので今は喧嘩いっぱいしても大丈夫。いずれ君が大人になって、いい距離感を見つけられるからさ。

 十歳で初めて「死にたい」と思って、それから十年が経とうとしている。人生の半分を死にたがりながら生き延びてるんだぜ? おかしな話だよな。でもいつか気付く。自分は自分が思ってるより臆病で、死ぬのが怖いんだよ。だから今もこうしてズルズル生き延びてる。この先もずーっと、何度も死を覚悟しては生き延びて、歳をとって、どんどん死にたがりながら生きてきた年数が増えていく。私の人生に「死にたい」が付き纏っているのがどんどん当たり前になる。そんな人生何が楽しいんだよって思うかもだけど、そりゃあ「死にたい」なんて思わずに生きられる方が楽だよ。ネガティブ思考よりポジティブ思考の方が精神的にはとっても楽。でもね、もう引き返せないから。悲しいことに、過去って変えられないんだよね。一度知ってしまった「死にたい」という感情は忘れられないし、一度生まれてしまった世界への疑念は絶対に消えない。

 こうして過去の自分に宛てて手紙を書いているのだって、本当は無意味だってわかってる。単なる私の自己満足でしかないんだ。けれど、どうしても伝えたい。誰かと遊んで楽しかったとか、幸せな体験が出来たとか、そういう時に、「生きてて良かった」って口にして、生き延びてしまった自分を許してあげて。どうか、心を壊してしまわないように。肉体の死を満たさない精神の死は、ただただ苦しいだけだから。

 早くに自らの命を絶とうが、寿命が尽きるまで生きようが、どっちでもいい。ただ、人生の中で少しでも「幸せだ」と思える時間が沢山あればいいなって、思う。どうせ生きるなら、楽しく、幸せに生きたいでしょ? そうやって生きられるなら、「死にたい」なんて思わなくて済むしね。それがなかなか難しい世の中だなって思わされる毎日だけど、まだ希望を捨てきれないんだ。知ってる? 君って意外とロマンチストなんだよ。そして同時にリアリストでもある。自己発見には自己嫌悪が付き物だけど、案外面白いんだなこれが。

 長々と綴ってはみたけど、やっぱり話をまとめるのが上手じゃないんだよな。でもさ、それだけ内に秘める思いはいっぱいあるって事なんだとポジティブに考えたいとか思ってる。こうやって拙いながらも文章を綴るのが、私の生き甲斐というか、生き様のひとつだね! きっとこの先も、山のようにつらいことが起きる。その度に死にたがる。死にたがる度にまた生き延びてしまう苦しさに絶望する。そんな負の連鎖に囚われてしまってる私になっちゃったけど、どうか許してね。そして、貴方も、自分を許してね。

 いつか、貴方が救われる事を、切に願います。

 

 最後に一個だけ。弟は死んでも守れよ。


 

 明日で二十歳の私より。

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